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〜90000HIT記念リクエスト小説<イッテツ様へ>〜

夏の夜祭り Vol.2


後篇 祭り本番

8月15日、夕刻。
朝からにぎわいを見せていたザールブルグの街は、夜が近づくにつれ、ますます興奮の度合いを増しているようだった。
中央広場を初めとする公共の場所は、狭い裏通りや路地に至るまで人波で埋めつくされ、うかれた酔っ払いの歌声や子どもたちのはしゃぎ声、娘たちの甲高いおしゃべりや露天商の呼び込みの声が、すべて合わさってひとつとなり、潮騒のように絶え間なく響いてくる。
ザールブルグの住民すべてが家から出て来ているのみならず、近隣の農民や流れ者の冒険者たち、そして遠くの町からキャラバンを組んでやって来た商人や大道芸人たち・・・そのすべてが、年に一度の真夏の祭典を心行くまで楽しもうと、心をひとつにしていた。キャラバンを組んでやって来たはいいものの、街の中へ収まりきれなかった馬車が何台も、身を寄せ合うようにして城壁の外側に並び、水と飼葉をほしがる馬たちのいななきが石の壁にこだまする。
陽が西のアーベント山脈の向こうに没していくと同時に、街のあちこちでランプやかがり火が灯された。踊るオレンジ色の炎に照らし出された街は、昼間とはまた違った活気を呈し、人々は残り少ない祭りの時間を最大限に楽しもうと、酒場に繰り出し、広場で歌い踊り、露店で異国の果物や色鮮やかな装飾品を買いあさる。
そして、今年のザールブルグの夏祭りの目玉イベントである肝試しが、始まろうとしていた。
肝試しの会場となる墓場は、街の城壁の外、南門と西門の間に広がっている。敷地はかなり整備されてはいるが、半分は森になっており、木々を縫って点々と墓所が配置されている。曲がりくねった細い道が通っているが、見通しは悪い。
準備に当たった『職人通り』商店会のスタッフの手で、通路にはところどころに灯りが設置された。灯りと言っても、夏の代表的な果物であるヴァッサメローネの果肉をくりぬき、中にろうそくを灯したものだ。緑の地に黒の稲妻模様があり、大人の頭よりも大きくて丸いヴァッサメローネには、目と口の形に穴が開けられ、そこからろうそくの光が漏れてくる。ぽっかりとくりぬかれた穴は、どくろのうつろな目を思わせ、ぎざぎざの口は苦悶にゆがんでいるか、にやりと不気味な笑みを浮かべているかのように見えた。
肝試しの参加者は、男女が一組となり、南門から墓場に入ってヴァッサメローネの提灯に導かれ、内部を一周して西門の手前から出てくることになる。途中、何箇所かには脅かしの仕掛けが作られているということだが、その内容は参加者には一切知らされない。
受付が設置されている南門前の広場には、すでに参加希望者が列を作っていた。
「おうっ! それじゃ、そろそろ開門するぜ! でもよ、その前に、俺様の怪談話を聞いて行かねえか?」
頼まれもしないのに受付の脇に居座っている武器屋の親父の、野太い声が響いた。


Couple−1

「それじゃ、行こうか」
さっそく、一組目のカップルが、墓場の入り口に作られたゲートをくぐって、肝試し会場に足を踏み入れようとする。
男の方は、細身で背が高く、年齢は20代の後半であろうか。つややかな金髪を女性のように長く伸ばし、サファイアやエメラルド、ルビーといった宝石をあしらった髪留めで軽くとめている。高級そうな絹で織られた純白のシャツをゆるやかに着こなし、身体にぴったりとした黒檀のような黒いズボンには金糸で竜の文様が浮き出ている。襟元からは純金製のネックレスが幾重にも重なっているのがのぞき、宝石をちりばめたエレミア銀製のブレスレットが両手首に光っている。ポケットからのぞく懐中時計の鎖も、純金製だ。
周囲の人垣から、ささやき合う声がもれる。
(ご覧よ、あれ。まったく、なんて悪趣味な格好だろうね。いかにも自分は金持ちでございって、ひけらかしてさ)
(ねえねえ、誰なの、あれ?)
(あんた、知らないのかい。あれが、例のローネンハイム家のバカ息子さ)
(ああ、あれが・・・。ほんと、噂どおりの成金趣味ね)
(おまけに、女と見たら見境なしでさ。貴族だろうが、庶民の娘だろうが、お構いなしだ。金の力で何でもできると思ってるんだから、始末が悪いよ。あんたも気をつけるんだよ)
(それじゃ、一緒にいるのは・・・?)
(さあね、金に目がくらんだのか、それとも何も知らずに声をかけられてついて来てしまったのか・・・)
(けっこう美人じゃない?)
(あんまり見かけない娘さんだねえ。どこか、よその街から来た娘なのかも知れないけれど、気の毒な娘だよ。もてあそばれて、捨てられるのが落ちだっていうのにねえ)
ローネンハイム家の御曹司にエスコートされているのは、いかにも清楚で気弱そうな顔立ちをした、まだ少女とも大人ともつかない女性だった。小柄で、プラチナブロンドの巻き毛を上品にまとめ、フリルのついた白いブラウスと裾が大きく広がったロングスカートを身に着け、いかにも歩きにくそうだ。彼女がよろけるたびに、御曹司がかいがいしく支えるふりをして、腰のあたりを撫で回すのだが、それにも気付いていないようだ。
相手を支えて墓場に踏み込みながら、御曹司は心の中でほくそえんでいた。
(ふふん、今日も上玉が見つかったな。祭りの日ともなれば、どんな身持ちの固い女でも解放的になるものさ。で、ぼくの手管にかかれば、後はお決まりのコースだ。肝試しとは、うってつけじゃないか。庶民もたまにはいいことを考えるものだな。ふふふ)
ヴァッサメローネの提灯が、にたにた笑いながら、先のコースを示す。
角をひょいと曲がると、いきなり目の前に、若い女性の姿が現れた。
「いらっしゃいませ〜。幽霊の里へ、ようこそ〜。うふふ」
「きゃっ」
連れの女性が、小さな悲鳴をあげてしがみつく。
御曹司は、肩を抱いてやりながら、目の前に現れた少女をなめるようにながめる。
(ふうん、けっこうかわいいじゃないか)
少女は昔の貴族が着るようなクラシックな服装にショールをまとい、時間的には必要がなさそうな日傘を持っている。左の目じりの下にある泣きぼくろがチャームポイントだな、と目ざとく御曹司は思った。
「それでは、ごゆっくり〜、うふふ」
小首をかしげて微笑むと、少女は現れた時と同じように、忽然と消え去った。
「あ、きみ、ちょっと待って・・・」
名前と住所を聞いておくんだったな、と御曹司は思った。
まあ、いいか。この娘とのことが済んだら、また探しに来ればいい。祭りの夜はまだまだ長いのだ。
「さあ、行きましょう。怖がらないでも大丈夫。ぼくがついてるからね」
御曹司の手にしがみつきながら、連れはこくりとうなずいた。

