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恋のアトリエ・ドミノ Vol.6


第6章 第二の物語(3)

「あ! ロードフリードさん、こっちです、こっち!」
ヴィオラートの弾んだ声が、どこからか聞こえてくる。ざわめきを通して聞こえるということは、かなり距離があるようだ。ロードフリードは、その方角に目を向けた。数え切れないほどの人の頭が揺れ動く向こうに、濃いオレンジ色のにんじんがぴょんぴょん跳ねているのが見える。
「ヴィオ!」
ロードフリードが叫んで手を振る。人波の中からヴィオラートがジャンプして手を振り返すが、すぐにまた人波に消えてしまう。だが、ヴィオラートは何度もそれを繰り返した。そのたびに、ヴィオラートの緑色の帽子と、つんと立った前髪、帽子につけてあるらしい鮮やかなにんじん色のリボンが揺れる。さっき別れたときには、あんなものはつけていなかったはずだが。
あの様子なら、特に変わったことはなかったようだ。ロードフリードは、ほっと安堵の息をつく。
クラーラが買い込んだ骨董品の山をかかえて『渡り鳥亭』に戻ったロードフリードは、部屋に荷物を置くと、一息入れる暇もなく、ディアーナとふたことみこと言葉を交わしただけで、すぐに『ハーフェン掘り出し物市』の会場へ取って返した。だが、人出は朝よりもさらに激しく、思った方向に進むのさえ難しい状態になっていた。この状況では、ヴィオラートやクラーラを見つけるのも容易なことではない。ふたりから離れた自分の判断は間違っていたのではないか――と、いささか心配になっていたところだった。これまで何度もアイテム採取に付き合って、ヴィオラートがそれなりに強い冒険者に成長しているのは知っている。荒っぽいちんぴらにからまれたとしても、ヴィオラートなら対等に渡り合うことができるだろう。心配なのは、口のうまい詐欺師に騙されてしまうことだ。クラーラはもちろん、ロードフリードから見れば、ヴィオラートも世慣れているとは言えない。誰かの口車に乗せられて、知らないうちに厄介事に巻き込まれてしまう危険がある。
しかし、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
見え隠れする鮮やかなにんじん色を目標に、人波をかき分けるようにして、ロードフリードはヴィオラートに近づいていった。地味な服装をした年かさの男性が多く、原色が少ない骨董市の会場では、にんじん色はとてもよく目立つ。
「よかった、ヴィオ。見つからないかと思ったよ」
「ううん、ロードフリードさんなら、絶対に見つけてくれると思ってました」
ほっとして本音をもらしたロードフリードを、ヴィオラートは信頼感のこもったきらきらした目で見上げる。
そこは骨董市会場のかなり奥まった場所で、通路がやや広くなり、一種の休憩所のような役割を果たしていた。とはいえ、ゆったり座れるほどの余裕はない。戦利品をかかえた男たちが立ったまま、満足げに言葉を交わしたり、黙りこくってパイプをくゆらしたりしている。顔が隠れてしまうほどの荷物をかかえた、若い男もいる。
クラーラはと見れば、まだ掘り出し物を探し足りないのか、近くの露店を熱心に覗き込んでいる。だが、あれからあまり買い物はしていないようだ。ヴィオラートも、それらしい荷物は持っていない。
(それはそうだよな。いくらクラーラさんでも――)
あらためて、ロードフリードはヴィオラートの帽子につけられたリボンをながめた。
「そのリボンはグッドアイディアだな。目立つし、遠くからでもヴィオだとすぐにわかったよ。露店で買ったのかい?」
ヴィオラートは照れたような笑みを浮かべる。
「えへへ・・・。似合うからって、さっき、グレールさんが買ってくれたんです」
