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リリーの同窓会


第16章 光と闇の・・・

ザールブルグ北方。
城壁を離れてしばらく進むと、そこはごつごつした岩が重なり合うように広がる荒地だ。ところどころに背の低い潅木と、枯れたような草のかたまりが点在する他に、目に映るものはない。
はるか北を見やれば、煙を噴き上げる火の山ヴィラントが、赤黒い岩肌を見せてそびえており、その手前に森が山麓を巡るように広がる。
この『北の荒地』には、シグザール騎士隊の3個分隊が派遣されてきていた。
北側の『メディアの森』方面から、多数のオオカミの群れが南下してきているとの情報があったためだ。
騎士隊とともに、ザールブルグの冒険者たちも、町を守るために、武器を取って参加している。
ミュー、ハレッシュ、そしてゲルハルトとカリンも、その中にいた。
「くぁーーーーっ!! 久々の実戦だぜ、燃えるねぇ!!」
自分の店のコレクションの中から極上の槍を選んできたゲルハルトは、張り切って岩の大地を踏みしめ、進んでいく。
「そんなに力むことないでしょ。だいたい、あんたが張り切り過ぎると、昔からろくなことがないんだから」
これも自分の製鉄工房で鍛えた剣を片手に、カリンが後をついていく。
「うるせえな! カリン、だいたい、なんでおまえまでこんなところに出張って来るんだ? 旦那と息子と一緒に、家を守ってりゃいいじゃねえか」
ゲルハルトの問いに、カリンはふふん、と笑って答える。
「あいにくと、あたしも元冒険者なんでね。あんたと同じように、血が騒ぐのさ」
そして、カリンは心の中で付け加えた。
(それに、あんたをひとりでほっぽっといたら、どんな騒ぎを起こすかわからないからね・・・)
その時、前方の偵察に出ていた騎馬の一隊が駆け戻って来た。
「報告! この先の岩場にオオカミの群れを発見! こちらに向かってきます。その数、およそ100頭!」
「100頭? ふ〜ん、けっこう多いね〜」
ミューがのんびりした声で言う。
「どうってことはないさ。こっちは騎士隊が30人と、俺たちもいる。ひとりで3匹を相手にすればいいってことだ。どうってことないぜ」
槍を構え直したハレッシュも、落ち着いている。
「ふん、100頭が200頭でも、俺ひとりで十分でぃ!!」
ゲルハルトが頭の上でぶんぶんと槍を振り回す。
「あ〜、はいはい、もうわかったから、落ち着きなさいよ」
前方の岩場をすかし見るようにしながら、騎士隊と冒険者たちは進む。
「ん?」
「なにか、聞こえる・・・」
かれらは耳をそばだてた。
低い、うなり声が、空気を伝って肌に感じられる。
そして、それはかんだかい遠吠えへと変わった。
「来るぞ!」
岩場の後ろ、潅木の陰から、茶色い毛皮の精悍な獣が、わらわらと現われてくる。姿を現わしたオオカミは、十数頭ずつがひとつの群れになっているようだ。それぞれに、ひときわ大きな体つきをしたリーダーがおり、群れを率いている。
「第1分隊は左翼、第3分隊は右翼を固めよ! 中央は第2分隊! 冒険者諸君は、各分隊の間隙を守ってもらいたい。絶対に、突破を許すな!」
聖騎士から指示が飛ぶ。
「おおっ!!」
騎士たちが叫ぶ。
そして・・・。
ウオォォォーーーーーーーン!!