点々とともされているヴァッサメローネの提灯を頼りに、ふたりは道を進んだ。
御曹司は、怖がる女性に歯の浮くような慰めの言葉をかけながら、彼女の肩や腰の感触を楽しむのに余念がない。相手は、風に木の葉がざわめき、提灯の灯りが不気味な影を映し出しただけでも、びくりと震え、身体を寄せてしがみついてくる。
(こいつはいいや)
そろそろ次の行動に出ようか、と御曹司が考え始めた時、道端の大きな墓石の陰から、うなり声と共に不気味な姿が飛び出してきた。
「うおおおおおっ!」
全身が薄汚れた包帯におおわれているが、そこここに真っ赤な血の染みがついてまだら模様となっている。首から上は肉がくずれ、片方の目はだらりとぶら下がり、こめかみから脳天にかけて錆びた鉄棒が突き抜けている。
もちろん、ゴムのマスクなのだが、この暗がりでは、そんなことはわからない。
「きゃああああっ! いやあっ!」
女性は悲鳴をあげると、夢中で御曹司にしがみついた。体重を支えきれず、ふたりはもつれ合うようにして倒れる。
「だ、大丈夫、ぼくがついてるから」
いささか震え声で励ましながらも、御曹司は化け物に感謝した。香水の香りのする女性の柔らかな巻き毛に顔をうずめ、胸板に押し付けられたふくらみの感触を味わい、しっかりと背中に回した手を少し伸ばして、ふくよかな身体のラインをじっくりと確認する。
(おいおい、こいつら、いったい何なんだよ。いくら驚いたにしたって、やりすぎだぜ・・・)
化け物の扮装のままで、ハレッシュはあきれたようにふたりを見下ろしていた。
ディオの指示で、泣く泣くフレアを誘うのを諦め、脅かし役を演じる羽目になってしまったわけだが、肝試しの参加者がカップル限定ということは、これから先も、脅かしに出て行くたびにこのような光景を見せつけられることになるのだろうか。
(こんなの、聞いてないぞ・・・。まったく、目の毒だよ。あああ、なんて俺は不運な男なんだろう。フレアさん、今頃、どうしてるのかな・・・)
人のいいハレッシュは、それでもなんとか気を取り直して、くるりと背を向け、次の出番の準備をしに墓石の裏へ戻っていった。
化け物が行ってしまうと、御曹司は再び紳士の仮面をかぶることに決め、自ら立ち上がってパートナーを助け起こした。
「大丈夫かい? 怖かったろう」
「いえ・・・。でも、あの・・・」
女性はまだショックから覚めやらぬのか、かぼそい声でつぶやくように言葉を出すのがやっとのようだ。身体はわなわなと震えている。
風が強まり、木々のざわめきが魔物の吠え声のように森を走り抜ける。
女性の恐怖は、限界に達したようだった。
「もう、いやあっ!!」
叫ぶと、彼女は身をひるがえし、脱兎のごとく走り出した。
「あ、ちょっと待って! どこへ行くんだい、危ないよ!」
御曹司の声も、耳に届かないかのように、ロングスカートの裾をはためかせ、白い幽霊のような姿で森の中へ消えてゆく。歩きにくそうなスカートをはいているのに、飛ぶような動きだ。走って追いかけた御曹司だが、日ごろの運動不足がたたり、すぐに息が切れて足を止めざるを得なかった。
「はあ・・・はあ・・・。ちぇっ、いよいよこれからってところだったのに・・・」
御曹司はくやしそうにつぶやいた。だが、すぐに気を取り直す。
(まあ、いいか。女は他にいくらでもいるさ)
この切り替えの早さと天性の楽天主義が、ローネンハイム家の御曹司の悪名を高めていることは間違いない。
御曹司は、逃げ去った女性の心配をすることもなく、口笛を吹きながら出口に向かった。

肝試しのルートを外れた墓場の片隅では、くだんの女性が、墓石にもたれて息を整えていた。
頭からプラチナブロンドのかつらをむしり取り、首を振ると、したたる汗をぬぐう。
彼女の表情は一変していた。先ほどまでの、怯えた頼りなさげな様子は微塵もなく、生き生きとした抜け目のない顔つきになっている。
「ふん、ば〜か」
御曹司が去って行った方向に目をやり、女性は舌を突き出した。
「あんにゃろう、噂どおりの女の敵だね。好き放題、さわりやがって・・・。でもまあ、おかげでこっちも仕事はしやすかったけどさ」
彼女は、ふところから男ものの高級そうな財布を取り出して、覗き込んだ。じゃらじゃらと、銀貨がぶつかり合う重い音がする。
「ふうん、さすがはローネンハイム家のドラ息子だ。けっこう持ってるじゃないか」
さらに、ポケットから戦利品を取り出す。純金のネックレスやエレミア銀のブレスレット、宝石をあしらった髪留めや懐中時計まで、ローネンハイム家の御曹司が身に着けていた貴重品・宝飾品は、すべて彼女の手に収まっていた。
「まあ、たまにはこうして実践練習を積まないと、腕が鈍っちまうからね。さて、こんな動きにくい格好、窮屈で仕方ないや。さっさと着替えて、街に繰り出すとするか」
ナタリエ・コーデリアはひとりつぶやくと、身をひるがえして墓場から去って行った。

その日の夜中、高級酒場で女性たちに大盤振る舞いをしていたローネンハイム家の御曹司は、勘定する段になって、財布が消え失せており、身に着けていた装飾品すべてが夜店で売っている安物の模造品にすりかえられているのに、ようやく気付いたのだった。財布の代わりにポケットに残っていたのは、1枚の小さなカードだけだ。
そのカードには、『デア・ヒメル参上!』と記されていた。


Intermission

「ああん、間に合わないよう!」
マルローネが悲鳴をあげる。金髪をかきむしり、足の踏み場もない修羅場と化したテントの中を絶望的に見回す。
「まったく・・・。ですから、もっと時間に余裕をみておきなさいと言ったのです。騒いでいる暇があったら、手を動かしてはいかがですか」
冷ややかに言いながらも、クライスはてきぱきと作業を進めていた。大き目の乳鉢で『ぷにぷに玉』をすりつぶし、どろどろした液体状になったそれに、『祝福のワイン』を注ぎ足す。
そして、出来上がった虹色の液体を、マルローネの“作品”に次から次へとふりかけていく。
「だって、生命付与の魔法は、効果がすぐに切れちゃうから、できるだけ時間ぎりぎりで作業した方がいいと思ったんだもん!」
「そうは言っても、ものには限度というものがあります。もうとっくに開場の時間は過ぎていますよ」
「うわあ、だめだあ!」
「諦めてはいけません。とりあえず、私は作業が終わった分を会場へ持っていきます。マルローネさんは、そのまま続けてください」
「うん・・・。わかった」
クライスが両手いっぱいに抱えた“それ”は、早くもうごめき始めている。
「ですが・・・」
テントの奥に目をやったクライスは、冷静な口調で言った。
「あちらは、諦めた方がいいかも知れませんね」
「ええっ!? やだよぉ、せっかく苦労して作ったのに! あれこそが、今回の肝試しのクライマックスを飾る目玉だって言うのにさ!」
マルローネが目を三角にして詰め寄る。クライスはため息をついて、
「あれもこれもと百点満点を目指すのは、今の時点では不可能です。優先順位を決めて、だめなものは切り捨て、70点でも満足する道を選ぶのが、現時点では最善の策だと思えますけれどね」
「でも・・・!」
「まあ、決めるのはあなたですが」
冷ややかに言うと、クライスはくるりと背を向け、テントを出て行った。
それを見送ったマルローネは、しばらくうつむいていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「よぉし、決めた!!」
右腕をぶんぶん振り回して気合を入れ直すと、マルローネは作業にかかった。


