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〜50000HIT達成謝恩企画〜

リリーの同窓会


エピローグ えんかい

そして、何事もなかったかのように・・・。
ザールブルグの街は、夏祭りを迎えていた。
『職人通り』の赤いとんがり屋根の工房では、ふらりと訪れたクライスの嫌味にマルローネが応酬し、その様子を微笑みながらシアがながめている。
アカデミーの売店には「本日休業」の札が下がり、テラスの椅子にかけたアウラが、くつろいでハーブティをすすっている。同じアカデミーの寮棟の一室では、ルイーゼが読んでいた本から目をあげ、うっとりしたように外を見やる。
居酒屋『飛翔亭』では、ルーウェン、ミュー、ナタリエといった若い冒険者たちがジョッキを傾け、カウンターでは店主のディオと弟のクーゲルが、久しぶりにゆっくりと語り合っている。娘のフレアは、それを優しい目でながめ、ふと視線を合わせたハレッシュに微笑みかける。ハレッシュの頬の赤さは、酒のためだけではないようだ。
城壁の上では、風に吹かれながら、キリーがエアフォルクの塔の方向を見やっている。
シグザール城の正門では、いつものようにエンデルクが警護に立ち、城を抜け出そうとしているブレドルフが、背後でそわそわと様子をうかがっている。
中央広場には、キャラバンの馬車が止まり、噴水の脇や石の壁際では、踊り子や軽業師、楽隊といった大道芸人たちが道行く人の足を止め、異国の珍しい果物や細工物を売る露店からは、にぎやかな呼び込みの声が響く。
そして、中央広場に面した老舗の酒場『金の麦亭』には、「本日貸切り」という札が下がっていた。
店内には、笑い、さざめく声があふれていた。
カウンターの奥では、色とりどりの酒壜が並んだ棚を背にした店主のハインツが、シェーカーを振ってカクテルを作り、注文に応えている。
壁際のステージ上では、夫婦の楽士が立ち、20年前と同じメロディーを奏でている。
奥のテーブルでは、地味な服装をしたゲマイナー、ウルリッヒ、クルト、シスカ、ドルニエ、ベルゼン元侯爵が、穏やかな表情で語り合っている。
中央のテーブルは、にぎやかだ。テオ、イルマ、エルザ、カリン、ヴェルナー、ゲルハルトといった面々が、グラスを傾けながら、笑い合っている。
一方の壁際では、アイオロスがイーゼルを立て、スケッチの準備に余念がない。得意な絵を描くことで、今日のパーティに参加しようとしていたのだ。
カウンター席には、膝に孫娘を抱いた雑貨屋のヨーゼフ老人が、にこにこして座っている。もっとも、彼は既に店を娘夫婦に任せて、引退しているのだが。
だが、まだ店内には、今日のパーティの主役の姿はない。イングリドとヘルミーナも、まだ現われていない。
これは、今日の同窓会の幹事をまかされたイングリドとヘルミーナの演出だった。
出席者たちは、まだリリーと顔を合わせてはいない。あの騒動のさなか、テオの家の近くでイルマやウルリッヒと邂逅してはいたが、その時はゆっくりと言葉を交わす暇もなかった。
こうして、全員が集まったところで、主役リリーが登場することになっていた。
エルザやイルマは、クラッカーを手に待ち構えている。
そっと、『金の麦亭』の扉が押し開けられた。
ヘルミーナが顔をのぞかせ、様子を確認すると、引っ込む。
一瞬後、今度は大きく扉が開き、イングリドが入ってくる。
「皆さん、お待たせいたしました。いよいよ、リリー先生の入場です!」
拍手しながら、イングリドが脇へどく。
青い服に頭巾、左右で束ねられた栗色の髪・・・。以前と変わらぬ姿でリリーが現われると、クラッカーが鳴らされ、わあっと歓声があがる。
リリーは、満面の笑みを浮かべて進み出た。
イルマとエルザが駆けより、交互に抱き合う。
「わあ、エルザも久しぶり! イルマ、元気だった!?」
リリーの底抜けに明るい声が響く。
次々と手が差し出され、その手を握りながら、リリーが声をかけていく。
「テオ、元気そうね! ヴェルナー、相変わらず愛想なしね、こんな時ぐらい笑ったら? カリン、息子さんは元気?」
と、リリーはゲルハルトの前で足を止めた。ゲルハルトは満面の笑みでリリーを迎える。
突然、リリーは真顔になって、ぺこりと頭を下げた。
「あ、どうも。はじめまして・・・」
「そ、そりゃねえだろ、リリー・・・」
ゲルハルトはずっこけた。
どっと、笑いがわく。
それでもまだ、リリーは真顔でイルマにささやいている。
「ねえ、・・・誰?」
イルマが笑って教えると、リリーは目を丸くして、叫んだ。
「うっそお!? ゲルハルト、変わったわねえ・・・」
「おまえは全然変わってねえよ」
げんなりした表情で、ゲルハルトはつぶやいた。