ひときわ大きな、その遠吠えとともに・・・。
オオカミの足が大地を蹴り、騎士たちに向かってくる。
槍や剣を構えた騎士たちが待ち受ける。
「行っくよ〜!! 南国うに〜!!」
飛び出したミューが、鋭いとげにおおわれた実を投げつけ、それを受けたオオカミが、血しぶきをあげて吹っ飛ぶ。
「止めてみやがれ!」
ハレッシュの突進をかわして体勢を崩した獣が、騎士の剣のえじきになる。
荒地のいたるところで、人間と獣との乱戦が繰り広げられていた。
オオカミたちは、数頭でひとりの相手を取り囲み、周囲を回りながら、タイミングをはかって飛びこみ、かみつき、爪を見舞う。身体のあちこちに傷を受けながらも、鎧に守られた騎士たちは、受け流し、切り返す。
オオカミの吠え声と、騎士のときの声、悲鳴と怒号が交錯する。
大地に、次々と新たな血が流されていく。
そんな中、ゲルハルトは縦横無尽に槍を振り回し、突進を繰り返していた。
「おらおらおら〜!! 邪魔だ、どけ〜っ!! ゲルハルト様のお通りだ!」
もう、目の前にいる敵のことしか眼中になかった。
長い槍を手足のように使いこなし、なぎ払い、突き刺す。
今のような武器屋専業になる前、王国中のあちこちで冒険を繰り返していた日々の感覚が戻ってきていた。その頃の無鉄砲さも・・・。
「この野郎! 待ちやがれ!」
逃げるオオカミの一群を追って、ふと気付くと、ゲルハルトは小高い岩場の上にいた。振り返れば、騎士たちの姿はなく、息を切らしたカリンがついてきているだけだ。
「はあ、はあ・・・。あんた、深追いし過ぎだよ。本当に、戦いになると頭に血が上って、見境なくなっちゃうんだから」
大きく息をつき、カリンが言う。そのカリンの剣も、オオカミの毛と血にまみれている。カリンは周囲に目をやりながら、刀身をぬぐった。
「ところで・・・どこだい、ここは?」
ふと思い出したかのように、ゲルハルトが言う。ようやくわれに返ったようだ。
気付けば、ヴィラント山の山肌が、ごく近くに見える。『北の荒地』のかなり奥まで入りこんでしまったようだ。
「ふう、やれやれ、ちと疲れたぜ。やっぱり俺も年かな」
ゲルハルトは槍を置き、岩場に腰を下ろす。
背後を見やったカリンの身がこわばった。ささやくように言う。
「どうやら、そうのんびりしちゃいられないようだよ」
「何!?」
立ち上がると、ゲルハルトはカリンが見ている方向を見やった。
さらに、四周に目をやる。
ゲルハルトは、思わず槍を握り締めた。
かれらは今、小高い岩場の上にいる。
しかし、いつのまにか、その周囲は、数十頭のオオカミの群れに囲まれていた。逃げ散っていたはずのオオカミたちが、あちこちの岩陰を回りこむようにして近付き、再集結していたのだ。
低く頭を下げ、狂暴そうなうなり声をあげる獣の鋭い眼光が、岩場に孤立したふたりの人間の姿をとらえている。
逃げ道は断たれ、騎士隊や他の冒険者からも離れてしまっている。助けを呼ぶこともできない。
カリンとゲルハルトは、進退きわまった。
「くっそぉ、なんだってこんなことになるんだよ!? こんなの予定に入ってねえぞ!」
ゲルハルトは毒づく。カリンを振り返ると、
「いいか、俺が突っ込んでやつらの注意を引きつける。その隙に、おまえは逃げろ」
カリンは首を振って答える。
「あんたらしい、単純ないい作戦だけど、成功率はゼロよ」
「な、なんだと!?」
「理由その1。いくらあんたでも、一度に相手にできるのは4、5頭がせいぜい。理由その2。あたしの足はオオカミより速くない。わかる?」
「くっ・・・。わかってらぃ、そんなこたぁよ! じゃあ、どうしたらいいってんだよ」
オオカミの群れは包囲の輪をせばめ、今にも襲いかかって来ようとしている。
絶望的な表情で周囲を見回していたカリンの目に、生気が宿った。
(そうだ・・・!)