Couple−2

「わあ・・・。わくわくしますね」
ゲートを抜け、ヴァッサメローネの提灯が点々とともるだけの暗がりに足を踏み入れると、ルイーゼは楽しそうに言った。
「はあ・・・。そうですね」
ノルディスは気のない返事をする。もちろん、ルイーゼはそんなことには気が付かない。
(本当は、アイゼルと来たかったんだけど・・・)
でも、都合がつかないと言って来たのはアイゼルの方だ。それに、せっかくルイーゼが、元気のない自分を励まそうと誘ってくれたのだから、もっと楽しまなければ・・・。
ルイーゼは、ただ肝試しに来たかっただけで、相手は誰でもよかったことなど、ノルディスは知らない。
角を曲がると、いきなりひとりの少女が現れた。
「いらっしゃいませ〜、幽霊の里へ、ようこそ〜。・・・あら?」
「あら、あなたは・・・」
ルイーゼが気付いて、微笑む。昨日、ヘルミーナを訪ねてアカデミーへ来た少女だ。
「あ、昨日は、ありがとうございました。うふふ」
少女もにっこりと微笑み返す。
「ここで、何をしているんですか?」
ルイーゼが尋ねる。少女はにこにこ笑って、
「あたし、ヘルミーナさんに呼ばれて、遠くの国から来たんです。手伝ってほしいことがあるからって」
「はあ」
「それで、ヘルミーナさんから『ここに出なさい』って、言われたから・・・。うふふ」
「はあ、そうですか。がんばってくださいね」
「は〜い」
そう言うと、少女はどこへともなく消えた。
「かわいい人ですね。でも、ヘルミーナ先生と知り合いだなんて・・・。いったいどこで知り合ったのかしら」
先へ進みながら、ルイーゼが言う。
ノルディスは首をひねって考え込んでいた。
「さっき、あの人、変な言い方をしてましたよね。『ここに出なさい』って言われたって・・・。普通は『ここにいなさい』とか言うものだけど・・・」
「そういえば、そうですね・・・」
ルイーゼは小首をかしげて考え込んだが、
「でも、ほら、外国の人みたいですし、ものの言い方が違うのも、仕方ないんじゃないかしら」
「そうかなあ・・・」
釈然としないノルディスだった。

「あら、ここは・・・」
しばらく歩くと、ルイーゼは足を止めた。
このあたりは墓場の奥にあたっており、手入れの行き届かない苔むした墓石がいくつも転がっている。
ルイーゼは墓石のひとつに歩み寄ると、こびりついた苔を払って、目をすりつけるようにして刻み込まれた文字を読み取ろうとした。
「ああ、暗くて見えないわ。ノルディスさん、読めますか?」
あたりの不気味な雰囲気に、早く通り過ぎたかったノルディスだが、仕方なく墓石を覗き込む。
「ええと・・・。ウォルフ・・・ガン・・・グ・・・でしょうか?」
「やっぱりそうだわ!」
ルイーゼが歓声をあげる。夢見がちな大きな空色の瞳を輝かせ、嬉しそうに続ける。
「ここは、呪われし血の一族、ウォルフガング家の墓所なんですよ! ああ、本に書いてあった通りだわ!」
「へ? それって・・・?」
ノルディスはわけがわからない。
「ウォルフガング家は、始祖カールの時代から続いてきた由緒ある貴族だったそうです。でも、シグザール第4代国王クラウディアの治世の頃、当主が黒魔術に手を染め、悪魔を呼び出したと告発されて、死罪に処せられました。その後、残された一族を次々に不幸が襲い、流行り病に倒れたり盗賊に襲われたり・・・。結局、ある嵐の晩に屋敷を襲った原因不明の火事によって、ウォルフガング家の血筋は絶えてしまったと言われています。でも、その後もウォルフガング家の墓所には焼けただれた姿の一族の亡霊が出没するという噂が、根強く残っていたそうです。ここがまさに、その場所なんですね!」
「あ、あの・・・」
はしゃいだ口調のルイーゼに対して、ノルディスは背筋を悪寒が走るのを感じていた。
「ああ、ひと目でいいから、本物の幽霊を見てみたいわ」
にっこりと、ノルディスに微笑みかける。
「ええと・・・。ぼくは、遠慮します」
そして、気味悪そうにあたりを見回しながら、
「そ、そろそろ、行きませんか」
ルイーゼは、それでも名残惜しそうに、墓石をなでたり、暗がりを覗き込んだりしていたが、
「う〜ん、幽霊はいないみたいね、残念だわ・・・」
と、先に立って歩き出した。
ノルディスがあわてて後を追う。

歩きながら、ルイーゼは話し続ける。
「そういえば、この先にあるフォントフリード家のお墓にまつわる、血まみれ幽霊の話もあるんですよ」
「あ、あの、ルイーゼさん・・・」
ノルディスは、声の震えを抑えて、話しかけた。
「話題を、変えませんか」
「あら、そうですか」
ルイーゼは指をあごに添え、上目遣いに思案していたが、ぱっと顔を輝かせた。
「そうそう、幽霊が出る時に、なぜ人はぞっとするか、わかりますか?」
「はあ?」
(いや、そういう話題に変えてほしいわけじゃなかったんだけど・・・)
げんなりして、ノルディスは思った。
「これは、科学的に説明できるんですよ」
ルイーゼは微笑んで言う。
「わたしたちとは次元の異なる霊界の存在である幽霊が、この世に出現する時には、エネルギーを必要とします。その際、いちばん簡単なのは、出現する周囲の空間にある熱エネルギーを消費することです。つまり、熱エネルギーが奪われるということは、その空間の温度が急激に下がることになって、その範囲内にいた人は、急に寒さを感じ、ぞっとするというわけです」
「う〜ん、でも、その理屈は、エネルギー保存則に合致しているのかなあ」
いつの間にか、ノルディスも引き込まれていた。
「熱力学の第二法則によれば・・・」
「幽霊を特定のエネルギー形態と考えた場合、不確定性原理が介在する余地は・・・」
「その場合、観察者の存在によって・・・」
「いや、そもそも幽霊を素粒子に分割できると想定すること自体に無理が・・・」
「この理論は、地縛霊の場合には適用できても、浮遊霊の場合には矛盾が・・・」
「ポルターガイストの物理的特性というのは・・・」
歩きながら、あらゆる知識を総動員してのふたりの論戦は熱を帯び、果てることがなかった。
「うがあっ!!」
茂みを揺らし、飛び出してきたゾンビの扮装のハレッシュに気付くこともなく、議論に熱中したノルディスとルイーゼは足早に通り過ぎていった。
「ふう・・・。何だい、あいつら。こっちも一生懸命やってるんだから、少しは怖がってくれたっていいのによ」
ぼやきながら、再び待機の状態に戻るハレッシュだった。