「グレール?」
ロードフリードが眉をひそめる。それに答えるように、そばにいた、山のような荷物をかかえている若い男が振り向いた。
「あ、こんにちは。はじめまして、お世話になってます」
長髪をバンダナでまとめ、ラフな格好をした青年は、朗らかな調子で言うと、にっこりと会釈をした。身長も体型もロードフリードとほぼ同じだが、それだけに、寸分の隙もない服装で身を固めたロードフリードとは好対照だ。
「ハーフェンで雑貨屋さんをしている、グレールさんです。いつも買い物をさせてもらっているんですけど、ついさっき、そこで偶然会って――」
ヴィオラートが紹介する。ロードフリードも思い出した。直接に言葉を交わしたことはないが、騎士精錬所時代、休みの日に市内を散歩していて、噴水前広場で店を広げているのを何度か見かけたことがある。
「ええ、こんなところでカロッテ村のかわいこちゃんに会えるなんて、運命を感じてしまって。それで、せっかく会ったのだから、なにか出会いの記念になるものをあげようと思って」
悪びれもせず、グレールが言う。
いささか軽薄そうな言動と外見をしているが、ロードフリードは本能的に悟った。この青年――グレールは、悪い人間ではない。
挨拶をした後、あらためて、ロードフリードはグレールの顔と、彼がかかえているたくさんの包みや箱をながめた。先ほど自分が『渡り鳥亭』へ持ち帰った荷物と同じくらいの量だ。グレールも骨董品マニアなのだろうか。いや、もしかすると――。
口に出す前に、ヴィオラートが言った。
「ロードフリードさんの代わりに、荷物を持ってくれるっていうので、お願いしちゃいました」
「やっぱり、そうか・・・」
ロードフリードは、かなわないなというように、ため息をついた。彼がこの場を離れている間も、クラーラはせっせと掘り出し物の買い占めに走っていたらしい。他人事ながら、バルビア家の財政は大丈夫なのか気になってしまう。
「すみません、無理なことをお願いしてしまって。半分、持ちましょう」
ロードフリードが申し出ると、グレールは笑って断る。
「いえいえ、きれいなお姉さんやかわいこちゃんのためなら、このくらい、なんてことありませんよ。それに、いつも店の商品を配達して鍛えてますからね」
たしかに、顔はナンパな優男に見えるが、二の腕にはたくましい筋肉がついているのがわかる。
「でも、そろそろ今日のところは、終わりにした方がいいんじゃないか?」
ロードフリードが、クラーラの背中を見ながら言う。
「そうですね、まだ明日も来られるんだし」
ヴィオラートがうなずく。見上げれば、日はかなり西に傾いている。
今回の旅のスケジュールは、かなり流動的だった。とりあえずはクラーラに付き合って『ハーフェン掘り出し物市』で数日を過ごし、それからホーニヒドルフへ向かうことにしている。ホーニヒドルフへ向かう山道は険しいし、強い魔物や山賊も多く出るので、クラーラを連れて行くわけにはいかない。ふたりだけでは危険なので、誰か腕のいい冒険者をもうひとり雇うつもりだった。その間、クラーラにはハーフェンに残ってヴィオラートたちの帰りを待ってもらうか、頼りになる護衛をつけて、先にカロッテ村へ戻ってもらってもいい。
ともかく、『ハーフェン掘り出し物市』はまだ何日も続くし、時間的な余裕は十分にある。ただ、これまでの様子を見ていると、クラーラの財布の中身が続くかどうかの方が問題だった。
ヴィオラートは、意を決してクラーラの方に歩み寄る。
「クラーラさん、そろそろ・・・」
クラーラは、露店のテーブルに置かれた得体の知れない品物を夢中で覗き込み、ためつすがめつしている。ヴィオラートの声など、耳に入らない様子だ。
「クラーラさん!」
ヴィオラートの声が大きくなる。
そのとき、隣の店で店主と熱心に話しこんでいる男の姿が目に止まった。