ゲルハルトの耳に口を寄せ、ささやく。
「ゲルハルト、歌って!」
「あん? なんだ、そりゃあ」
カリンは頭を回転させた。ここは、うまく誘導しなければ・・・。
「以前から、あなたの歌はすごいと思ってた。ねえ、もしかしたら、あなたの歌声を聞いたら、オオカミたちだって魅了されちゃうんじゃないかな。戦意を失わせることが出きるかもしれない。もしそうなれば、逃げるチャンスはあるよ。そうじゃない?」
カリンの言葉に、最初は疑い深げだったゲルハルトもにやりと笑った。
「なるほど、そいつはうまくいくかも知れねえな。ダメでもともとだ、いっちょやったるか! それにしても、カリン、おまえが俺の歌をひいきにしていてくれたとはな。くぅーーーーーっ、嬉しいじゃねえかよ」
そして、ゲルハルトは岩の上にすっくと立ち、取り囲むオオカミの群れを見下ろした。
「それじゃ、いくぜ! まずは、『君に捧げる愛の歌』だ!」
その言葉と同時に、カリンは両手の平を押し当てて、きつく耳をふさいだ。

数分で、オオカミの群れは、壊滅した。
ふたりが、無事に生還できたことは言うまでもない。

ヘーベル湖北岸、エアフォルクの塔につながる森の入り口では、エンデルク率いる騎士隊の精鋭たちが、突入のタイミングをはかっていた。
「フッ、アカデミーの特殊作戦部隊は、ついさっき出発したそうだよ。あとは騎士隊の仕掛け次第だ。がんばってくれたまえ」
秘密情報部から伝令に訪れた妖精のピエールが、気取った調子で言う。
エンデルクは、じっと待っていた。
その時、騎士のひとりが叫んだ。
「馬が、到着しました!」
エンデルクは振り向く。
森の中で乗り捨てた馬を連れ戻しに行っていた部隊が、戻って来たのだ。
これで、騎士隊は、その機動力をいかんなく発揮できる。
機動性こそが、ここから先の作戦で強く求められるものであることは、エンデルクは十分に承知していた。
「よし、全員、騎乗!」
エンデルクが指示する。
「ピエール、別働隊に連絡を。ただ今より行動を開始する」
「フッ、了解したよ。連絡はまかせておきたまえ」
言うと、青色の服を着た妖精は、虹色の光が渦巻く中に消えた。
「よし、これより本隊は、エアフォルクの塔前面の広場へ突入する。突入後は、魔物と交戦しつつ、南側よりベルグラド平原に脱出、別働隊と合流する。以上だ」
馬上にすっくと立ったエンデルクは、すらりと銀の長剣を抜き放った。
「突入!」

エアフォルクの塔の前の広場と、周囲の森は、塔から現われ出た魔物の群れでごった返していた。
上空を、どす黒い翼を持つアポステルの群れが飛び交い、地上には、巨大な鋭いカマを持ったクノッヘンマンや、鱗におおわれたのたくる下半身を持つ蛇女が、うごめき、うろつきまわっている。
突如、北側の森がざわめいた。
魔物どもの注意が、そちらを向く。
リズムを刻むような、馬群のとどろきが響く。
そして・・・。
ときの声とともに、下生えを踏み越えて現われた、一群の騎馬。
青い、澄んだ色の鎧が、魔物どもの毒々しい体色と対照的だ。
先頭を切って、魔のうごめく広場に突入したエンデルクの剣が一閃した。
アポステルが空中で四散し、まっぷたつにされた蛇女の胴体が転がる。
エンデルクは、馬の止めはしなかった。
魔物の群れを切り裂きながら、南側の森へ向かう。
単縦陣となって続く騎士たちも、次々に広場へなだれ込んだ。
「各自、馬を止めず、正面の敵だけを倒せ。一撃離脱だ」
事前のエンデルクの指示は、ひとりひとりに徹底されている。
剣で切り、槍を振るい、騎士が通りすぎた後には、魔物の青黒い血が大地を染め、灰のようになった死骸が転がる。
シグザール王室騎士隊の精鋭は、疾風のようにエアフォルクの塔を囲む広場を通りすぎた。銀の光をきらめかせ、破壊と魔物の死を撒き散らしながら。
だが、退治できた魔物は、ごく少数に過ぎない。
残った無数の魔物は、本能に導かれるままに、南の森に駆け込んだ騎士隊を追った。
森全体が、ざわざわとうごめく。
その様子を、森の南に広がる大ベルグラド平原にて待機する騎士隊第9分隊から第13分隊までの別働隊を指揮する第9分隊長は、不安げに見つめていた。
秘密情報部からの指示では、かれらはここで待機し、北側から現われるエンデルクの隊と合流して、魔物との決戦に臨むことになっている。
ごくり、と分隊長はつばをのみこんだ。
