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恋のアトリエ・ドミノ Vol.13


第13章 第二の物語(6)

「妙だな」
先頭に立って、深い森の中をくねくねと延びる踏み分け道を慎重に進んでいたローラントがつぶやいた。この森に入り込んでから、ローラントは何度も同じ言葉を口にしている。
「ほんとに、変ですね」
後に続くヴィオラートも、周囲の下生えの繁みや頭上の葉叢に目を配りながら、同じ返事をする。しんがりのロードフリードも、二人の言葉に黙ってうなずいている。
ここは、ハチミツの村ホーニヒドルフから西に広がる鬱蒼とした森林の中だ。ここを抜けた先に、ゾーン高原に連なる岩の断崖がそびえ、そのふもとに、目指すテュルキス洞窟がぽっかりと口を開けているはずである。一刻も早く洞窟にたどり着きたかった3人は、ホーニヒドルフには立ち寄らず、村の手前で街道をはずれ、森を突っ切って最短距離をとるコースを選んでいた。
ヴィオラートもローラントも、ロードフリードも、この森には何度か足を踏み入れたことがある。このあたりは、テュルキス洞窟を初めとする付近に点在する自然の城砦に潜む盗賊集団の縄張りで、不用意に足を踏み入れた旅人に容赦なく襲い掛かってくるが、危険はそれだけではない。凶暴なヤクトベアや鋭いくちばしと爪を持つ怪鳥シュトラオスなどが無数に生息しており、その数はホーニヒドルフまでの街道沿いとは比べ物にならない。頭上のこずえ、大木の陰、道端の繁み――それらすべてについて、危険が潜んでいると考えなければならないのだ。四方八方に注意を払い、常に戦いの準備を怠らず、一歩一歩を慎重に進める必要がある。
「まったく、妙だ」
頭上を厚くおおった葉叢を見上げ、再びローラントがつぶやく。
「本当ですね。静か過ぎる」
今度はロードフリードが言葉を返した。
「動物たちは、どこへ行っちゃったんでしょう」
大きな目できょろきょろとあたりを見回しながら、ヴィオラートも言う。
確かに、その言葉どおり、襲って来るような巨獣ばかりか、普通に森で暮らす鹿やウサギ、リスなどの小動物までが、姿を消してしまっている。森の静けさを破るのは、吹きすぎる風にそよぐ葉のささやきだけだ。鳥のさえずり、虫の音すら聞こえない。
「やはり、この森になんらかの異変が起きているのは間違いないようですね」
ロードフリードの冷静な口調にも、かすかに不安感が混じっている。ローラントが立ち止まってうなずく。
「うむ、確かに変だ。盗賊団がふもとの方へ移動しているのも、その未知の異変のせいなのだろうか」
「荒くれ揃いの盗賊団が、逃げ出すような異変ですか?」
ロードフリードの問いに、ローラントは重々しく答えた。
「わからぬ。逆に、ヤグアールどもが異変の原因かも知れん」
「まさか――」
なにかに気付いたかのように、ヴィオラートが息をのんだ。
「どうした、ヴィオ?」
二人の騎士が、気遣わしげに覗き込む。
「あ、いえ、以前、マルローネさんから聞いた話を思い出したんです」
グラムナート動乱の際、ヴィオラートは遠いザールブルグからやって来た錬金術士コンビ、マルローネとクライスの両名と行動を共にしていたことがある。そのとき、10年ほど前にシグザール王国を襲った大事件の話を聞いたのだ。魔界の扉が開き、そのときは迫り来る危険を察知した動物たちが、周辺の森や草原から一斉に姿を消してしまったという。
その話を聞くと、ローラントとロードフリードは顔を見合わせた。
「まさか、このあたりに魔界への扉があるとも思えんが・・・」
「魔物かどうかはわかりませんが、動物たちを怯えさせた原因があるはずですね」
ヴィオラートも、あらためて真剣な表情で二人を見やる。
「とにかく、テュルキス洞窟へ行ってみましょう。きっと、手がかりがあると思います」
「うん、そうだな」
と、今度はロードフリードが先頭に立ち、ローラントがしんがりに回った。後方や左右に気を配りつつ、前を行くヴィオラートの髪がなびくのをちらちらと盗み見している。
ふと、ロードフリードが足を止めた。左手で、声をたてないようヴィオラートとローラントを制する。
(どうしたんですか、ロードフリードさん?)