「あ、さっきの人だ」
贋物の『古代の美術品』をつかまされそうになったとき、忠告して助けてくれた中年男性である。海千山千といった感じの初老の店主を相手に、腕組みをしながら油断ない目つきで渡り合っている。まさに真剣勝負という雰囲気だ。つい耳をそばだたせるヴィオラートに、ふたりの会話が聞こえてくる。
「そいつはないよ、旦那。それじゃ、こっちはただ働きってことになっちまう」
「そんなことはないだろう。うまく転売すれば、利益はみんな、あんたのもんだぜ」
「売れるかどうか、保証はないじゃないか。そんな危ない橋を渡るわけにはいかないよ」
「けっ、わかったよ。じゃあ、これでどうだ。数がまとまれば――」
「う〜む、厳しいねえ。織物が値上がりする見通しがあるならともかく――」
「グランビルの最高級品だぜ。こっちでも、ちょっと金のあるやつなら誰でもほしがるだろう」
「しかしなあ・・・」
「もったいぶるんじゃねえよ。あんたの腹の中くらい、とっくにお見通しだぜ」
「わかった、旦那にゃ負けたよ。ただ、もう少し色をつけてくれないか」
「しょうがねえな。だが、ここまでしか出せないぞ」
「よっしゃ、商談成立だ。すぐに契約書を作るよ」
「ああ、頼んだぜ」
ヴィオラートは、迫力に圧倒され、ぽかんとしてながめているばかりだった。ヴィオラーデンでは、こんな緊迫した商談が交わされることはない。
満足そうにふっと息を吐き出した男が、ヴィオラートを振り向いた。
「おう、あんた、さっきの――」
男の口元にかすかな笑みが浮かぶ。あわててヴィオラートは、ぴょこんと頭を下げた。
「あ、さっきは、ありがとうございました!」
「ああ、あのくらい、礼を言われるようなことじゃねえよ。ん・・・?」
男はふと言葉を切ると、鋭い目でヴィオラートを上から下まで、値踏みするようにながめた。無遠慮な視線にさらされて、ヴィオラートは居心地が悪くなり、もじもじする。
「あ、あの・・・」
「あんた、もしかして、錬金術士か?」
男の口から意外な言葉がもれた。びっくりして、ヴィオラートは直立不動でうなずく。
「は――はい、そうです! カロッテ村で、ヴィオラーデンっていう錬金術のお店をやっています!」
「そうか・・・。この国にも錬金術の店があると聞いていたが、あんたのところだったのか」
男は、面白がっているかのように、にやりと笑う。
「もしかしたら、そのうち寄らせてもらうかも知れねえな」
「へ? あんな遠くまで?」
ヴィオラートは目を丸くする。そのとき、店主が書類をととのえて戻って来た。男は書類を受け取ると、鋭い目つきでざっと目を通し、さらさらとサインをする。
「じゃ、発送の方は頼んだぜ。納期も間違えないでくれよ」
「ああ、わかってるよ、旦那。送り先はいつものところでいいんだな」
「ああ、そうだ」
男は満足げに言うと、再びヴィオラートに向き直る。
「掘り出し物を探すのに、距離なんて関係ねえ。あんただって、あのお嬢さんだって、その“あんな遠く”っていうカロッテ村とやらから、わざわざハーフェンまで来ているんだろう? 俺は、その何倍も遠くから来たんだぜ」
「そうなんですか?」
「ああ、『ハーフェン掘り出し物市』は、半年かけても来る価値があるからな」
あたりを見回した男は、隣の露店で顔をしかめて考え込んでいるクラーラに気付く。クラーラは、目の前の品物と値札を、何度も見比べていた。どうやらクラーラが目をつけたのは、金属でできたカツラの模型のようだ。金属製だから実用性はまったくないし、飾り物にするには、あまりにも珍妙な代物だ。しかも、クラーラがためらうくらいだから、かなりの高値らしい。
男は、近づいてクラーラの肩越しに覗き込む。男の眉がつり上がった。
「そいつは、“買い”だな」
その声に、クラーラが、はっと顔を上げる。男はにやりと笑い、