木々の向こうから、騎馬を駆る聖騎士の姿がかすかに見えてくる。
「全員、戦闘準備!」
分隊長の声に、50名あまりの騎士は、剣を抜き、槍を構える。
しかし、50名という人数は、押し寄せる魔物の数に比べて、あまりにも少ない・・・。分隊長は不安だった。
秘密情報部が指示してきた作戦は、成功するのだろうか。
もし、それが失敗したら・・・。
分隊長の背筋を悪寒が走った。
だが、すぐに気を取り直す。
(おのれのなすべきことをなせ。騎士隊の誇りにかけて・・・)
騎士隊長エンデルクの言葉が胸によみがえってくる。
「エンデルク隊、森を抜けました! 後方に、魔物多数!」
先行した騎士から報告が届く。
「よし、突撃せよ! 交戦後は、作戦指示通りに行動!」
分隊長は、かざした剣を振り下ろした。
地をとどろかせ、騎馬の一群は、森に向かって突進する。
エンデルクの隊も反転し、森からわらわらと現われてくる魔物の群れに立ち向かう。
雲霞のように飛来するアポステル。
カマを振りかざし、地を滑るように進んでくる、死神のようなクノッヘンマン。
人を魅了するような妖しい上半身と、不気味な蛇の下半身を持つ蛇女。
さらに、無数の吸血コウモリが、森から飛び立った。魔物たちの上空を、守るかのようにおおって進んでくる。
騎士たちが切りこんだ。
しかし、わずかでも深追いすれば、そのまま魔物の群れに取り込まれ、脱出できなくなってしまう。
騎士たちは、一撃しては反転し、体勢を立て直して、再び攻める。
しかし、押し寄せる魔物の数は、あまりにも多い。
いつまでも、持ちこたえることは、できないだろう。
魔物の数に押しまくられ、騎士隊は戦いながら、じりじりと後退していく。
もはや、ベルグラド平原の北半分が、魔物の群れで埋め尽くされていた。
しかし、森から湧き出るように現われる魔物の列は、途切れることがない。
騎士隊は、疲れてきていた。負傷し、全速で戦線を離脱する者もいる。
総崩れになるのは、時間の問題とも思えた。
その時、エンデルクの馬上へ、妖精のピエールが現われた。
「フッ、作戦準備オーケーだよ、すぐに撤退したまえ」
ひとこと告げると、すぐに消える。
エンデルクは馬をたて直し、馬上に立ち上がった。
号令を発する。
「全員、引け!!」
「撤退・・・!! 撤退・・・!!」
伝令の声が、魔物どもが押し寄せる津波のような轟音の中でかすかに聞こえる。
騎士たちは、馬首を返すと、一斉に南の方へ、ストルデル川へと、全力で逃げ始めた。
勢いづいた魔物の群れは、その後を追う。
今や、ベルグラド平原の大部分は、地面が見えなかった。大きなうねりのように、大地が波打っている。それは、こちらの世界では誰も目にしたことのない、大量の魔物だった。
魔界からの扉が、今、完全に開け放たれたのだ。
その様子を冷静に見詰める二組の目が、ベルグラド平原の上空にあった。
どちらも、左右の瞳の色が異なっている。青と褐色の二組の瞳は、静かに大波のように打ち寄せる魔物の群れを見やっていた。
イングリドとヘルミーナは、『空飛ぶホウキ』に乗り、背中に採取かごを背負って、平原の上空に停止していた。
ヘルミーナが指をなめ、頭上にかざす。
「西風ね。風向きはいいようだわ。ふふふふふ」
「そろそろ、いいタイミングなんじゃないの。さっさと終わらせて、帰りましょう」
落ち着かない様子で、イングリドが言う。
ヘルミーナは不敵な笑みを浮かべ、
「あら、これからあたしたちがやろうとしているのは、壮大な実験なのよ。錬金術の可能性に、新たな地平を切り拓くものだわ。もっと楽しみなさいな」
「わたくしは、あなたのように悪趣味じゃないのよ。これも、こうするほかにザールブルグを救う道がないから、やっているだけ。できれば、やらずに済ませたいわ。環境にどんな影響が出るかわからないんだから」
イングリドが言い返す。
言い合いながらも、ふたりは眼下の状況を見るのに余念がなかった。
魔物の群れは、眼下を埋め尽くしている。
「それじゃ、行くわよ」
「わかったわ」
イングリドもヘルミーナも、採取かごのなかから丸く黒い固まりを取り出すと、脇にかかえた。
そして、一瞬、互いの目を見やると、分かれて『空飛ぶホウキ』で進んでいく。
イングリドは北へ、ヘルミーナは南へ。
そして、自分が行くべき場所へ着くと、ふたりはほぼ同時に、かかえていた丸い固まりを、地上へ投げ下ろした。