Intermission

「ふう、すっかり遅くなっちゃったわ」
肝試し会場にやって来たイングリドは、腕組みをして、見物人でにぎわう入り口前の広場をながめた。
マルローネがなにか騒ぎを起こしているのではないかと、心配になって見に来たのだ。なにやら企んでいたヘルミーナの態度も気になる。
しかし、どうやら何事もなく、肝試しは順調に進んでいるようだった。
ふと、人垣に気付いて、イングリドは覗き込んだ。
一本も毛のないてかてかの頭を提灯の灯りに光らせ、武器屋の親父が一席ぶっているところだった。
周囲に集まった子どもたちが、親父の怪談話に目を丸くして聞き入っている。
「あれは俺が、武者修行の旅をしていた頃だった。日が暮れてから、寂しい山道を歩いていると、道端でうずくまっている若い女に出会ったんだ・・・」
ありきたりの話ね、とイングリドは思った。子供向けの本にも載っている、化け物と出会う旅人の話だ。だが、熱をこめて語る親父の声には、なかなかの迫力がある。
「俺も漢だ。難儀している女を放っておくわけにはいかねえ。すぐに声をかけたよ。だが、女は顔を伏せて泣いているばかりだ。俺は、何度も声をかけたね。そしたら、女が顔を上げたんだが・・・」
親父は言葉を切り、恐ろしげな表情をしてみせる。聞き入っていた子どもたちが息をのむ。
「なんと・・・! 女の髪の毛がずるりとはがれて、そこにはタマゴのようにつるっつるの頭があるだけだったんだ」
何気なく聞いていたイングリドの目が点になった。物語では、ここで、女の顔が目も鼻も口もないのっぺらぼうだとわかるのではなかったか。
親父は続ける。
「さすがの俺もぶったまげた。荷物も何も放り出して、逃げ出したよ。息が切れて、足がつりそうになるまで走ると、向こうの方にぼんやりと灯りが見えた。道端で、どこかの旅の商人が焚き火をして休んでいたんだな。俺は恥も外聞もなく、そいつの足元に転げ込んだ。『おやおや、だんな、どうしたんです、真っ青になって。まるで化け物に出会ったみたいですよ』そいつはのんびりと言った。俺は回らない舌で、なんとか事情を説明しようとしたよ。『お、女が・・・あ、あっちで・・・。頭が・・・』すると、商人はこう言って、頭をつるりとなでた。『そいつは、こんな頭でやしたかい?』・・・そいつの頭も、つるつるだったんだ!」
イングリドは苦笑した。親父なりに、なんとかオリジナリティを出そうと工夫したのだろう。でも、これでは怪談ではなく笑い話だ。
話が終わったとみて、人垣が崩れると、親父はイングリドに気付き、声をかけてきた。
「おう、イングリドじゃねえか、どうしたんでぃ、こんなとこでよ」
「別に・・・。ちょっと散歩していただけよ」
「そうか・・・」
親父の目が光った。にんまりと笑う。イングリドはいやな予感がした。
「じゃあ、暇なんだろ、暇なんだ、な!」
「だったら、どうだって言うの」
「いや〜、ほんとにいいところに来てくれたな。こいつも運命ってやつだ」
「な、何よ」
後ずさりするイングリドに、親父はえびす顔でにじり寄る。
「あのよ、俺と肝試しに行こうぜ、なあ?」


Couple−3

「いや〜、助かったぜ。なに、俺様ぐらいになりゃあ、肝試しに一緒に来る女なんざ、星の数ほどいるんだがな。どういうわけか、どいつもこいつも都合がつかねえみたいでよ」
「はいはい」
親父の言葉に気のない返事をしながら、イングリドは複雑な表情を浮かべていた。
(もう! なんでわたくしが、この親父とペアで肝試しなんかをしなきゃならないのよ!)
そう思いながらも、一方では、いい機会だとも思っていた。マルローネがどんな脅かしの仕掛けを作ったのか、実地に体験できるチャンスだ。それに、ヘルミーナの仕掛けがどのようなものなのかも確かめておきたかった。
ヴァッサメローネの提灯が、にたにた笑いながら、曲がり角を示している。
「けっ、なんでぃ、怖くもなんともねえじゃねえか」
ヴァッサメローネの顔をつついて、親父が言う。
「そうね。あなたの顔の方がよっぽど怖いわね」
「冗談ぬかせ。俺みたいに愛嬌のある顔はねえぜ」
「まあ、ある意味ではね。ほほほほほ」
角を曲がると、目の前に、不意にひとりの少女が現れた。
「いらしゃいませ〜。幽霊の里へ、ようこそ〜。うふふ」
「おぅ、ねえちゃん、かわいいねえ!」
親父がにこにこ笑って、挨拶を返す。
「それでは、ごゆっくり〜。うふふ」
少女はにっこり笑うと、どこへともなく消え去った。
「う〜ん、なかなかの別嬪だったな。けど、あんな娘、『職人通り』にいたっけかな?」
歩き出しながら、親父が言う。
イングリドは、何事かを考えるように眉をひそめていたが、ふと立ち止まった。
「おぅ、どうした? 難しい顔してよ」
親父が振り向く。
イングリドは、道に映るふたりの影を見つめていた。背後に掛けられたヴァッサメローネの提灯の炎が風に揺れるのに合せ、ずんぐりとした親父の影とすらりとしたイングリドの影が踊る。
「さっきの、あの娘・・・」
イングリドはごくりとつばをのみこんだ。
「影が、なかったわ・・・」
「はあ?」
親父は目を丸くしたが、すぐに破顔してイングリドの肩を叩く。
「何、真剣な顔して言ってんだ。そんなこと言って、俺を脅かそうったって、そうはいかねえぞ」
「ふう・・・。まあ、いいわ。見間違いってこともあるし」
イングリドは、少女が消えていった背後の闇を振り返りながらも、先に進んだ。

「ん・・・?」
しばらく歩いたところで、親父が足を止めた。
「どうしたのです?」
イングリドの問いに、親父は声をひそめて言う。
「なにか、いる・・・。俺の本能が、そう告げているんだ。離れるんじゃねえぞ」
「どうぞおかまいなく」
イングリドの冷たい返事にも気付かないのか、親父は連れをかばうように身構えて、そろそろと進む。
「うがあっ!!」
突然、しげみをかき分け、見るもおぞましい姿をしたゾンビの巨体が現れた。
「出たな、化け物!」
親父が叫ぶ。
「心配するな、イングリド。自分の身を犠牲にしてでも、お前のことは守ってやるぜ!」
「そういうセリフを、ひとの背中に隠れながら言っても、説得力がないわよ」
冷ややかに言うと、イングリドは目の前に立ちはだかったゾンビをしげしげと観察する。
「ふうん。これはマルローネの仕掛けではないわね。あの娘には、こんな細かいメイクは無理だわ」
そして、興味をなくしたかのように、親父をうながす。
「さ、行きましょ」
「お、おぅ・・・」
すたすたと去っていくふたりを見送って、ゾンビ姿のハレッシュは、この日何度目かのため息をついた。
「まったく・・・。どうしてこう、脅かしがいのない客しか来ないんだ? それにしても・・・。はああ、フレアさん・・・」

肝試しのコースもそろそろ終わりに近付いていた。
ゾンビに出会って以降、特に何事も起こってはいない。
「おかしいわね・・・。マルローネやヘルミーナの仕掛けは、どうなっているのかしら?」
イングリドはいぶかしんだ。『職人通り』商店会から脅かしの仕掛けを作る依頼を受けた以上、ちゃんとこなしていなければ、契約違反になる。
(まったく・・・。もしそんなことになったら、アカデミーの信用問題じゃないの)
「おい、なんか来るぞ!」
考え込んでいたイングリドは、親父の声に、はっと顔を上げた。
前方に続く暗がりの方から、ひたひたとかすかな足音らしきものが聞こえてくる。
しかも、ひとつふたつではない。気が付けば、左右からも、そして背後からも、気配が迫ってくる。
「な、何だ、こいつらは!?」
親父が素っ頓狂な声をあげる。
闇の中からわらわらと近付いてきたのは、小さな子どもの集団のように見えた。
「妖精・・・さん?」
イングリドがつぶやく。
両腕を広げ、赤、青、緑、黄、茶色など、色とりどりの服を着、同じ色の帽子をかぶって、ぺたぺたとぎこちない動きで近寄ってくるのは、確かに錬金術師が調合や採取の手伝いに雇っている妖精のように見える。だが、その顔は平板で無表情で、不気味な無言の圧力を感じさせる。
ふたりは、あっという間に10体ほどの妖精に取り囲まれた。
「くっ・・・。ばかにするな! お前らなんか、怖くねえぞ!」
親父がたくましい腕を伸ばし、手近にいた妖精の帽子をむんずとつかんだ。
そのまま持ち上げようとしたのだろうが、力をこめると、妖精の帽子と髪の毛はずるりとむけ、その下からタマゴのようなつるつるの頭が顔を出した。
「うぎゃあ! 出たぁ!」
親父は悲鳴をあげると、夢中で妖精の輪をかき分け、闇の中へ駆け去っていく。
イングリドは落ち着き払って、子どもたちに囲まれた保母さんのようにしゃがみこむと、親父の手荒い扱いで髪の毛をはぎ取られた妖精を観察する。
「なるほど・・・。これは間違いなく、マルローネの仕業ね。髪の毛代わりの糸を埋め込むのが面倒で、品質の良くない接着剤を使うあたり、まったくあの娘らしいやっつけ仕事だわ。まあ、確かに、暗闇で“妖精さん人形”の集団が襲ってきたら、びっくりするかも知れないけれど・・・」
イングリドは軽くうなずいた。
「まあ、ぎりぎり合格点というところかしら」
その時、茂みの中で悲鳴が聞こえた。
恐ろしい形相をした親父が、飛び出してくる。もし髪の毛があったなら、逆立っていたことだろう。
「また出たぁ! ば、化け物だ! 俺ぁもう、ごめんだ、助けてくれーっ!」
そして、目を丸くしているイングリドを見向きもせず、出口の方へ向かって脱兎のごとく走り去っていった。
「化け物・・・?」
イングリドは、“妖精さん人形”の群れから抜け出すと、親父が飛び出してきた茂みを、そろそろと覗き込んだ。
目を凝らすと、前方に、錬金術服とローブに身を包んだ人影が見える。
「なによ、鏡じゃないの」
あきれたように、イングリドはつぶやいた。
 