「そいつに目をつけるとは、お嬢さん、なかなかの目利きだぜ。俺の趣味じゃないが、その『伝説のカツラ』なら、1万コールでも高くはない」
「本当ですか!」
クラーラは嬉しそうに叫ぶと、すぐに店主に声をかけた。
男は振り返ると、あっけにとられて見ているヴィオラートとロードフリードに、うなずいてみせる。
「掘り出し物は、自分の足で見つけるもんだ」
そして、軽く手を振ると、用事は済んだとばかりに早足で人波に消えていった。
『伝説のカツラ』を包んでもらっているクラーラが、満足そうにつぶやく。
「今日は、これくらいにしておこうかしら」
「あ・・・。そ、そうですね、クラーラさん。もうすぐ夕方ですし、そろそろ『渡り鳥亭』に戻って、一休みしましょう」
我に返って、ヴィオラートが言う。
傍らでは、先ほどの初老の店主が、助手に向かって怒鳴っていた。
「間違えるなよ! その荷物の送り先はシグザール王国、ザールブルグの『職人通り』だ! 万一、荷が届かなかったりしたら、ヴェルナーの旦那はおっかねえからな!」


一行は、酒場『渡り鳥亭』へ戻って来た。
ハーフェン市内の裏道をよく知っているグレールのおかげで、骨董市の殺人的な人波を横切らずに済み、雑踏の中で迷子になることもなかった。山のようなクラーラの戦利品は、グレールとロードフリードで仲よく分け合って持った。満足したクラーラは疲れも知らず意気揚々と、ようやく休めると思ったヴィオラートはほっとしながら、宿へと歩を進めた。
「お帰りなさい。お疲れ様」
『渡り鳥亭』へ入ると、ディアーナがカウンターから微笑んで迎えた。まだ混み合ってくる時間ではなく、酒場には暇そうな客がぽつりぽつりと座っているだけだ。グレールが一緒にいるのを見て、ディアーナはかすかに眉を上げる。
「人ごみでクラーラさんにぶつかってしまって、おわびのしるしにちょっと荷物持ちをね。これもなにかの縁だと思ったもんですから」
荷物をかかえたまま、グレールはぺこりと頭を下げる。気のせいか、先ほどまでの軽さと比べて、口調もやや改まっているようだ。ディアーナは鷹揚にうなずく。
「じゃ、二階まで運んであげて」
「はい!」
朗らかに答えると、グレールはロードフリードと一緒に、大荷物をかかえて二階の客室へ上がっていく。荷物はすべてロードフリードの部屋に置くことになっている。クラーラとヴィオラートが相部屋なのに対して、ロードフリードは個室だから、もっともといえばもっともな決定だ。互いの部屋の広さを計算に入れなければの話だが。ロードフリードは、もちろん文句は言わない。
グレールの背中と、カウンターでお茶を用意しているディアーナを見比べながら、ヴィオラートは以前に聞いたグレールの言葉を思い出していた。そして、ひとり、納得したようにうなずく。
(実は今、とっても気になっている人がいるんだ。きみもかわいいけれど、その人はもっと大人っぽくて、妖艶というか・・・)
6人掛けの広いテーブルの端の席にかけたクラーラは、うっとりとした目を宙にさまよわせている。まだ骨董市での興奮がさめやらぬのだろう。紅茶のポットとカップを運んで来たディアーナが、くすりと笑った。
「彼女、しっかり堪能してきたみたいね」
「ええ、それはもう――」
いささか疲れた口調で、ヴィオラートが答える。カップにお茶を注ぎながら、ディアーナは微笑んだ。
「でも、なにかに夢中になれるというのは、素晴らしいことね。錬金術やお店のことを話しているときのあなたと、そっくりだわ」
「そ――そうですか?」
自分もあんなに、とろけるような表情をしている時があるのだろうか。急に、兄のバルトロメウスを思い出す。そういえば、クラーラのことを考えているバルトロメウスも、よく同じような表情を浮かべていた。
(お兄ちゃん、ちゃんとお店番をしてくれているかな?)