すぐに反転し、西の方へ退く。
地上の騎士隊は、既に魔物の群れを離れ、ストルデル街道沿いの岩場へ退避していた。
そして、数秒後。
魔物の群れの中に落ちたふたつの固まりは、大きく弾けた。
無数の赤い球が、四方八方へ飛び散る。その球のひとつひとつが、メガフラム級の威力を持つ爆弾だった。
それが、一気に炸裂した。
大地を揺るがすばかりの轟音とともに、数え切れない火柱がベルグラド平原に立ち昇った。煙と炎がキノコのような形で大空を焦がす。
爆発は、ふたりが爆弾を投げ落とした中心部から、同心円状に広がっていった。その様は、上空から見ると、さながら花びらが徐々に開いていくのを見るようだった。
西風に乗り、黒い煙が『東の台地』の方へ吹き流されていく。
煙の隙間から、真っ黒に焼け焦げた平原の地面が見える。
そこに、動くものの姿はなかった。
「ふふふふふ。まあ、だいたい予想通りの威力だったわね、この特殊爆弾『テラクラフト』は。時間がなかった割には、うまくできた方だわ。イングリドが調合でへまをして、不発弾になるんじゃないかと心配していたけど。ふふふふふ」
上空から見下ろし、ヘルミーナが微笑しながら言った。
その傍らで、イングリドが天を仰いでいる。
「ヘルミーナときたら・・・。事の重大さがわかっているのかしら。魔物を退治するためとはいえ、わたくしたちは、ベルグラド平原を完全に焼き尽くしてしまったのよ。元通りの緑を取り戻すまで、何年かかることか・・・」
「その代わり、当分は、『消し炭』の採取には困らないでしょうよ。ふふふふふ」
「もう! いいから、帰るわよ。ドルニエ先生が心配しているだろうし、王室に報告もしないと・・・」
「そうね、作戦は成功裏に終わったのだから。ふふふふ」
と、ヘルミーナがホウキをザールブルグに向けようとした時だ。
「いいえ! まだ終わっていないわ!」
凛とした声が、響いた。
イングリドが目を丸くして、声の方向を見つめる。
そこには、『空飛ぶじゅうたん』に乗った、青い衣の女性の姿があった。
「リリー先生!!」
イングリドとヘルミーナの声が重なる。
風にたなびく『空飛ぶじゅうたん』の上にすっくと立ち、リリーは目をきらめかせて、久しぶりに会った、妹のようなふたりの弟子に微笑みかけた。
リリーは風に負けないような強い口調で言った。
「この事件は、まだ終わってはいない・・・。こちらに現われた魔物たちは一掃できたけれど、まだ、魔の根源を断ち切ったわけではないわ」
「そう・・・か」
ヘルミーナがうなずく。
「エアフォルクの塔・・・ですね」
イングリドが確認を求めるように言う。
リリーはうなずいた。
「ゲマイナーから知らせがあったの。エアフォルクの塔を魔力の結界で包んでしまえば、魔の波動を断ち切ることができる・・・」
「魔力の結界・・・?」
イングリドが眉をひそめる。ヘルミーナはにやりと笑った。
「リリー先生、もしかすると“あれ”をやる気では・・・?」
「そう、ヘルミーナにはわかったようね。“あれ”を応用して、複数の位相をもつ魔力を組み合わせてやれば、理論的には結界ができるはず・・・。時間がないわ、行くわよ!」
リリーは北東方向を指差した。
「エアフォルクの塔へ!」

エンデルクは、馬を叱咤して焼け焦げたベルグラド平原を駆けぬけ、エアフォルクの塔へ向かっていた。
何人かの騎士が、後へ続く。残りの騎士たちは、爆発を逃れた魔物がいないかどうか、周辺を捜索している。
エンデルクのもとにはゲマイナーからの伝令が届き、リリーが最終決着をつけるためにエアフォルクの塔へ向かったと伝えてきている。
騎士隊の出番は終わった、あとは錬金術師にまかせればいい・・・と。
しかし、エンデルクは、事の次第を最後まで見届けたかった。
エンデルクらの騎馬がエアフォルクの塔へたどり着くのと、上空へリリーたちが現れるのとは、ほぼ同時だった。
エンデルクは、木陰に馬を止め、木々の葉をすかすようにして、上空のリリーたちを見守った。
リリーは、持ち運んできていた杖を、イングリドとヘルミーナに渡し、指示を与えている。
「いいわね。3人が同一角度上に来るように配置について。そうしたら、全力で魔力を解放するのよ。いいわね」
「はい!」
イングリドもヘルミーナもうなずく。ふたりとも、目が生き生きと輝いている。まるで、十代の少女に戻ったかのようだ。
『空飛ぶホウキ』を駆り、指示された空中の一点に静止する。
