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リリーの同窓会


第1章 怪しい来訪者

シグザール王国の王都ザールブルグ。王国の政治と文化の中心であるここは、また学術の中心都市でもある。町のほぼ中央に位置する魔法学院ザールブルグ・アカデミーには、王国の津々浦々から錬金術を学びたいという学生が集まってくる。そして、ある者は寮へ入り、ある者は街で働きながら、日々、錬金術の研鑚に励んでいる。もっとも、中には成績が悪いために留年を余儀なくされたり、特別な卒業試験を受けなければならない生徒もいるようだが。
そんな生徒のひとり、マルローネは、アカデミー内にあるショップのカウンターにもたれて、買い物をしている最中だった。
アカデミーのショップでは、様々なものが売られている。錬金術の参考書や、錬金術を行うための道具類、簡単な調合の材料などが、さして広いとは言えない棚に、所狭しと並んでいる。
ショップ店員のアウラは、アカデミーの第一期卒業生でもある。いつも物静かで、落ち着いた態度を崩さない。
そんなアウラとは対照的に、マルローネの買い物はやかましい。ロビーを通りかかる生徒たちが、思わず聞き耳を立てるほどだ。
「ええっと、『ほうれんそう』を10束に、『祝福のワイン』を5本、それから、ええと・・・あ、そうだ、『星の砂』の依頼を頼まれてたから、『星のかけら』も10個ください。あと、何だっけ・・・そうか、『塩』も切らしてたんだ。『塩』を3袋。それから、あと・・・ねずみとりもください! 最近、工房にネズミが多くて・・・」
アウラはてきぱきと、言われたアイテムを取り出して、流れるような動作でカウンターに並べていく。
「これだけでいいのかしら? もう忘れているものはない?」
「あ、はい、大丈夫です。・・・たぶん」
マルローネの口調はいささか自信なさげだ。
「そう。じゃあ、全部合わせて銀貨950枚になります」
「ええっ!? そんなになっちゃいますか? ありゃりゃ、お金が足りないや・・・」
マルローネが大げさに体を動かすたびに、豊かな金髪の先に付けた丸い髪飾りが揺れる。
「どうするの? どれか買うのをやめる?」
「えっと、この際、少し値引きしていただけたらなあ・・・なんて」
マルローネは上目遣いにアウラを見る。
「悪いけど、まけてあげるわけにはいかないのよ」
アウラはあくまで冷静だ。
「う〜ん・・・。ちょっと、考えさせてください。どれも、すぐに必要なのよね・・・。それとも、あの依頼をキャンセルするか・・・でも、そうしたら、また悪い評判が立っちゃうし・・・」
マルローネはぶつぶつ言いながら、アカデミーのロビーをうろうろと歩き回りはじめた。
「おやおや、どなたかと思えば、マルローネさんではありませんか。そんなふうにうろうろされては、通行の邪魔なのですが」
「あ、クライス!」
慇懃無礼といった口調で声をかけたのは、アカデミー主席のクライスだった。マルローネより歳は下だが、錬金術に関する技術や知識は格段に上である。
マルローネは一瞬、むっとした顔をしたが、すぐに目を輝かせてクライスににじり寄る。
「ほんと、クライス、いいところに来てくれたわね〜。一生のお願いがあるんだけど」
「お断りします」
「な、なによ! 用件を聞きもしないで」
「大方、お金が足りないから貸してくれとでもいうのでしょう」
「クライス・・・あんた、エスパー?」
「状況を見れば、誰でもわかります」
けんもほろろな一言に、マルローネは黙り込んでしまった。
「だいたい、財布の中身を確かめもしないで買い物をするというその神経が、私には理解できません。そのように先見性がないのでは、調合に何度も失敗して産業廃棄物の山を作り続けているのも仕方のないことですね。本当に、あなたという人は進歩がないというか何というか・・・」
冷笑を浮かべて言いつのるクライスに、マルローネは詰め寄る。
「あ〜、はいはい、能書きはもういいから、さっさと財布を出しなさい」
「な、何をするんですか!? 私はまだ、貸すなどとは一言も・・・」
あっという間にクライスのポケットにあった財布はマルローネの手に移っていた。
「へええ、けっこう持ってるじゃない。じゃあ、銀貨500枚、借りるからね」
「それは、“借りる”というのではなく、“強奪する”というのです」
アウラに支払いを終えたマルローネは、買ったアイテムを袋に入れると、
「クライス、ついでだから工房まで運ぶの、手伝ってくれない? ワインの壜が重くって、あたしの細腕には・・・」
「あなたの腕は、私より太いでしょう! いつも街の外へ行って、魔物を退治しているんですから」
「いや〜、言葉の綾よ。ほら、さっさとそっちの袋を持って」
「待ってください。私はこれから図書室へ行って研究の続きを・・・」
「あら、図書室は逃げないわよ」