きっと、今ごろはレジカウンターで居眠りでもしていることだろう。その様子を思い浮かべて、ヴィオラートはくすっと笑った。

「え? それじゃ、ブリギットは実家にいなかったんですか!?」
ヴィオラートが目を丸くして叫ぶ。
「ああ、さっき、荷物を持っていったん戻ったときに、ディアーナさんが教えてくれたんだ」
ロードフリードがうなずく。今朝、ロードフリードはハーフェン郊外のジーエルン家にいるはずのブリギットに宛てて手紙を書き、自分たちがハーフェンに来ていることを伝えようとした。だが、手紙を届けに行ってくれた『渡り鳥亭』のメイドは、ブリギットは不在だという伝言を持って帰って来たという。
「ここのメイドはジーエルン家のメイドと友達同士だということで、詳しく聞いてきてくれたんだ」
ロードフリードは続ける。テーブルを囲んでいるのはクラーラとヴィオラートと3人だけだ。グレールは、荷物を置いてきた後もカウンターに居座り、ディアーナとなにやら熱心に話し込んでいる。クラーラは相変わらず自分の世界に入り込んでいるので、テーブルで会話を交わしているのはロードフリードとヴィオラートだけだ。
「ブリギットは二週間ほど前に、馬車を仕立ててカロッテ村へ向けて出発したらしい」
「へえ、それじゃ、ちょうどすれ違いになっちゃったんですね。残念だなあ、せっかく久しぶりに会えると思ったのに」
ヴィオラートはちらりとロードフリードを盗み見る。ロードフリードはそつなく答える。
「ああ、そうだね。ブリギットさえよければ、ホーニヒドルフまで一緒に行けるんじゃないかと思ったんだけど」
「二週間前っていうと、もうブリギットはとっくにカロッテ村へ着いているはずですよね。きっと、がっかりしているだろうなあ」
「うん、親友のヴィオが留守にしているんだものね」
「違いますよ。ロードフリードさんがいないからです」
「そうかな」
「もしかしたら、ロードフリードさんを追いかけて、ハーフェンへ戻って来ちゃったりして」
ヴィオラートは、ぐるりと目を回してみせた。もちろん、冗談である。
「あはは、まさか」
笑ったロードフリードだが、戸口の方へ視線を移して、大きく右手を挙げた。
「ローラントさん、こちらです!」
「おお、ロードフリード、久しぶりだな。ヴィオラートも、よく来てくれた」
鎧は着けていないものの、たくましい身体を竜騎士隊の制服に包んだローラント・オーフェンは、おおまたでテーブルまで歩いてくると、豪快に笑って握手を求めてきた。彫りの深い貴族的な顔立ちだが、がっしりした体格と逆立った髪が、より迫力を与えている。
「ディアーナさんから、お前たちが来ていると聞いてな。にぎやかな方がいいと思って、ダスティンも連れて来たぞ」
「やあ、久しぶり」
ローラントの後ろには、ハーフェンで唯一の武器工房を営むダスティン・シュミートがいた。ヴィオラートとは顔なじみである。精悍な顔は赤銅色に日焼けし、褐色の短い髪にバンダナを巻いている。上背はローラントよりもあり、革製の作業着から筋肉隆々の二の腕をむき出しにして、腕には竜の模様のタトゥーを入れている。戦士として鍛え上げられたローラントやロードフリードとは異なり、鍛冶場で重いハンマーを振るうことで培われた筋肉だ。一見すると、荒くれ男のように見えるが、実際は気のいい青年である。
「さあ、再会を祝して乾杯しよう!」
ひとしきり、再会の挨拶と初対面の紹介が終わり、テーブルを囲むと、ローラントがディアーナに合図をして、ワインを運ばせる。互いのグラスが満たされると、年長のローラントが音頭を取った。
「友との再会に! そして、グラムナートの平和に!」
「それから、クラーラさんの買い物の成功を祝って!」
ロードフリードも言い添える。
「乾杯!」
(明日は、あれほどクラーラさんが夢中にならずに済みますように・・・)
ヴィオラートは心の中でつぶやき、嬉しそうに微笑むクラーラとグラスを合わせた。

「それでは、やはりヤグアールが?」
「うむ、どうにもきなくさい状況のようだ」
乾杯から一刻ほどが経ち、ローラントとロードフリードは声を落として真剣に話し込んでいる。傍らでは、ヴィオラートが興味津々といった様子で耳を傾け、一方、クラーラはにこにこしながら、ダスティンやカウンターから移って来たグレールが話す、『ハーフェン掘り出し物市』の裏話を楽しんでいる。酒場が混み合う時間になってきたので、ディアーナもグレールの相手をしていられなくなったのだ。