Intermission

『職人通り』の酒場『飛翔亭』では、店主のディオがただひとり、接客におおわらわだった。
夏祭りの夜ということで、テーブル席はすべて埋まり、床に車座になったり壁にもたれてエールのジョッキを傾けている客も多い。
「ふう・・・。やっぱり、クーゲルとフレアを行かせるんじゃなかったか」
ディオはぼやいた。
「1、2刻で戻る」
と、クーゲルは約束通り、フレアと一緒に肝試しに出かけたのだった。
「まあ、しばらくの辛抱か・・・。少しは、理解のあるところも見せてやらにゃあな」
ディオは気合を入れ直すと、注文に応えるべくシェーカーを振り始めた。
「おう、マスター、あんたも一杯飲めよ」
カウンターにもたれ、常連客のひとりが言う。
「いや、こっちは仕事中だから・・・」
と断ろうとするが、相手はすっかりできあがっている。
「あんだよ、固いこと言いやがって。今日は祭りだろ、さあ、景気付けだ、一杯いけ」
「仕方ないな。じゃあ、一杯だけ」
とはいえ、そういう客はひとりだけではない。いちいち付き合っていたら、すぐに酔いつぶれてしまう。
(そろそろ、もうひとつ呑んでおくか)
客足が一瞬途切れたところを見計らって、ディオはカウンターの陰に置かれた薬の袋を開けると、取り出した錠剤をごくりと飲み下した。
クーゲルが置いていった『酔い止めの薬』だ。
(よし、これで大丈夫だ)
ディオはカウンターへ向き直り、大きな声で叫んだ。
「いらっしゃい!」


Couple−4

「ずいぶん、寂しいところですのね、クーゲル叔父様」
不安そうにフレアが言う。
「ああ、そうだな。だが、寂しくなかったら、肝試しの会場には不向きだろう?」
落ち着いた口調で、クーゲルが答える。
フレアは、このような肝試しに参加するのは初めてだったため、会場へ入る前から緊張していた。
入ってすぐのところでかわいらしい少女に出会って、緊張は解けたかに見えたのだが、墓場の奥深くへ進むにしたがって、再び不安感と恐怖感が押し寄せてきていた。
「叔父様は、怖くはないのですか?」
寄り添うようにして、フレアが言う。なにか言葉を口にしていないと、恐怖感に押しつぶされてしまいそうだ。
「ああ、この程度ではな」
クーゲルは相変わらず落ち着いている。
「わしぐらいの歳になると、たいていのことでは驚かんのだよ」
いくつめかの角を曲がった時、墓石の陰から、大柄な影が飛び出してきた。
「うがあっ!!」
「きゃああっ!」
悲鳴をあげて、フレアがクーゲルの後ろに隠れる。
飛び出してきたゾンビは、脅すように両手を頭上に掲げたまま、凍りついたように動かなくなった。
「フ、フレアさん・・・?」
情けない声で、ゾンビが言う。
「ふむ、ここにいたのか」
クーゲルは落ち着いた口調を崩さない。
「もう、脅かし役はそのくらいでよかろう。そろそろかぶりものを取ってはどうだ。フレアが怖がる」
「へ?」
ゾンビは気の抜けたような返事をしたが、ゴムのマスクを取り去った。
「まあ・・・。ハレッシュさん」
恐る恐る顔を上げたフレアが、ほうけたようにつぶやく。
「す、すみません、フレアさん、脅かしちまって・・・。でも、仕事なんで、仕方なくて・・・」
しどろもどろにハレッシュが言う。
「仕事はもう終わりにしていいぞ」
ハレッシュに向かって言うと、クーゲルはフレアの背中を押しやった。
「せっかくの祭りだ。若いものだけで、楽しんでくるのもいいだろう」
「クーゲルの旦那・・・」
「クーゲル叔父様・・・」
目を丸くするふたりに、クーゲルは笑みを浮かべてみせた。
「もっとも、フレアが嫌だと言うなら、このまま連れて帰るが」
「いえ、そんな・・・」
フレアの頬がほのかに染まる。だが、すぐに表情がくもった。
「でも、お父様が・・・」
「兄貴のことなら心配要らん。わしに任せておけ」
「でも、お店も忙しいですし・・・」
「フレア・・・。前から思っていたが、お前は回りに気を遣いすぎだ。祭りの日ぐらい、自分のために楽しむことを覚えてはどうだね」
叔父の言葉に、フレアは小さくうなずいた。
「はい、わかりました・・・。ありがとうございます」
「クーゲルの旦那・・・。恩に着るよ」
ゾンビの扮装を脱ぎ捨て、いつもの服装に戻ったハレッシュが頭を下げる。
「うむ・・・。もう行きなさい。夜はそう長くはないぞ」
何度も頭を下げながら、若いふたりは消えていった。
「さて、どうしたものか・・・」
ひとりになったクーゲルは思いをめぐらした。
「兄貴が、ちゃんとあの薬を呑んでいてくれればいいのだが」
計略がうまく図に当たれば、フレアが帰って来ないのを心配し始める前に、ディオは正体もなく酔いつぶれていることだろう。
『逆に作用する酔い止めの薬』には、こういう使い方があるのだよ、お嬢さん・・・)


Intermission

ひとり立ち尽くし、考え込んでいたクーゲルは、ふと背後に気配を感じて、振り返った。
「誰だ!?」
茂みから、大きな人影がわらわらと湧き出してくる。
「なんだ、『飛翔亭』のおっさんじゃないか」
相手が誰かわかって、クーゲルは眉を上げた。
「ダグラスか? こんなところで何をしている?」
「へへっ、ボランティアだよ、ボランティア。脅かし役が足りないんじゃないかと思ってさ。肝試しを盛り上げるために、聖騎士隊の精鋭がひと肌脱ごうって寸法さ」
見れば、ダグラスの後ろにいる面々も、みな騎士隊の若手隊員だ。吸血鬼、ミイラ男、悪魔、人造人間など、思い思いのメイクに扮装を凝らしている。
ふと、ダグラスはハレッシュが脱ぎ捨てていったゾンビの扮装に目をとめた。
「おっ、こいつはよくできてるな。よし、俺はこいつを使わせてもらうぜ」
大柄なハレッシュに合せて作られたゾンビの着ぐるみは、ダグラスにもぴったり合った。
「よっしゃあ、準備万端だぜ」
ダグラスが張り切った声を出す。もっとも、ゾンビのマスク越しではくぐもって聞こえるが。
「おいおい、何をやらかすつもりかは知らんが、騒ぎは起こさんでくれよ」
不審そうに問いかけるクーゲルに、ダグラスは答えた。
「安心しろって。おっさんたちにゃ、迷惑はかけないからよ」