「もう・・・。わかった! わかりましたよ。本当に、あなたという人は強引な人ですね」
クライスは、しぶしぶといった様子でワインの袋を持つ。
その様子を黙って見ていたアウラは、心の中でつぶやいた。
(勝負あり。クライスの判定負けね。でも、クライスも内心は嬉しいんじゃないかしら。本人は絶対に認めようとしないでしょうけどね)
クライスとアウラが姉弟であることは、アカデミー内でもあまり知られていない。いやみな性格で人望のない弟を以前から気遣ってきたアウラだが、マルローネに対する時だけは、弟の態度に変化が現れていることに気付いていた。
アウラはくすっと笑って、次のお客に応対する。今度の客は、まだ少女っぽさの残る女生徒だ。青い瞳に金髪が愛らしく、水色の錬金術服に身を包んでいる。襟に付けた記章からみると、2年生のようだ。
「ええと、『中等錬金術講座』と、『天秤』を・・・」
「はい、銀貨1600枚ね・・・あら、多すぎるわよ」
「あ、そうですか。すみません」
女生徒は、顔をくもらせた。目をすがめて、銀貨を数えなおす。
「ごめんなさい、目が悪いもので・・・」
「あら、それなら、眼鏡をかければいいのに」
「眼鏡は、持ってはいるんですよ。でも、1回かけた時に、先輩に大笑いされて・・・。だから、絶対かけないことに決めてるんです」
そんな会話を背にしながら、アカデミーの出口に向かうクライスとマルローネは、まだ言い合っている。
「だいたい、あなたはいつもわがままで、人の都合というものをまったく考えないんですから・・・」
「あら、都合が悪いんだったら、悪いってはっきり言えばいいのに」
「言いましたよ! あなたの耳は、相当に都合良く聞こえるようにできているようですね。それに、買い物をする時には、自分がどのくらいの量なら持ち運べるか、考えた上で買うべきです」
「もう、うるさいなあ、小姑みたいに・・・。いやなら、運んでくれなくてもいいのよ。その代わり、借りた銀貨は返さないから」
「そういうのを、『盗人たけだけしい』というのです。しっかり、返していただきますからね」
「だったら、黙って運びなさい」
言い合いながら歩いていたふたりは、入り口から入ってきた人物に気付かなかった。
どしん、と肩がぶつかり、マルローネは持っていた袋を落としてしまった。クライスは懸命にこらえて、ワインの壜を割らずに済んだのは、男としてのプライドというか、落として割ってしまったらまたマルローネに何を言われるかわからない、という思考が働いたことは間違いないだろう。
ともあれ、新たに現れたその女性は、左右の色が異なる瞳で、クライスとマルローネをじろりとにらんだ。
ぞくり・・・と、マルローネは背筋が寒くなる思いがした。
クライスも、気おされているようだったが、眼鏡の位置を整えて、あらためて見つめる。
「ふふふふ、いつから、アカデミーの生徒は、前を見て歩かなくなったのかしら」
氷のような視線でふたりの顔をじっと見つめ、低い声でその女性は言った。
「あ、あははは、すみません・・・。以後、気を付けます。はい・・・」
マルローネは、あわてて笑顔を作り、しどろもどろになって答えた。
女性は、肩にまとっていたマントをひるがえすと、薄紫色の長い髪をたなびかせ、ショップのカウンターに向かった。手には、なにかが入った黒い袋を持っている。ロビーにたむろしていた生徒たちの視線が集中するが、気にかけるそぶりも見せない。
マルローネとクライスは、好奇心にかられ、距離を取りながらも、そっと聞き耳を立てた。
カウンターでは、先ほどから買い物を続けていた女生徒とアウラが、凍りついたように、近づいてくる女性を見つめている。
アウラの目に、おびえとも驚きともつかない光が宿った。
おずおずと、禍禍しい雰囲気をたたえた新来の女性に声をかける。
「まさか・・・。ヘルミーナ先生・・・ですか?」
女性の眉がかすかに上がった。
「ふふふふ、まだわたしのことを覚えている生徒がいるとはね・・・。あんたは、第一期生かい?」
「は、はい。アウラ・キュールといいます」
「ふふふ。ごめんね、あんたの記憶はないねえ・・・。それより・・・」
じろりとロビーを見回す。
興味しんしんで見守っていた生徒たちは、みなあわてて視線をそらした。
「イングリドはどこにいるのかしらね。あの女の顔なんか、見たくもないんだけれど、どうしても会わなければならない用事ができてしまってねえ」
「あ、はい、イングリド先生なら、たぶん研究室の方に・・・。そ、そうだわ、ルイーゼさん」
と、アウラは金髪の女生徒に声をかける。
「あたしはここを動けないから、イングリド先生を呼んできてくれない?」
「は、はい!」
凍りついたように動けなくなっていたルイーゼは、ぱっと身を起こすと、自分が買った参考書もお金も置きっぱなしで、あわてて逃げるように、研究棟へ続く廊下を駆け出していった。