目で問いかけるヴィオラートに、ロードフリードはそっと手招きをし、絡み合う木々の枝の隙間から前方を覗くよううながした。ローラントも巨体をかがめて、前方を見透かす。
10メートルほど先に、今のヴィオラートやローラントと同じような体勢で、森の先を透かし見ている二人組が見えた。森の中では目立ちにくい茶褐色の薄汚れた服を着込み、同じ色合いの布切れを頭に巻いて、幅広の刃を持つ山刀を背負い、腰には短剣を差している。典型的な盗賊のいでたちである。ひとりはすらりとしたすばしこそうな体型をしており、もうひとりは小太りだ。やや腰を引き気味にして、すらりとした方は一心に行く手を見つめ、小太りの男が不安そうに何やら相棒に耳打ちをしている。注意を前方に集中しているため、背後はがらあきだ。
ロードフリードが目配せし、ヴィオラートはにんまり笑って荷物入れを探る。
ローラントが合図し、3人は隠れていた藪陰から躍り出た。
「おい、そこの二人!」
「ひっ!?」
ドスの利いたローラントの声に、盗賊らしき二人組は飛び上がった。
「ええい!」
間髪いれず、ヴィオラートの手から『生きてるナワ』がするすると飛んでいく。“凄いやる気”の『生きてるナワ』は、あっという間に男たちをぐるぐる巻きにして動きを封じてしまった。
年かさの小太りの男は、地面に転がされたまま怯えたようにローラントたちを見上げ、わなわなと震えて、口をきけない。すらりとした方の若者が、声を振り絞るようにして叫んだ。
「お――お前たちか、洞窟を襲った悪魔っていうのは!?」
「へ?」
ヴィオラートはきょとんとする。ローラントはあきれたように、
「どういうことだ? われわれが悪魔に見えるというのか?」
「まあ、ローラントさんの逆立った髪と鋭い眼光を見れば、悪魔に見えるかも知れませんね」
ロードフリードがまぜっかえす。ぎろりとにらみつけたローラントは、咳払いをして男たちに向き直り、威厳のある声で名乗った。
「私は、カナーラント王室直属の、竜騎士隊ドラグーンの者だ。盗賊団が剣呑な動きをしているという情報に基づき、調査に来た。お前たちは、ヤグアールの一味か?」
ヤグアールとは、テュルキス洞窟を根城にする、カナーラント最大の盗賊団の名前だ。
通常ならば、相手が竜騎士と聞けば、盗賊は震え上がって観念するはずだが、今回は違った。怯えきっていた年かさの盗賊が、明らかにほっとしたような表情を見せた。若者もつぶやく。
「ありがてえ。助かったぜ・・・」
そして、年かさの方が、すがるように叫んだ。
「お願いだ! 洞窟を襲った、悪魔みたいな怪物をやっつけてくれ!」


下っ端の盗賊ふたりは、本名を名乗ろうとはしなかった。だが、ローラントも気にはしない。盗賊の中には、みなし児や、幼い頃にさらわれてきたため、本名を知らない者も多いし、盗賊仲間の間で使われている通り名がわかれば、それで十分なのだ。トンズラと呼ばれる若者は、すばしこくて身が軽いため、偵察要員として重宝されているらしい。年かさの方は、気弱でいつも不安を口にしているため、ボヤッキーという通り名だという。もっとも、二人がそういう名前だからといって、色っぽい口調で話すボンテージファッションの女ボスがいるわけではない。
ナワを解かれたボヤッキーとトンズラは、問われるままに、自分が知っていることを口々に語った。とはいえ、期待していた決定的な情報は何も得られなかった。
テュルキス洞窟が、盗賊団が言う“悪魔”によって、阿鼻叫喚の地獄絵図に陥ったとき、トンズラは頭領に命じられて次の仕事の下見をするため、洞窟を離れていた。そして、必要な情報を入手し、役目を果たして報告に戻ってきたところで、命からがら洞窟を逃げ出して森に隠れていたヤグアールのメンバーと出会ったのだという。