Couple−5

肝試しも、開場から数刻が経ち、開場直後には参加希望者でごったがえしていた南門前の広場も、落ち着きを取り戻していた。
しかし、そのふたりが姿を見せた時、広場に居残っていた人々はざわめき、ささやき交わす声が広がっていった。
(ちょっと、奥さん、見てよ)
(まあ、騎士隊長さんよ。一緒にいるのは・・・)
(あれって・・・、『職人通り』の・・・)
(そうだわ、あの赤いとんがり帽子の屋根の工房の娘よ)
(なんでまた、あのふたりが・・・?)
(キィーッ! くやしいっ! あたくしたちがいくらお誘いしても「うん」と言ってくださらなかったくせに、エンデルク様、あんな小娘と!?)
(まあまあ、奥様。きっと、エンデルク様のちょっとした気まぐれよ、気まぐれ)
(どっちにしろ、明日の『ザールブルグ・タイムス』の一面は決まりだな・・・)
そのような声を背中に受け、居心地の悪い思いを味わっていたエリーは、受付が済んでゲートから中に入ると、ほっと息をついた。
エンデルクは礼儀正しく、エリーを守るように先に立って、前方を透かし見ている。
今日のエンデルクは非番ということもあって、鎧は身につけていない。しかし、飾り気のない黒のシャツとズボンの下には、たくましい筋肉が息づいているのが感じられる。漆黒の髪は夜風になびき、ランプの炎にきらめいている。
「あ、あの、エンデルク様・・・」
エリーはおずおずと声をかけた。護身用のつもりか、いつも冒険の時に持ち歩いている杖を右手に握りしめている。
「うむ、何だ?」
「ありがとうございます、無理を聞いていただいて・・・。本当に、ご迷惑ではなかったのですか?」
「フ、迷惑と思うなら、最初から断っている・・・」
軽く笑うと、エンデルクは大またに歩き出した。
ヴァッサメローネの提灯が、ゆらゆらと風に揺れ、曲がり角を指し示している。
ためらいもせず、エンデルクは角を曲がった。
「いらっしゃいませ〜、幽霊の里へ、ようこそ〜」
不意に少女が出現し、エンデルクの全身に緊張が走った。
「こんにちは〜」
人なつっこいエリーは、初対面だったが、にっこり笑って挨拶を返す。
「あら、あなた、錬金術師さんね。嬉しいわ、この街は、錬金術師さんがたくさんいて。ずうっとここにいようかしら、うふふ」
クラシックな服装をした少女は、ころころと笑う。
「それでは、ごゆっくり〜」
闇に溶け込むように、少女が姿を消した後も、エンデルクはしばらく身体をこわばらせたまま、緊張を解かなかった。
「どうしたんですか、エンデルク様?」
いぶかしげにエリーが尋ねる。
エンデルクは、低い声で答えた。
「今の、あの少女・・・。彼女は、ただ者ではない・・・」
「へ?」
「すぐそばにいたはずなのに、かけらほども、気配を感じさせなかった・・・。あのように、完璧に気配を消せる相手には、出会ったことがない」
「それじゃ・・・?」
「いや・・・。敵ではない。邪気も、悪意も感じられなかった。だが・・・」
エンデルクは考え込んだが、すぐに口元にかすかな笑みを浮かべた。
「フ・・・。私もまだまだということか・・・。世間は広い。さあ、行くぞ」
エンデルクは先に立って進んだ。

墓場の奥へ入り込むにつれ、エリーはそわそわと落ち着きを失っていた。
(だから、頼むよ、エリー)
数日前に、工房を訪れたダグラスの言葉がよみがえってくる。
(こんなことを頼めるのは、お前しかいないんだ。どんな手を使ってもいい、隊長を肝試しの会場に連れ出してくれ)
あんなことを頼むなんて、ダグラスはいったい何をするつもりなんだろう?
エリーの質問に、ダグラスは答えてはくれなかった。
(決しておまえに迷惑はかけない。それに、悪いことをするんでもない。だから、何も聞かないでくれ。理由を知らなければ知らないほどいいんだ)
結局、ダグラスの熱意に押し切られる形で、承諾してしまったわけだが・・・。
歩を進めるにしたがって、エリーはエンデルクに対する後ろめたさがいや増してくるのを感じていた。
「どうした? 疲れたのか?」
エンデルクが振り向く。歩みが遅くなったエリーを気にかけてくれたのだろう。
エリーは、ますますいたたまれない気持ちになってきた。
(やっぱり、エンデルク様をだましているようで、気がひけるよ・・・)
エリーは決心した。後でダグラスに何を言われようと、隠し事をしているのはいやだ。
「あ、あの・・・。エンデルク様・・・」
だが、エリーの言葉は最後まで続かなかった。

「おい、来るぞ」
頭上の木のこずえから、見張りの声がささやく。
「よっしゃ、エリーのやつ、うまくやってくれたようだな」
ゾンビの着ぐるみの中で、汗をかきかき待機していたダグラスは、満足げにうなずいた。
これが最後のチャンスだ。
今夜の真夜中を過ぎたら、隊長と騎士隊員との賭けはエンデルクの勝ちになってしまう。
頭をしぼってダグラスが考えたのが、今回の作戦だった。
いくら気配を消そうとして忍び寄ったところで、すべての気配を消せるわけではない。完璧に気配が消せるとすれば、それは人間ではなく、幽霊くらいのものだろう。
だったら、逆に考えればいいではないか、とダグラスは思った。
たくさんの気配の中に身を潜め、それに紛れて打ちかかればいいのだ。
肝試しの会場は、その作戦の実行には、まさにうってつけだった。
脅かし役の化け物に扮装した同僚の騎士たちが、一斉にエンデルクを取り囲む。そして、エンデルクが気を取られている隙をついて、一撃を加えるのだ。
(こうなりゃ、意地だからな)
ダグラスは心の中でつぶやき、模擬刀を握りなおした。
「よし、ナイトハルト、アウグスト、エルンスト、他のみんなも、頼むぞ」
魔物に扮してあちこちの茂みや墓石の陰に隠れた仲間たちが、一斉にうなずく。
角を曲がって、エンデルクとエリーが姿を現した瞬間、作戦は発動した。

