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〜85000HIT記念リクエスト小説<Phantom Sera様へ>〜

聖騎士の休日 Vol.2


Scene−7

「よっと」
最初にダグラスが、足元を確かめるようにして穴の中へ降りる。
足先で探ると、崩れ落ちた瓦礫が山になっており、それを伝って降りられるようだ。
バランスを取りながらそろそろと降りると、すぐに安定した固い地面に突き当たる。
固い岩に足をすえたダグラスは、あらためて油断なく周囲を見渡した。
そこは、岩で囲まれた洞窟の一部のようだった。人ひとりが立って歩けるほどの高さと幅があり、天井や壁が、ぼんやりと白っぽい光を放っている。どうやら、岩壁に自生しているコケが光っているらしい。足元には、ちょろちょろと水が細く流れていく。あちこちにある岩の亀裂から滲み出した水が流れとなっているようだ。
「どうだ?」
頭上からエンデルクの低い声が響く。
「大丈夫です。とりあえず危険はありません」
すぐに、エンデルクの巨体がダグラスの傍らに降り立つ。
「ふむ・・・。まさか、城の真下にこのような空間があったとはな」
エンデルクは慎重な手つきで壁や天井に触れていく。
「どうやら、自然のもののようだ・・・。何者かが掘り進んでいたような形跡はない」
「どうします? 応援を呼んできた方が・・・」
「それで、我々が酒蔵で何をしていたかを釈明するはめになるというわけか?」
エンデルクの口元に笑みが浮かぶ。ダグラスも、にやりと笑い返す。
「よし、お前は左へ行け」
「了解!」
左の洞窟へ向かうダグラスに背を向け、エンデルクは前進を開始する。だが、すぐにダグラスの声がした。
「こっちは行き止まりです。小さな穴はいくつかありますが、とても人が通れる大きさじゃありません」
戻ってきたダグラスと合流し、右へ伸びる洞窟を進む。位置関係からすると、東の方向へ向かっているようだ。
「それにしても、なんでこんな洞窟ができたんでしょうね」
「うむ。20年以上前、ザールブルグの共同井戸が枯れたことがあったらしい。その時の記録によると、穴居性の小動物が地下に穴を掘ったために水脈が断たれてしまったのが原因だったそうだが・・・。この大きさから考えると、動物が掘ったものとは思えぬな」
「なんとなく、エルフィン洞窟に似てます。・・・と言っても、洞窟なんて、俺にはどれも同じに見えますけどね」
「ふむ・・・。火山性のものとも考えられるな。あるいは、地下水が穿ったものか・・・。どちらにせよ、いずれは学者に調べさせねばなるまい。だが、今は、この洞窟がシグザールにとって脅威にならないことを確認するのが先だ」
「わかってます、進みましょう、隊長」
ダグラスは、水溜りに指をひたすと、宙に掲げる。
「奥から、空気が流れてきています。たぶん、どこかに通じているんですよ」
「よし、進もう。ただし、油断はするな」