「テュルキス洞窟を根城にしている盗賊団ヤグアールが、大挙してふもとの方へ下りてきていることだけは間違いない。テュルキス山道や周辺の森の中で、怪しい風体の連中が何度も目撃されている」
「いったい、何を目論んでいるのでしょう」
「そいつはわからん。だが、非公式にドラグーン本部に入った情報によると、盗賊の中には、かなりのけが人が混じっているようだ。もしかすると、盗賊団同士の抗争が勃発したのかもしれん」
「なるほど。あの辺の山の中には、いくつも盗賊団が潜んでいますからね」
ロードフリードがうなずき、ローラントが真剣な表情で続ける。
「盗賊同士の内輪もめで済んでいる間は、まだいい。だが、もともと血の気の多い連中だからな。抗争で殺気立ったやつらのために、旅人や商人がとばっちりを受けたりしては、治安上、大問題になりかねん」
「はい」
「だが、知っての通り、今、ドラグーンはフィンデン王国の救援に手一杯で、一個分隊をテュルキス洞窟に派遣することもままならん。だから――」
左右に目をやると、さらに声をひそめてローラントは言う。
「休暇中の私が、テュルキス洞窟へ偵察に行こうと思っているのだ」
「それ、あたしもついて行っちゃいけませんか?」
突然、ヴィオラートが口を挟んだ。ローラントは驚いて振り向き、ロードフリードは、額に手を当てて天を仰ぐ。
「お前がか? 無茶を言うな。あんな危険なところに――」
「でも、あたし、アイゼルさんやカタリーナさんと一緒に、テュルキス洞窟へ入ったことがありますよ。あのときは、けっこういい武器や爆弾の材料が手に入りましたし、また行けば、いいアイテムがたくさん手に入ると思います」
ヴィオラートは平然としている。『ハーフェン掘り出し物市』では、クラーラのお守りをしなければならないせいで、自分がほしいものは何も買えなかった。錬金術に役立ちそうな珍しいアイテムを手に入れるチャンスを、逃すわけには行かない。ロードフリードは、やはりそうきたか、というように肩をすくめた。
「でも、ヴィオ、俺たちはホーニヒドルフへハチミツを買いに行くのが目的じゃなかったのかい」
ロードフリードの問いに、ヴィオラートはにっこり笑って、
「だって、同じ方角じゃないですか。先にテュルキス洞窟へ行って、帰りにホーニヒドルフへ立ち寄るようにすれば、効率的ですよ。それに、ロードフリードさんとローラントさんが一緒なら、強い魔物が出ても安心ですし」
「うむ・・・。しかし・・・。だが・・・」
顔をしかめて考え込むローラントに、ヴィオラートは気楽な口調で、
「ローラントさんも、ひとりで行くよりもロードフリードさんと一緒の方が楽しいでしょう?」
「いや、遊びに行くわけではないのだが――」
ヴィオラートの罪のない笑顔を見ると、ローラントも文句を言えなくなる。
「それに、錬金術で創った薬もあるし、爆弾も持ってきました。あたしがいれば、役に立つと思いますよ。それとも、あたしじゃ頼りないですか?」
「いや、私が反対しているのは、そういう意味ではないのだが――」
ローラントは複雑な表情で、腕組みをする。
「ローラントさん、諦めましょう」
まだ考え込んでいるローラントに、ロードフリードが声をかける。
「ヴィオがここまで言い出したら、もう誰にも止められませんよ。俺がいちばんよく知っています」
「よし、わかった」
厳しい表情のまま、ローラントは顔を上げてヴィオラートを見る。
「同行を許可する。だが、決して無茶はしないと約束してくれよ。戦いに行くのではない、あくまで偵察と情報収集のためなのだからな。出発は明日の朝だ」
「はい、わかりました」
元気よく声をあげたヴィオラートは、ふと真顔になる。困ったようにロードフリードを見て、
「じゃあ、クラーラさんのお世話は――?」
「そうだな・・・。急な話だし、誰に頼んだらいいか・・・」
ロードフリードも考え込み、テーブルの反対側を見やる。
「はい?」
自分の名前が出たのに気付いたのか、クラーラがきょとんとしてこちらに顔を向けた。


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