エンデルクに声をかけようとしたエリーは、言葉の途中で凍りついた。
「うがあっ!」
「がおうっ!」
「フハハハハハハ」
「・・・・・・」
あちらの茂みから、こちらの墓の陰から、頭上の木の上から、通路の向こうから・・・。
牙をむき出した吸血鬼が、全身をぼろ布に包んだミイラが、白装束をまとった亡霊が、黒い翼を広げた悪魔が、うつろな目をした人造人間が・・・。
一斉に湧き出し、ゆらゆらと迫ってきたのだ。
「フ・・・。なかなかの大仕掛けだな」
エンデルクは、肝試しの演出だと思っているようだ。エリーも半信半疑で、杖を握りしめたまま、立ちすくんでいる。
「うがあっ!」
マントを広げ、吸血鬼が迫った。エンデルクがひょいと避ける。
吸血鬼は目標を失って、そのままエリーの方へ倒れこんできた。
「きゃあっ!」
エリーが腰砕けになって倒れる。
「大丈夫か」
エンデルクが振り返った。
瞬間、背中ががらあきになる。
「そこだ!」
起き上がろうとしたエリーの目に、エンデルクに向かって刀を振り上げて襲い掛かってくる巨大なゾンビの姿が見えた。
「危ない!」
夢中でエリーが杖を突き出す。
杖の固い先端が、鈍い音を立ててゾンビの眉間をとらえた。
ゾンビの手から、模擬刀がぽろりと落ちる。
勢い余って、杖の先に引っかかったゴムのマスクがずれ、ダグラスのうつろな顔が現れた。
「そ、そりゃないぜ、エリー・・・」
無念そうにつぶやくと、ダグラスは崩れるように倒れこんだ。
「きゃあ! ダグラス、ダグラス、大丈夫?」
エリーが声をかけると、ダグラスはかすかに身じろぎし、うめき声をあげた。
「大丈夫だ。こぶができるだけだろう」
ダグラスの額の傷を見たエンデルクが、つぶやく。
他の化け物たちは、所在無げに立ち尽くしている。
化け物たちの正体に気付いたエンデルクは、低く笑った。
「フ・・・、なるほど、そういうことか・・・」
エリーに抱き起こされたダグラスに向き直る。
「フ、紙一重だったな。お前にしては、よく考えたと言っておこう。だが、賭けは私の勝ちだな」
エンデルクの言葉に重なるように、真夜中を告げるフローベル教会の鐘が鳴り渡った。
ふくれ面をしていたダグラスは、くやしそうに、
「くそっ、エリー、お前が邪魔しなければ、勝てたかも知れねえのによ!」
「だって・・・」
だが、隊長と目を合せたダグラスは、にやりと笑った。
「隊長、次の賭けは、どうするんですか?」
一同は、緊張が解けて、どっと笑った。

「きゃああっ! 誰か、止めてぇ!」
闇をつんざいて悲鳴が響き渡ったのは、その時だった。
「あの声は・・・」
「マルローネさん?」
その言葉も消えないうちに、前方のしげみを押し分け、墓石を蹴倒して、巨大な影が出現した。
「何だ、ありゃあ!?」
ダグラスが叫ぶ。
「妖精・・・さん・・・?」
確かに、その姿は妖精だった。暗くて見づらいが、着ている服も、帽子も、妖精特有の格好をしている。しかし、どこか不恰好で、ゆがんでいるようだ。エリーも作ったことがある“妖精さん人形”に似ていた。
だが、桁違いなのは、その大きさだった。
身長はエンデルクの倍近くあり、横幅も同じくらいある。
その巨体が、木々をなぎ倒し、ゆらゆらと揺れながら迫ってくるのだ。
その後ろから、マルローネの叫びが響く。
「誰か〜っ! お願い! 制御できなくなっちゃったのよぉ!!」
「マルローネ・・・。戻って来ていたのか」
エンデルクがつぶやく。髪をかきあげ、巨大な“妖精さん人形”を見つめた。
「放っておくわけにもいくまい。行くぞ!」
「合点だ!」
ダグラスが跳ね起きる。
だが、他の騎士たちは不安そうに首を振った。
「でも、隊長、今日は剣を持ってきていません」
エンデルクは、冷ややかな目でそう言った隊員をにらんだ。
「剣がなければ何もできぬというのか・・・。情けないやつだ」
ゾンビの着ぐるみを脱いで、身軽になったダグラスに向き直る。
「行くぞ、ダグラス」
「了解!」
目と目を見交わすと、エンデルクとダグラスは上体を沈め、低く身構えた。
「よし、行け!!」
エンデルクの合図と共に、ふたりは黒い弾丸のように突進する。
そして、ふたりは低い姿勢のまま、それぞれ“妖精さん人形”の左足と右足にタックルした。
足をすくわれた“妖精さん人形”は、そのままもんどりうって倒れる。
短い手足をばたばたと動かしてもがくが、もともと重心がちゃんとしていなかったのか、起き上がる気配はない。
「やったあ!」
歓声と共に、マルローネが駆け寄ってくる。
その後ろから、息を切らせてよろよろと現れたのは、クライスだ。
「どういうことか、説明してもらおう」
息ひとつ切らさずに、エンデルクが言う。
マルローネはエンデルクに気付くと、
「あ、エンデルク様・・・。あ、あははは、その・・・ちょっとした手違いで・・・」
「どこがちょっとした手違いですか」
ようやく息を整えたクライスが、厳しい口調で言う。
「私があれほど注意するように言っていたのに、ヘルミーナ先生の濃縮薬をそのまま使うなんて! あなたは、あの時の事件を忘れてしまったのですか!」
「だって・・・。時間がなかったし、原液のまま使えば、早く作用して、肝試しが終わるまでには間に合うかと思ったんだもん」
「まったく・・・。確かに、“生きてる巨大な妖精さん人形”なら、見物人を驚かすには効果があるかも知れませんが、よりによって暴走させるとは・・・。神聖な墓場をこんなに荒らしてしまって、どうするつもりですか?」
「えっと・・・それは・・・。あははは」
「笑い事ではありません」
「うむ、その通りだ。けが人が出なかっただけでも、幸いとしなければな」
クライスとエンデルクの冷たい視線に挟まれて、マルローネはしゅんとなる。
「それはそうと、あいつはどうするんだい」
ダグラスがあごをしゃくった。
地面に倒れた巨大な“妖精さん人形”は、相変わらず手足をばたつかせてもがいている。
「まあ、マルローネさんの作品ですからね。品質がいいわけではありませんから、夜明けまでには生命力が抜けて、止まるでしょう。そうなってから解体して片付ければいいと思います」
「うむ」
クライスの言葉に、エンデルクがうなずく。
「あはは、そうですね。それじゃ、そういうことで、この場は解散ということに・・・」
マルローネの言葉は、背後から響いた氷のような声に、途中で途切れた。
「これはいったいどういうことなのかしら? マルローネ?」
「げ・・・。イングリド先生」
連れ去られたマルローネの運命は、誰も知らない。


エピローグ 祭りの後、または後の祭り

小鳥のさえずりを耳にして、ディオは目を覚ました。
とたんに、頭の中に錐を刺し込まれたような頭痛が襲いかかってくる。
ディオはうめいた。
(なんだ・・・? いったい、どうなっているんだ?)
昨夜、『飛翔亭』のカウンターに立って、酔客の相手をしていたことは覚えているが、そこから先の記憶がない。
「あら、お父様、お目覚めですか?」
フレアのにこやかな声がする。
「あ、ああ」
上体を起こそうとしたディオは、激しい頭痛に襲われて、再びうめいた。
「もう、お父様ったら、そんなになるまで飲んで。もう若くないんだから、無理はしないでね」
フレアがレモンの薄切りを浮かべた氷水のグラスを手渡す。
「う、うむ・・・」
照れ隠しに、ディオは尋ねた。
「それより、どうだ、肝試しは楽しかったか?」
「ええ、とっても!」
フレアは、太陽のように晴れやかな笑顔で答えた。

「あら、ノルディス、おはよう」
図書室で読書に没頭していたノルディスは、顔を上げた。
「やあ、アイゼル」
アイゼルは、決まり悪そうな笑みを浮かべている。
「その・・・、昨日は、一緒にお祭りに行けなくて、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ」
アイゼルが、隣の椅子に腰を下ろす。
「でも、朝から何を一生懸命の読んでいるの? 無理してはだめよ」
「うん・・・。ぼく、思ったんだ。たくさん本を読んで、何でも知っているつもりになっていたけれど、まだまだ知らないことはいっぱいあるんだよ。昨日、それがよくわかったんだ」
「ふうん」
「ねえ、アイゼル・・・」
ノルディスは、にっこり笑って言った。
「幽霊が出ると、なぜぞっとするか、知ってる?」