「でさ、話を聞いたんだけど、全然わけわかんなくてさ。でも、みんな骨を折ってたりやけどをしてたり、ボスなんか、気絶したまま目を覚まさないっていうし。頭がおかしくなったみたいになって、勝手に街道に出て行って暴れる連中もいたらしいし。で、怖かったけど、いざとなりゃ逃げりゃいいってんで、ちょっと偵察してくっかと思ったわけ」
トンズラはぞんざいな若者言葉で話す。
だが、さすがに独りでは心細かったため、洞窟から逃げてきた中ではけがもせず精神的にもまともだったボヤッキーに、ついてきてもらったのだそうだ。もちろんボヤッキーは嫌がったが、仲間たちに強要されれば気弱なボヤッキーは断れない。
とはいえ、ボヤッキー自身も、洞窟で何が起きたのか、しっかり目撃したわけではないらしかった。
「おいらは、商家の出でソロバンが得意なもんだから、出納長助手統括副補佐主任係長代理をやってるんだ。だから、現場仕事はやったことがねえ」
と、ハッタリばかりで実態のない中小企業の社員の名刺に書かれているような無意味に長い肩書きを言う。
「いったい、何人で会計業務をやっているんだろう?」
ヴィオラーデンの社長と総務と経理と営業と製造と仕入れと人事とOLをひとりで兼務しているヴィオラートは、あきれたようにつぶやいた。たしかに、テュルキス洞窟を探索していると、ごく稀にだがソロバンを持った眼鏡姿の盗賊と遭遇することがある。すばしこく、すぐに逃げてしまうが、それが出納長を初めとする会計スタッフなのだろう。
「で? 洞窟で何があったのだ? 知っていることを話してみろ」
ローラントにうながされ、ボヤッキーはぽつぽつと語り始めた。

2週間ほど前のその日、ボヤッキーは洞窟奥の宝物庫の脇にある出納係の狭い部屋で、いつものようにソロバンを弾いていた。すると、岩の天井がかすかに揺れるのに気づいたという。地震かと思ったが、揺れは断続的に続き、遠ざかったり近づいたり、収まる気配がない。そのうち、盗賊たちのざわめきが聞こえ始め、怒号や悲鳴、剣と剣が打ち合うような金属音などが混じるようになった。そして、雷が落ちたような轟音やなにかが破裂したり爆発したりする音、あわただしい足音と助けを求めて呼び交わす声が徐々に迫って来る。敵の正体はどうあれ、洞窟内で戦いが行われているのは確かのようだった。騎士隊の手入れか、それとも敵対する盗賊団が殴りこんできたのだろうか。
間近に聞こえてくる叫び声や足音から察するに、どうやら、奥の部屋にいる親衛隊や用心棒も押っ取り刀で騒ぎの現場へ向かっているらしい。上のフロアに常駐している下っ端連中や拠点兵長では片付けられないほどの強敵なのだろうか。
どうしよう・・・。
見に行ってみるべきだろうか。しかし、ソロバンを弾く腕はヤグアール一だが、剣も満足に使えない自分が出て行っても、まったく戦力にはならないだろう。いや、でも、怯えて小さくなって隠れていたことが後でわかれば、また仲間たちからバカにされる。だが、しかし、命は惜しい・・・。
考えあぐねて逡巡しているうちに、騒ぎはますます近づいて来ているようだ。
そして、部屋のすぐ外で聞きなれない叫び声が聞こえ、すさまじい音をたてて爆発が起こった。頑丈な樫の一枚板の扉はなんとか持ちこたえたが、爆風と叩きつけられた岩の破片で亀裂が走る。振動で、天井からも岩の欠片や土埃が降ってくる。
ボヤッキーは思わず頭をかかえて机の下にしゃがみこんだ。
一瞬の静寂――。
そして、ドアの向こうで、しわがれた声が叫んだ。
「大変だ! ボスがやられた!」
その声を聞いても、ボヤッキーは身を硬くして震え続けていた。
しばらくして、ぼろぼろになったドアがけたたましく叩かれる。
「誰かいるか?」
声には聞き覚えがあった。少なくとも敵ではないだろう。なけなしの勇気をかき集めて、ボヤッキーは半身を起こし、這いずるようにしてドアを開いた。
「うわっ!!」
いきなりゾンビと顔を突き合わせたので、悲鳴を上げて飛び退る。
「おお、お前か、手を貸してくれ」