リリーの合図で、ふたりは手に持った杖をかざす。
イングリドは垂直に、ヘルミーナは水平に・・・。
ふたりの頭上に、魔力が集中する。
大気がざわめき、雲もない空なのに雷鳴がとどろく。
イングリドの口から言葉がほとばしった。
「光と―――!!」
ヘルミーナの言葉が、大気をつらぬく。
「闇の―――!!」
そして、ふたりの口から、同時に叫びが発せられた。
「――コンチェルト!!!」
稲妻が光り、雷鳴に大地が打ち震える。
黒雲のように広がった闇が、塔を覆い尽くす。
その暗黒の空間の中で、無数の光の矢が縦横に走る。
イングリドとヘルミーナの構えた杖から一筋の光と闇が伸び、エアフォルクの塔を円筒状におおった暗い空間を支えている。
そして、リリーがそこに介入した。
掲げた杖を振り下ろし、叫ぶ。
「トライアングル・レヴォリューション!!!」
光と闇の筋は、リリーの方へも伸び、その杖を包み込んだ。
イングリドからリリーへ、リリーからヘルミーナへ、そしてヘルミーナからイングリドへ。
イングリドの持つ、光の属性。
ヘルミーナが秘める、闇の属性。
虹色に輝く光の矢が飛び交い、リリーを媒体に、ふたつの相反する属性が結合され、エアフォルクの塔を封じこめる結界をかたちづくっていく。
エンデルクは、言葉もなく、光と闇が交錯する光景を見つめていた。
そして、不意に、光と闇の洪水が途切れた。
何事もなかったかのように、日差しが差し込み、森にぬくもりが戻ってくる。
しかし、エアフォルクの塔だけが、先ほどとは違っていた。
ゆらゆらと、陽炎のようなものが、塔全体を包み込んでいる。
上空には、寄り添うように浮かぶ3人の錬金術師の姿があった。
はるかな過去、まだアカデミーが建設途中だった時代、採取に行くと称して『北の荒地』に行っては、3人で魔法の合体技をひそかに練習していたことは、師のドルニエも知らない秘密であった。

その時、ザールブルグの城壁から塔の方向を見やっていたキリーは、ぴくりと身体を震わせた。
(魔の波動が・・・消えた!?)
振り返ると、街を守るために残っている騎士たちが、不安げに外を見つめている。
キリーは微笑を浮かべ、マントをひるがえすと、王城に向かって歩き出した。
もう、心配はない・・・。そうかれらに告げてやるのは、別の人間の役目である。

カリエル国境で戦っていたシスカも、その瞬間を実体験した。
それまで、叩いても叩いても無限にあふれ出てくるかのように思えたガイコツの群れが、突然崩れ落ち、灰となって風に吹き散らされていったのだ。
「な、何だ!? いったい、どうしたってんだ!?」
ダグラスの叫びを背中に聞きながら、シスカは確信を持っていた。
(これで、終わった・・・。やっと、ザールブルグへ帰れる・・・)

<ひとこと>
ふう、やっと終わったよぉ。なんとか騒動に収拾をつけることができました。
思えば、このお話を書き始めたのは、成長したイングリドとヘルミーナの合体必殺技“光と闇のコンチェルト”アダルトバージョン(笑)を描きたかったという、ただそれだけのことだったのですが。ようやくそのシーンにたどり着いた時は、もう疲れ切ってたりして。リリーさんはおまけです(おい)。ところで、このあたりの展開は、3年前に書いた「エリーの同窓会」のプロットをそのままパクってます。というか、あのお話を、スケールを広げてもう一度書き直してみたいという気持ちもありまして。
あと、ヘルミーナが封印を解いた禁断のレシピ『テラクラフト』は、アフガンでアメリカ軍が使った広域破壊爆弾“デイジー・カッター”をイメージしています。メガフラムを濃縮して詰め込み、クラフトの力で四散させて爆発させるというもの。イングリドの言う通り、使わないで済めばよかったのにね・・・。
今回の前半、ついに「お約束」というやつをやってしまいました。ゲルの“お歌”ネタというのは、ずっと封印していたのですが、他に話の展開のしようがなくて。ゲルとカリンは、武器つながりというか、製鉄つながりというか、さっぱりしたいいコンビといったところでしょうか。このふたりの間に色恋沙汰はなさそうです(カリンは所帯持ちですし)。
さて、とりあえず収拾ついたし・・・。あとはえんかいだ〜!!


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