「リリー先生が・・・帰って来る!?」
イングリドは、驚いて聞き返した。
同席していたアカデミー校長のドルニエも、言葉も出ない様子だ。
場所は、アカデミーの応接室に移っていた。
3人が囲んだテーブルには、ヘルミーナが持参してきた虹色の鳥の模型が置かれ、その中に収められていた手紙が広げられている。
「南の国のアカデミー建設も、ようやく軌道に乗り始めたようね。それで、もっと忙しくなる前に、懐かしい人たちに会いたい・・・リリー先生も、いささか里心がついたというところかしら。ふふふふふ」
「それにしても、なぜリリー先生は、ヘルミーナに手紙が届くようにしたのかしら。第一、ヘルミーナ、あなたこそ最初の年にアカデミーを勝手に出ていってしまって、どこで何をしていたのよ。そちらの方が、腹が立つのだけれど」
「ふふふふ、あなたが知る必要はないわ。まあそのうち、いやでも思い知ることになるのだろうけれどね。それに、アカデミーを去るに当たっては、ちゃんとドルニエ先生の許可を得ていたのよ」
ヘルミーナは平然と言って、ドルニエをちらりと見やる。ドルニエはあいまいにうなずいて見せた。あの時は、なかば強引に説得されて、ヘルミーナが出て行くのを認めさせられたのだが。
「リリー先生が、わたしに手紙をくれたのは、当然のことだわ。ふふふ。あの頃、リリー先生に師事していたのは、わたしですものね。イングリドはドルニエ先生のお世話になっていたじゃないの」
「それは・・・そうだけど」
と、イングリドはいらいらした様子で続きをうながす。
「あなたがここへ戻って来た理由は何なの? リリー先生がザールブルグに帰って来ることを知らせるためだけとは、思えないんだけど」
「ふふふ。ご明察。さすがに、まだ頭がさびついてはいないようね。リリー先生の手紙の続きをよく読んでごらんなさい」
「ええと、なになに・・・『夏祭りの頃にザールブルグへ着きます。ついては、忙しいところを申し訳ないけれど、あの頃のお友達に連絡を取って、みんなで集まれる機会を作っておいてください。お願いね』・・・ということは?」
「鈍いわね。要するに、リリー先生の同窓会の幹事をやれってことじゃないの」
「そう。だったら、わたしにわざわざ断らなくても、そうすればいいじゃない。あなたが名指しで頼まれたことでしょう? わたしには何の関係もないわ」
「ふふふふ、そうは問屋がおろさないわ。リリー先生は『イングリドと協力して、仲良くやってちょうだい』とも書いているでしょう。あなたに逃げ道はないのよ。ふふふ」
「そんな・・・。だって、あの頃の冒険者仲間には、ザールブルグにいない人もいるのよ。どこにいるのかもわからない人を、どうやって探すの? それに、わたしには授業もあるし・・・」
「授業は、半分引き受けてあげるわ」
「はあ?」
「だから、イングリド、あなたもこっちを半分手伝いなさい。これで貸し借りなしよ。・・・いいですね、ドルニエ先生」
「う、うむ。イングリドがそれでいいというのなら・・・」
気おされたように、ドルニエがうなずく。
イングリドはヘルミーナをにらみつけていたが、やがて肩をすくめ、ため息をついた。
「まったく、あなたは全然変わっていないわね。進歩がないというか・・・。しかたがない、手伝うわよ。リリー先生のためですもの。でも、居場所がわからない冒険者の人を、どうやって探すというの?」
「ふふふふ、そこはちゃんと考えてあるわ。ザールブルグにも、妖精を雇っている錬金術師やアカデミー生徒はたくさんいるはずよね。ちょっと、かれらに協力してもらうのよ。ふふふ」
ヘルミーナに耳打ちされたイングリドは、目を丸くした。
「あなたって・・・とんでもないことを考える人ね」
「じゃあ、決まりね。イングリド、あなたはそっちの方の手配をしてちょうだい。わたしは、招待状の方にかかるから」
「はいはい・・・っと、その前に、あなたに担当してもらう講義のリストを作っておかなくてはね」
「あらやだ。覚えてたの」
「人をもうろくしたみたいに言わないでちょうだい。あなたこそ、錬金術の腕はさびついてないんでしょうね」
「おあいにくさま。あなたよりはずうっとましのはずよ」
「さあ、どうだか」
ふたりのやりとりを聞いていたドルニエは、20数年前を思い出していた。そして、懐かしいリリーの声が心によみがえるのを感じていた。
(もう、ふたりとも、ケンカはや・め・な・さ〜い!
ドルニエは、窓辺に立ち、空を見上げた。
はるか南の国まで続いている、青い空を・・・。
(リリー・・・。イングリドもヘルミーナも、全然変わっていないよ。君も変わってはいないのだろうね・・・)

<ひとこと>
誕生日ということで、ヘルミーナさん登場。妖しげな雰囲気ぷんぷんですね(笑)。ヘル子は、アカデミーが開校してしばらくの後、修行の旅に出たということにしてあります。だから、一期生のアウラさんは覚えていたわけで。ちなみに、この話の時代設定は、マリーの特別試験2〜3年目くらいと考えています。だからルイーゼさんも現役の学生なんです。


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