「よし、全員集合!」
エンデルクが命ずると、シグザール王室騎士隊の若手が集合した。
シグザール城の中庭には、柔らかな緑の芝生が敷き詰められ、夏の日差しに照らされてつやつやと光っている。
いつもの鍛錬風景とは違って、騎士隊員たちは剣も持たず、鎧も身につけていない。
丸腰の若者たちは、どこか頼りなさげに見える。
エンデルクは、部下たちを厳しく見つめて言う。
「お前たちの、昨夜の体たらくはなんだ。騎士たる者、剣があろうがなかろうが、身を捨てて戦わねばならぬ時がある。剣がなければ戦えぬなどと言う者に、騎士の資格はない」
エンデルクは、部下を見渡し、宣言した。
「お前たちは、基礎からもう一度鍛えなおさねばならぬようだ・・・。格闘技も、騎士のたしなみのひとつだ。今後は、ダグラスと1対1のレスリングの試合に勝てた者だけに、剣の練習を許可するものとする。では、始め!」
「よっしゃあ! お前ら、遠慮はいらねえぞ、どっからでもかかってきやがれ!」
額にできた大きなこぶをものともせず、ダグラスの威勢のいい声が響いた。

「いいですか、もう二度と、あんな不注意な真似をしてはいけませんよ」
「はい・・・。すみませんでした」
うなだれて、マルローネが答える。
昨夜、あれからアカデミーのイングリドの部屋へ連れて行かれて、明け方までお説教されたあげく、反省文を書かされたせいで、さすがのマルローネも元気がない。
「おや、ようやく解放されましたか」
イングリドとマルローネがロビーに出て行くと、ショップのカウンターにもたれていたクライスが近寄ってきた。
「クライス! なんで、あんたはお咎めなしなのよ!? 一緒に作業したんだから、同罪じゃない!」
マルローネが詰め寄る。
クライスは肩をすくめて、
「イングリド先生には、事情をお話ししましたよ。客観的かつ正確にね」
イングリドがうなずく。
「事情を聞いた限りでは、落ち度はすべてマルローネ、あなたにあります」
「そんなぁ・・・」
「自業自得というものです」
「でも・・・」
カウンターの奥からルイーゼが口を挟む。
「クライスさん、朝早くからずっと、マルローネさんのことを心配して、気が気じゃない様子だったですよね」
「へ、変なことを言わないでください!」
クライスが咳払いをする。
その時、研究棟に通じる扉が開いて、ヘルミーナが現れた。背後に、クラシックな服装をした少女が続いている。昨日、肝試し会場の入り口近くで来場者を迎えていた少女だ。
「あら、みんなお揃いで。よっぽど暇なようね。ふふふ」
「ヘルミーナ!」
イングリドがにらむ。
「そういえば、あなた、肝試しではみんなをぞっとさせてやるなんて、大口を叩いていた割には、誰もそんな仕掛けを見ていないようなんだけれど、どういうことかしら?」
「ふん、ちょっと誤算があっただけだよ」
ヘルミーナが後ろを振り返る。
「紹介しておくわ。フィンデン王国から来た、パメラよ」
「パメラです。皆さん、よろしく〜」
小首をかしげ、パメラはにっこりと笑った。
「でも、驚いちゃった。一生懸命、出たのに、誰も怖がってくれないんだもん」
「ふふふ、まあね。リアリティにこだわりすぎたのが、敗因ということね」
みんな、狐につままれたような表情で、パメラとヘルミーナの会話を聞いている。
「それじゃ、用事も済んだし、わたし、メッテルブルグに帰ることにするわね」
「ああ、また用事があったら呼ぶよ」
「じゃ、みなさん、さようなら、うふふ」
パメラは鈴の音のような笑い声を残し、そのまま空気に溶け込むように、すうっと消えていった。
「え・・・?」
「何、今の・・・?」
「消えた・・・?」
ヘルミーナ以外の全員が、あっけにとられて叫んだ。
「ふふふふふ。あまりにリアルな幽霊は、リアル過ぎて幽霊に見えない・・・。それが誤算だったわ。肝試しにふさわしく、せっかく本物の幽霊を呼んできたっていうのにね」
ヘルミーナが不気味に笑った。
「え、じゃあ、あれ・・・? えええ、本物?」
マルローネが震え声で言う。そして、
「きゃああっ、お化けーっ!!」
悲鳴をあげると、クライスにしがみついた。
「マ、マルローネさん、やめてください! そんなに抱きつかれては困ります。手を放してください・・・。む、胸が当たってますってば!」
真っ赤になったクライスがもぎ放そうとするが、マルローネは放れない。
「いやあっ、お化けきらいーっ!!」
「ふふふ、さすがはイングリドの弟子ね。騒がしいこと」
「いい加減にしなさい! ここは公共の場ですよ、静かになさい!」
イングリドが怒鳴る。
「まあ・・・。本物だったんですね」
収拾がつかない大騒ぎの中、感極まったように、ルイーゼがつぶやいた。

<おわり>


○にのあとがき>

お待たせしました〜! うふふ(←誰かに感化されているらしい)。
「ふかしぎダンジョン」90000ヒット記念キリリク小説をお届けします。
キリ番を踏まれたイッテツさんからいただいたお題は、
☆夏の行事をからめたもの(海水浴とかキャンプとか花火とか肝試しとか)
☆エリアトメンバーで
☆クラマリ夫婦漫才(笑)
☆盛上げ役に武器屋の親父ご出演
☆(こっそり)隊長&エリーさん
・・・というものでした。

以前、「真夏の夜の夢」でカスターニェの夏祭りは書いていたのですが、ザールブルグの夏祭りは書いたことがなかったので、これに決定。ついでにメインのイベントは肝試しにしました。
で、肝試しときたら幽霊が憑き物(笑)ということで、急遽パメラさん参戦決定。グラムナートのキャラが当ダンジョンに本格登場するのは、初めてのことですね。
後は、いつもの病気が出てオールスターキャストになってしまい、お話もずるずると長く(汗)。前篇で伏線を張りまくってしまったため、後篇で収拾するのに苦労しました(笑)

少々コメントを加えますと・・・
ローネンハイム家の御曹司、ほんとにけだものですね。こんなに悪いヤツだったっけ・・・? あ、うちのダンジョンでだけか(汗)。謎の美女(笑)とのエピソードは、実は単発で書こうと思っていたネタだったのですが、舞台が肝試し会場だったのでぶち込んじゃいました。
アイゼル様は絶対に肝試しには行きたがらないだろうな、と思って、ノルの相方にはルイーゼさんを起用しました。でも、今回のルイーゼさん、ただのオカルトマニアですね(汗)。感化されちゃったノル、ちょっと怖いです。でもまあ、アイゼル様が引き戻してくれるでしょう。
親父が語る怪談話の元ネタは、小泉八雲の有名な短編ですね。また、マリーさんは過去に「チャイルド・プレイ」のビデオを見ていたのではないかと思われます(笑)。
マリーが作った「お化けサイズ」「やる気マンマン」「破壊力増加+2」の従属が付いた“妖精さん人形”がなぜ暴走したかは詳しく書きませんでしたが、クライスのセリフに出てきたあの事件を参照していただければと思います。
それにしても、マリーはあんなに怖がりだったでしょうかね? もしかしたら、クライスに抱きつく口実にしているだけなのかも(笑)。

感想など、お聞かせいただけると嬉しいです〜。


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