ゾンビが、顔見知りの拠点兵長の声で、早口で言った。いや、ゾンビではなかった。土埃と血がこびりつき、顔がまだら模様になっていたのと、服が焼け焦げてぼろぼろになっていたのとで、甦った死人のように見えたのだ。
兵長について、おそるおそる部屋を出ると、洞窟内の惨状が目に飛び込んできた。
「何じゃ、こりゃあ!?」
いきなり腹をぶすりとやられたかのような叫び声が、思わず口をついて出る。
舞い上がった土埃や天井から落ちてきた粉塵で、全体に霧がかかったようになっており、視界が限られる。口を布で覆っておかないと、灰や煤を吸い込んで息が詰まりそうだ。それでも、岩壁がすすけて傷だらけになり、天井や壁の一部が崩れたのか、瓦礫の山がそこここにできているのはありありとわかる。まるで、おとぎ話に出てくるボッカムドラゴンが暴れ回った跡のようだ。崩れた瓦礫の間に点々と人が倒れているのも見渡せる。いずれも煤にまみれ、やけどを負ったり血を流している者も多い。身をよじってうめいている者もいれば、ぴくりとも動かない者もいる。その中に、屈強で知られる親衛隊のメンバーが何人も混じっているのに気付き、背筋が寒くなった。
「い――いったい、何が・・・」
震える声で尋ねると、拠点兵長は吐き捨てるように答えた。
「悪魔だ、あれは・・・」
「ひっ」
臆病なボヤッキーは、それだけで気絶しそうになる。
「俺も、この目で見たわけじゃない」
ボヤッキーを急かして、兵長は手近に倒れていた盗賊を助け起こす。どうやら、出口に近い方角では、動ける盗賊たちがあわただしく救出作業を行っているらしく、指示を怒鳴りあったり負傷者を励ます声が、土埃の靄を通してかすかに聞こえてくる。
「非番で寝ていたら、いきなりドカンと来て、それっきりだ。気がついたら、洞窟中がこのざまだった。襲ってきた敵の正体はわからねえが、あんなことができるのは人間じゃねえ。悪魔だ。地獄の底からわいて来た怪物だ」
ボヤッキーも、ぐったりした親衛隊のひとりを背負わされ、腰が折れそうな気分だったが、文字通りの火事場の馬鹿力で、出口に向かってよろよろと進む。
「そ、それで、そいつらは、今はどこに?」
ボヤッキーの質問に、兵長は憮然とした声で答える。
「さあな。奥じゃねえのか」
「へ? でも、奥には、センセイが――」
「ああ、ボスのおっしゃる“最後の切り札”だ。役に立つかどうかはわからねえが」
ヤグアールの根城、テュルキス洞窟には、最高幹部以外は入れないという“開かずの間”がある。そこは洞窟のいちばん奥に位置しており、敵襲を受けた際の“最後の切り札”が隠されているという。その正体を知っているのは、ごく一部の幹部だけだ。もちろんボヤッキーも知らない。拠点兵長と同じく、それがセンセイという名で呼ばれているのを聞いたことがあるだけだ。
兵長とボヤッキーが顔を見合わせ、不安げに後ろを振り返ったときだ。
洞窟の深奥部から、爆発音や叫び声が聞こえ、またも岩の床がきしむように揺れた。“最後の切り札”が“悪魔”と対決しているのだろうか。
「あれは――?」
ボヤッキーが怯えた声を出しても、兵長は黙って足を速める。
「とにかく、脱出するんだ。後のことは、それから考えりゃいい。ボスが目を覚ましてからな」
「ボスは? 無事なんすか?」
その質問に、兵長は顔をしかめた。
「ああ、さっき運び出したときは、生きてたよ。死んだように、ぐっすり眠ってたが」
「は?」
無事だった――とは言っても、全員がなんらかのけがをしていたが――下っ端たちと一緒に重傷者を背負って、ボヤッキーは森の中の安全な場所まで逃げ延びた。あらためて点呼を取ってみると、カナーラント最大の盗賊団ヤグアールが壊滅的な被害を受けたことが明らかになった。

「ええと、ボスをはじめ、今も意識不明の者が幹部をはじめ17名、意識はあるけれども錯乱状態なので今も拘束してある者19名、第二度以上のやけどを負った者35名、脱出後に森へ迷い込んで行方不明になった者21名――」
