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幻の怪盗ふたたび Vol.5


エピローグ 真実

1週間後。
酒場『飛翔亭』で、ひとつの集まりがもたれた。
アウラの全快を祝う会と、ケントニスへ戻るクライスとマルローネの送別会である。
エリー、アイゼル、ノルディスは並んで座り、テーブルの反対側にアウラ、クライス、マルローネ、シアがいる。
ナタリエも招待されていたが、
「あたしは堅苦しいのは苦手だよ。手酌で勝手にやるからさ」
と、カウンターでワイングラスを片手にクーゲルと話し込んでいる。

小さなゲストもいた。シアのひとり息子のルドルフは、マルローネの膝にちょこんと座って、ヨーグルリンクのカップをかかえ込んでいる。
アウラは2日前にベッドを離れられるようになったばかりだが、もう足取りはしっかりしており、顔色も良くなっている。

あの後、ナタリエが手に入れた解毒剤は、すぐにアカデミーで分析され、調合法が明らかにされた。そして、イングリド、ヘルミーナをはじめ、アカデミーの講師やマイスターランクの学生全員が調合に取り組み、2日で被害者すべてに行き渡るだけの解毒剤を完成させた。
薬はよく効き、その日のうちに、全員がめきめきと回復し始めたのである。

「それにしても・・・」
と、エリーが口を開く。
「あたしたち、クライスさんの指示に従っていただけで、あの晩のことは、わからないことだらけなんですよ」
「そうよね。最初にエリーの工房に現れたナタリエさんが偽者だと、どうしてわかったのか、とか。本物のナタリエさんやマルローネさんが急に現れたのにも、びっくりしたわ」
アイゼルも口を揃える。

「そうですね。隠しておいたままでは、失礼にあたりますね。では、簡単にお話することにしましょう」
クライスはナプキンで口許をぬぐうと、もったいぶった口調で、説明を始める。
「わたしも、工房で出会ったナタリエさんが偽のデア・ヒメルだとは気付きませんでした。しかし、あの夜、作戦会議を終えて宿舎に戻る途中、職人通りでくせ者に襲われたのです」
クライスは隣のマルローネに視線を移す。マルローネは口をとがらせ、
「悪かったわね、くせ者で」
と、話を引き継ぐ。

「あたしも、クライスはともかく、アウラさんのことが心配だったので、すぐにクライスの後を追ったのよ」
「ともかくは余計です。それにしては、あの定期船にはマルローネさんは乗っていませんでしたね」
「あたしは、研究室にこもりっぱなしのクライスとは違うのよ。いろいろな人と付き合いがあるから、あたしを乗せてカスターニェまで送ってくれる船乗りくらい、すぐ見つかるわよ」
「悪かったですね、こもりっぱなしで」
「それはそれとして、カスターニェから乗った馬車の中で、ナタリエに出会ったの。ナタリエは、ザールブルグにデア・ヒメルが戻って来たという噂を聞いていて、偽者の正体を突き止める気でいたのよ。それで、すぐに協力しあうことにしたわけ。
ザールブルグには、夕方に着いたわ。あたしたち、あまりおおっぴらに行動するつもりはなかったから、騎士団にもアカデミーにも内緒で町に入ったのよ」

「外門で、尋問されませんでしたか?」
「あたしたちには、『デア・ヒメル』装備があったもの。忍び込むのは簡単だったわ。で、エリーに情報を聞こうと思って工房に行ってみたら・・・」
「窓からのぞいたら、中にあたしがいるんだもの。びっくりしたよ」
カウンターからナタリエが口をはさむ。マルローネが続ける。
「その時は、何がどうなっているのかわからなかったので、手を出すのは止めにしたわ。ただ、クライスにだけは話をしておかないといけないと思って、職人通りで待ち伏せたの。
ナタリエが、ズフタフ槍の水を染み込ませた布で、あっさりと眠らせたわ。それで、あたしたちの宿に運び込んだの」
「驚きましたよ。目が覚めたら、さっき別れたはずのナタリエさんと、マルローネさんがいるのですから。そして、工房にいたナタリエさんが偽者だと聞いて、さらにびっくりしました」
「で、お互いに情報交換して、作戦を立てたわけ」

「あとは、皆さんも知っての通りです。わたしは、真犯人がナタリエさんの姿に化けているということだけを明かして、マルローネさんや本物のナタリエさんの存在は隠しておきました。敵をあざむくには味方から、と言います。
まあ、あなた方3人は、わたしの指示通りに動いてくれると確信していましたからね。余計な情報を与えると、予定外の混乱を招くことになりますから」
「結局、操り人形だったわけね、あたしたちは」
アイゼルがため息をつく。マルローネが強い口調で反論する。
「そんなことないよ。みんな、精一杯やってくれたから、この事件を解決できたんだよ」
「そうですよ。わたしが元気になれたのも、皆さんのおかげですもの」
アウラが微笑みながら言う。

「でも、やっぱりザールブルグはいいわね。久しぶりに帰ってきたけど、ほっとするわ。あ〜あ、またケントニスに戻らなきゃならないのかと思うと、うんざりするわね。しかも、クライスと一緒だなんて」
マルローネがため息混じりに言う。
「おや、そんなことを言うのですか。わたしの方こそ、いい迷惑です。何をやらかすかわからない問題児のお守りをしなければならないのですからね」
「な、なんですってえ〜〜」
クライスをにらみつけるマルローネ。傍らから、アウラが言う。
「本当に、あなたたちって、ちっとも変わらないわね。お似合いよ」
「な、何を言うんですか、姉さん」
あわてるクライス。マルローネも口を揃え、
「冗談はやめてください。誰がこんなやつ・・・」

その時、マルローネの膝の上から、シアの息子、幼いルドルフが無邪気に話しかける。
「マリー小母ちゃん・・・」
「ん? なあに、ルーディ」
「小母ちゃんは、めがねの小父ちゃんが、すきなんだよね」
一瞬の沈黙。
顔を真っ赤にしたマルローネの大声が、沈黙を破る。
「もう、シアってば! ルーディに、どんな教育をしてるのよ!」

<おわり>


○にのあとがき>

逢瀬 綾さんの「Marie's Garden」に寄贈した作品です。
「夜明けのアイゼル」から数ヶ月後、という設定になっています。

クライスを主人公にするなら、ミステリものだな、ということで書き始めましたが、ご覧の通り、もっとも長い作品になってしまいました。
マリーとクライスの調合比べとか、シアのひとり息子のルーディとか、なかじまゆらさんのクラマリ3部作(「Marie's Garden」に掲載)と完全にクロスリンクしています。
読み比べてみるのも一興ではないでしょうか。

ここでも、なかじまゆらさんのイラストを挿し絵に使わせていただきました。いつもありがとうございます。


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