エンデルクは、腰を探った。そこには、常に身に着けている短剣がある。だが、武器はこれしかない。休日だったため、ふたりとも鎧も剣もまとってはいない。もっとも、このように狭い空間では、聖騎士の長剣や重い鎧はかえって足手まといになっただろうが。
突然、空中にバサバサという羽音がわき起こった。
「うわっ」
ダグラスが右手で顔をかばう。
「はあっ!」
エンデルクの短剣が一閃した。両断されてぼとりと落ちたのは、手のひらほどの大きさのコウモリだった。
「ちっ、おどかしやがるぜ」
ダグラスがぶつぶつ言いながら、先に立つ。
洞窟は、だんだんと下りになっているようだ。空気は湿り気を帯び、足元をゆるやかに流れる水は、次第にかさを増してきている。一歩進むごとに、ブーツは水に浸かり、ぬるぬるした岩に足を滑らせそうになる。
やがて、洞窟は左右に広くなり、それに従って天井が低くなってきた。前かがみで歩かないと、天井から突き出た岩角に頭をぶつけてしまいそうになる。
「こいつは・・・」
ひょいと角を曲がると、目の前に広がった光景にダグラスは息をのんだ。
岩の天井に密集したコケが放つ燐光に照らされて、地底の池が横たわっていた。
水面は静かで、ほとんど流れていないように見える。洞窟は、なかば水に浸かって、まだ先まで続いているようだ。
「フ・・・、ここまでか」
エンデルクはつぶやいた。
「いや、もう少し行ってみます」
「無茶はするな」
「わかってますって」
ダグラスは、じゃぶじゃぶと水をかき分けて進んだ。その動きに驚いたのか、小魚の群れが矢のように逃げていくのが見える。
水は、膝を越え、腰にまで達しようとしていた。
ダグラスは、一歩一歩、足場を確かめるようにしながら、そろそろと進む。
踏み出した右足が水底をとらえる。しかし、岩にしては感触が柔らかい。
そう思った刹那、その岩が動いた。
「うわあっ!」
水面が大きく盛り上がり、ぬるぬるしたなにかがダグラスの顔をはたく。そのあおりを食って、ダグラスは水の中へ仰向けに倒れこんだ。
「ダグラス!」
エンデルクの声をかすかに聞きながら、ダグラスは必死に水をかいて起き直った。
ばしゃり!
再び前方の水が大きく跳ねる。その後に生じた、大きなうねりの渦。
そこに、なにかがいるのをダグラスは感じた。自分の身体ほどもある、大きな黒い影。先ほど、ダグラスが踏みつけてしまい、そのお返しに襲いかかってきた怪物だ。
その黒い影は、前方へ逃げようとしている。
「おぅ、上等じゃねえか! 待ちやがれ、こんちくしょう!」
ダグラスは叫ぶと、身を躍らせた。水面に顔を出してひと呼吸すると、抜き手を切って泳いでいく。
「待て、ダグラス! 無茶をするな!」
エンデルクは叫んだが、こうなってはダグラスを止められないことはよくわかっていた。それに、ダグラスが追っていった怪物の正体も気にかかる。
(ふむ、やむを得ぬな・・・。我を忘れて突っ込む癖さえ直れば、ダグラスもひと皮むけるのだが・・・)
エンデルクは、短剣を口にくわえると、手足の筋肉をほぐした。水中で手足が痙攣を起こしてしまったりしては、元も子もない。
「はあっ!」
エンデルクは、息を整えると、均整のとれた身体を水中に躍らせた。