さすがに出納長助手統括副補佐主任係長代理だけあって、統計数値には強いのだろう。ボヤッキーはすらすらと被害状況を数え上げた。
それを聞いてヴィオラートは目を丸くし、ロードフリードは腕組みをして考え込み、ローラントは重々しくうなずいている。
「なるほど、街道や山のふもとで目撃されたのは、その行方不明になったという連中だったのだな。ほとんどがけがをしていたというのも、うなずける」
腰が抜けたように座り込んでいるふたりの盗賊を、ヴィオラートが覗き込んだ。
「それで? 結局、テュルキス洞窟では何が起こったんですか? “悪魔”って、どんなやつだったんです?」
客商売が長いだけに、盗賊相手でも丁寧な口調だ。
だが、ボヤッキーは力なく首を横に振る。
「わからねえ・・・。“悪魔”を目撃したと思われる仲間で、正気に戻ったやつはひとりもいないんだ」
わけもわからず騒ぎに巻き込まれ、爆風の熱や飛び散った岩の破片でけがをした男たちは、ちゃんとしているが、洞窟を駆け抜けていった謎の怪物と直接戦った親衛隊や幹部は、まだ話が聞ける状態ではないのだという。
「だから、さっきも話したように、その化け物が、まだ潜んでいるのかどうか、偵察に来たんだけど――」
トンズラが言った。だが、洞窟に近づくうちにボヤッキーが怯えて進みたがらなくなってしまったため、どうすべきか二の足を踏んでいるところを、ヴィオラートたちが見つけたというわけだ。
「なあ、あんたたち、正義の味方ドラグーンだろ? だったら、怪物退治もやってくれるよな?」
「う――うむ、それは、もちろんだが・・・」
ローラントは口ごもる。元々は、テュルキス洞窟の盗賊団が剣呑な動きをしているという原因を確かめ、一般市民の被害を防ぐために、はるばるやって来たのだ。ところが、話を聞けば、盗賊団自体が被害者なのだという。正体不明の敵とは、盗賊団よりも始末が悪い。しかも、強大なヤグアールをあっさりと壊滅状態に追い込んでしまうほどのやつだ。もっとも、このまま放置しておいたら、その化け物とやらがいつ洞窟を出て、町へ下りて来ないとも限らない。盗賊団のみならず一般市民にも“悪魔”の被害が及ぶ可能性がある。
「妙なことになってきましたね」
ロードフリードがつぶやき、先輩竜騎士を見やる。
「うむ。応援を呼ぶべきではないだろうか」
ローラントは考え込む。だが、怖いもの知らずのヴィオラートは、あっさりと言う。
「とにかく調べて、魔物だったらやっつけちゃいましょうよ」
「ヴィオ、だが、危険かもしれないぞ」
ロードフリードの言葉に、ローラントも真剣きわまりない表情でうなずく。
「そうとも。竜騎士隊も手を焼くヤグアールを、あっさりと全滅させたやつが相手だ。命がけの冒険になることも十分に考えられる」
もちろん、ローラントもロードフリードも、自分の身よりもヴィオラートのことを心配しているのだ。
だが、ヴィオラートは屈託のない笑みを浮かべて答えた。
「あ、でも、あたしもアイゼルさんとカタリーナさんと3人で、テュルキス洞窟を制覇したことがありますよ」
「う・・・」
こうなっては、ローラントの反対も説得力を持たない。
「参ったな。どうする?」
頼もしい相棒のロードフリードを見やる。
「仕方ありませんね。乗りかかった船です。ここは、きっちり片をつけましょう」
ロードフリードが肩をすくめた。ヴィオラートはにこにこしながらふたりを見ている。
「うむ、仕方あるまい」
ローラントは心を決めたが、ヴィオラートを気遣わしげに見やる。
「だが、本当に危険だと思ったら、退却するぞ。それは承知してくれ」
「はい、わかりました」
ヴィオラートも素直にうなずいた。
あらためて、ローラントとロードフリードはうなずき合った。
「行こう」
「行きましょう」
そういうことになった。


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