そして、楽しい時間はあっという間に過ぎて行き・・・。
リリーは、すっかりできあがっていた。
中央のテーブルにどっかと座りこみ、ゲルハルトを引き寄せて、つるつるの頭をぴしゃぴしゃ叩きながら、ろれつの回らない口調で言う。
「だからぁ、なんであらしの断りもなく、ゲルハルトはハゲちゃったわけぇ!? どうなのぉ、答えなさいよぉ!」
「お、おいおい、勘弁してくれよ、リリー・・・」
逃げようとするゲルハルトに、なおも、リリーは言いつのる。
「なによぉ、くやしかったら、今すぐ髪を生やしてみなさいよぉ。さぁ、生やせぇ!」
イルマとエルザは顔を見合わせた。
「やっぱり、変わってないね、リリー」
テオは苦笑いし、ウルリッヒは困ったような表情を浮かべ、ゲマイナーはくっくと含み笑いをもらしている。
シスカは微笑みながら飲み続け、クルトは十字を切り、アイオロスは生き生きした目で筆を動かしている。
カリンは夫と何事かを笑い合い、ヴェルナーは娘をあやすのに余念がない。
イングリドが、ヘルミーナに目配せをした。
「やっぱり始まっちゃったわね、リリー先生」
「あら、こうなることは、目に見えていたんじゃなくって? ふふふふ」
ヘルミーナは妖しげな微笑を浮かべると、カウンターの奥を見やった。
仕方ないわ、というように、イングリドがうなずくと、ふたりでカウンターの後ろへ回る。
そこには、大きな桶に、洗い物用の井戸水が、なみなみと湛えられていた。
つかつかと歩み寄ったヘルミーナが、ポケットから取り出した『グラビ結晶』をセットする。
イングリドが桶に手をかけると、『グラビ結晶』の効果で、軽々と持ち上げることができた。
ひょいと力をこめると、大きな水桶は、リリーの頭上へと飛んでいった。
酔い止めの薬を使えばよかった、とイングリドが思い当たったのは、水がぶちまけられた後のことだった。
これを称して、“後の祭り”、“覆水盆に返らず”という。

<おわり>

<ひとこと>
さて、えんかいです。もちろん、このタイトルは、「ヘルクル」の例のイベントから。
怒涛の展開が終わった後でしたので、気楽に、楽しんで書きました。主役はゲル(笑)。やっぱり笑いをとるなら、ゲルしかいないでしょう。あの酔っ払ったリリーのセリフは、ゲルハル党の心の叫びではないかと。
あと、さりげなく、ほんとにさりげな〜くですけど、ヴェルナーの家族構成について言及しています。「ふたアト」の流れからいって、これが公式設定(?)ではないかと思っているのですが。
それと。とうとう最後まで出演させることができなかったキャラの皆様(イクシーさん、ファウさん、メイドさん、大ババ様、フランプファイルさん、フォン・シュテルンビルド伯爵etc.)、ごめんなさい(笑)。
とにかく、ようやく終わりました。長いようで短い3ヶ月間でした。
ご愛読いただいた皆様、ありがとうございました。ぜひ感想を聞かせてくださいね〜。
では、また。


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