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〜50000HIT達成謝恩企画〜

リリーの同窓会


プロローグ 南のアトリエ

空はどこまでも高く、真っ青に晴れわたり、綿菓子のような白い雲がいくつか流れていた。日差しはまぶしいが、吹きすぎる風は、肌に心地よい。
近くの森からは、風に揺れる葉叢のざわめきや、鳥たちが鳴き交わすやかましい声が聞こえてくる。森の木々は、ザールブルグ近辺のそれとは違い、幹が曲がりくねっていたり、テーブルほどの大きい葉を持つものが多かった。常にたくさんの種類の果物が採れ、人々の生活を潤おしている。もちろん、森には人を襲う大型の山猫や毒蛇がひそんではいたが、子供たちでさえ、それらを怖れることなく、歓声をあげて森の中を飛びまわっていた。
そんなにぎやかな周囲の音に耳をすませながら、リリーは工房の窓辺にたたずんでいた。工房の入口には、木彫りの丸い看板が風に揺れている。ザールブルグで使っていた金属製の看板と同じデザインで、この地に来たばかりの頃、リリー自身の手で刻んだものだ。
そこには、「リリーのアトリエ」と彫られ、ザールブルグの街でおなじみだった、次のような添え書きが付いていた。
「薬品、魔法の道具、その他、よろずアイテムのご用命、うけたまわります」
しかし、ここではその下に、もう1行、文章が付け加えてある。
「錬金術、教えます。通い・住み込み、双方可。ご相談に応じます」
リリーが借りている建物は、この南の村でも、大きい部類に属するものだった。2階には、寝室がいくつもあり、1階は大きな広間になっていた。リリーはその一部を仕切り、狭い方を自分の工房として使っていた。広い方は、教室と実験室である。
ザールブルグで、師のドルニエや、イングリド、ヘルミーナと力を合わせて建設した立派なアカデミーとは比べ物にならない。しかし、この南の国では、ここがリリーの城だった。工房と教育施設を兼ねたこの建物から、錬金術を広めようとしていたのだ。
そして、それは軌道に乗りつつある。
リリーは、青い空を見上げ、思いをめぐらせた。
この同じ空の下で、一人前になったイングリドやヘルミーナは、大勢の生徒に錬金術を教えていることだろう。それから、あの頃、ともに冒険し、笑い、泣き、一緒に過ごした友人たちは、どうしているだろう。 リリーは、つと窓辺を離れ、作業台に向かった。
そこには、彼女がここ数日を費やして製作した、あるアイテムがあった。
丈夫なアイヒェの木を材料に使い、精巧に作られた、鳥の模型である。
リリーは、ポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出すと、目を落としてじっとながめた。しばらく、そこに書かれた文字を目で追っていたが、やがて満足したようにうなずくと、あらためてしっかり折りたたんだ。
それを、模型の鳥の胴体の部分に作った空洞にしっかりとはめ込み、ふたをする。
それから、リリーは棚から『ぷにぷに玉』が入った袋とワインの壜を取り出す。
『ぷにぷに玉』をスリ鉢に入れ、ゆっくりとすりつぶしながら、口の中で魔法の言葉を唱える。スリ鉢の中身が虹色のどろどろした液体になると、今度はワインの壜を開け、中身を注ぎ入れる。遠いケントニスのアカデミーから送ってもらった、貴重な『祝福のワイン』だ。
液体が泡立ち、まるで命を得たかのように、スリ鉢の中で渦を巻く。
リリーは鳥の模型を手に取ると、慎重にスリ鉢の液体の中に沈めた。
リリーは、スリ鉢の上に手をかざし、空中にルーン文字を描く。
すると、ふつふつと泡立っていた液体が、まるで水が海綿にを吸い込まれていくかのように、鳥の模型にしみ込んでいく。数分のうちに、液体はなくなり、虹色に染まった鳥だけが残されていた。
リリーが思いをこめるように、最後のルーン文字を描き終えた。
すると、模型の鳥がカタカタと音を立てて羽ばたきはじめる。木製の翼を動かして作業台を飛び立った鳥は、工房の中をひとめぐりして、リリーが差し出した右手に本物の生きた鳥のように止まった。
ひとつうなずいて、リリーは右手に鳥を止まらせたまま、工房を出る。
そこは、小じんまりとした広場になっていた。
リリーは、広場の中央に進み出た。
すると、反対側で遊んでいた少女が、リリーの姿に気付き、駆け寄ってくる。
「リリー先生!」
「あら、サライじゃない」
少女は南国特有の、健康的な浅黒い肌をしており、強い日差しを避けるための、一枚布で作ったゆったりとした衣服をまとっている。金髪に近い髪は長く、首の後ろで無造作に束ねている。大きな緑色の瞳で、リリーを見上げている。
サライはまだ11歳だが、好奇心が旺盛のようで、よくリリーの工房に遊びに来る。そして、リリーが様々な調合をこなすのを、1日中でも飽きずに眺めているのだった。もう少し歳がいったら、錬金術の手ほどきを始めてあげようと、リリーは思っていた。
サライは目ざとく、リリーが持っている模型の鳥に気付いた。
「わあ、小鳥さんだ。それ、新しいおもちゃなの?」
以前、同じような空飛ぶ鳥の模型を、村の子供たちに作ってあげたことがある。もっとも、その鳥は本当におもちゃとして作ったので、2、3日も飛ばせばこわれてしまったのだが。
リリーは、微笑んで答えた。
「ううん、サライ。これは、おもちゃじゃないのよ。遠い北の国まで、お手紙を運んでくれるの」
「北の・・・国?」
ぽかんとするサライの頭をなで、リリーは遠くを見るような目で、つぶやくように言った。
「そう・・・。ここから馬車で、何日も、何週間もかかる、遠い国。ザールブルグという町・・・。わたしの、第二の故郷・・・」
「ふうん」
「ねえ、サライ、この小鳥さんが、無事にザールブルグまで行けるように、一緒にお祈りしてくれるかな?」
「うん!」
サライは大きくこっくりして、リリーが差し出した鳥の模型の頭をそっとなでる。虹色の鳥の模型は、それに応えるかのように首を動かした。
「じゃあ、飛ばすわよ。いち、にの、さん!!」
リリーが右腕を大きく振り、鳥を空中へ投げ上げる。
虹色の鳥は、一瞬、風を受けてぐらつくように見えたが、すぐに力強く羽ばたいて、広場の上を一周した。
そして、リリーとサライが見上げる中、北の方向を目指すと、一直線に飛び去っていった。
青い空の中の点となり、消えてしまうまで、ふたりは広場にたたずんで、北の空を見上げていた。
「ねえ、リリー先生」
サライが、ぽつりと言った。
「大きくなったら、あたしも行けるかな・・・リリー先生の国」
リリーは少し考え込んだが、やがて優しくサライの頭をなでる。
「ええ、きっと行けるわ。でも、そのためには、うんと勉強しなくちゃね」
「うん、サライ、一生懸命勉強するよ」
「でも、とりあえず、今日はお茶にしましょうか。おいしいペンデルがあるのよ。よかったら、ナティも呼んでいらっしゃい」
ナティというのは、サライの妹だ。
「わあいっ!」
サライは歓声をあげると、妹を連れに駆け出していった。
微笑みながらその姿を見送ったリリーは、もう一度、北の空に目をやり、しばらくの間、たたずんでいた。

<ひとこと>
いきなり隠れキャラ(?)、サライが登場です。リリーが送った手紙は誰宛てなのか、そして何が書かれているのか。それは次章で。


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