水中も、ぼんやりと光っている。天井に貼りついていたコケのような発光生物が、水中にも生息しているのだろう。水の透明度は高いが、明るさが十分ではないため、先を行く怪物の姿を目でとらえることはできない。だが、全身に伝わってくる水のうねりが、そいつの存在を感じさせてくれる。
ダグラスは、身体に力が満ち溢れるのを感じていた。強い敵に出会った時の反応だ。今やダグラスは、獲物を追う獣のような野性的な本能に導かれるままに、怪物を追っていた。
時おり、息継ぎのために水面に顔を出す。その度に、天井が低くなるのを感じていた。
いや、天井が下がってきているのではなく、水かさが増えているのだ。このままでは遠からず、洞窟全体が水没してしまっているだろう。
(くそ、このままじゃ、息継ぎができねえか)
ダグラスは歯ぎしりした。ここで追跡を断念しなければならないのだろうか。
ところが、不意に前方の水中が急に明るくなり、前方の黒い大きな影がくっきりと浮かび上がって見えた。ずんぐりした、楕円形の影。
(出口か? よっしゃ、上等だ、追い詰めたぜ!)
ダグラスは手足に力をこめ、最後の追跡に移った。


Scene−8

ベルグラド平原には、穏やかな晩春の日差しが降り注いでいた。
ザールブルグの東に広がるベルグラド平原は、北のヘーベル湖から南のストルデル川までを占める草の海である。なだらかに起伏する草原にはみずみずしい草花が咲き乱れ、低くなっている土地には無数の泉が湧き出ている。
そのような泉のひとつのほとりに、にぎやかな集団がくつろいでいた。
大きなパラソルを差しかけた日陰に座ってハーブティを楽しんでいるのは、アイゼルとフローベル教会のシスター、ミルカッセだ。その傍らでは、浅黒い肌に露出の多い踊り子の服をまとったロマージュが、南の国の楽器でバラードをつま弾いている。
「ふう、本当にいいお天気ね」
声をかけられて、アイゼルが顔を上げる。
「あ、シアさん、ご一緒にお茶はいかがですか?」
一行の中で唯一の既婚者であるシアは、にっこり笑った。
「ありがとう。でも、今はいいわ。ぶらぶらしている方が楽しいもの。以前、身体が弱かった頃には、こんなことができるようになるなんて、思っていなかったから」
その手には、なぜか“はたき”が握られている。
眉をひそめるアイゼルに、シアは答えたものだ。
「この“はたき”はお守りみたいなものよ。マリーと一緒に冒険していた頃の、癖なのかしらね。これを持っていると、落ち着くのよ」
シアは泉の方に少し下っていくと、ビロードのように柔らかな草の波に両手両足を投げ出して、大の字に寝転んだ。
「はああ、いい気持ち」
あきれたようにアイゼルが言う。
「もう。エンバッハ家の奥方ともあろう人が、そんなことをして。はしたないですよ」
「いいのよ。誰も見てないもの」
そう言って、シアはくすくす笑った。

一方、泉のほとりでは、エリーが真剣な表情で釣竿を握っていた。ミューも同じく釣り糸をたらしているが、こちらは半分居眠りしているように見える。
エリーのそばでいろいろとアドバイスしているのは、西の港町カスターニェから来たユーリカだ。ユーリカはプロの漁師だが、今は交易のためにザールブルグに来ている。数年前、カスターニェを訪れたエリーと知り合い、今は親友と呼べる間柄になっている。
「肩の力を抜いて・・・。そうそう、それで、浮きの動きをじっと見るんだ。・・・引き込まれたら、少し待って、それから合わせる。早く上げようとすると、食いつきが悪くて、魚に逃げられちゃうからね」
「う〜ん、それはわかってるんだけど・・・。でも、なんで? ユーリカはすぐに何匹も釣り上げたのに、あたしにはかからないのよ」
エリーは釈然としない様子だ。先ほどから、アイゼルのお茶の誘いも断って、ずっと釣り糸をたらし続けているのに、当たりすらない。ここへ着いてすぐに、小手調べにユーリカが釣り上げたコイやフナは、すでにみんなの胃袋に収まってしまっている。だが、エリーは自分で釣った魚を食べるんだと言って、口にしなかった。
うらめしそうなエリーの目に、ユーリカはなだめるように言う。
「まあ、気長にやろうよ。釣りはあせっちゃだめだからね」
「でも・・・」
水面に目を移したエリーが息をのむ。
池の中央に、ぶくぶくと大きな泡が盛り上がっていた。
「え、何?」
目を丸くするエリーに、ユーリカが叫ぶ。
「気をつけて!」
大きな水音とともに、ずんぐりとした黒く巨大な塊が飛び出してきた。宙に踊ったその影は、身をくねらせ、勢い余って草むらへ落ちる。
怪物は、じたばたともがきながら、ゆるゆると草の上を滑るように移動していく。うちわのような尾びれをばたつかせ、ぱっくりと開いた大きな口は、大人でも呑み込んでしまいそうな大きさだ。どうやら方向感覚を失ってしまっているらしく、池から遠ざかる方向へ進んでいく。
「シアさん!」
エリーが悲鳴に近い声を上げた。怪物の進路上には、シアがいた。身を起こし、目を丸くしている。
「くっ」
ユーリカが飛び出そうとした時、シアの右手が一閃した。
「いい加減にして〜!!」
怪物の前進が止まる。駆け寄ったユーリカの目に、怪物の眉間に突き刺さった“はたき”の柄が見えた。怪物はぴくぴくと全身を震わせて、のたうっている。急所を突き刺されてもなお、旺盛な生命力は残っているようだ。
「うわ〜、大物だね〜」
覗き込んだミューが、舌なめずりするような声で言った。

ユーリカを追って、シアの方へ駆け寄ろうとしたエリーは、背後で再び水音がしたのに気付き、振り返った。思わず、悲鳴を上げる。
「きゃあ! 海坊主!!」
今度は、黒い藻をべっとりと張り付かせた大柄な怪物が2体も、水面に姿を現していた。人の形をしたその怪物は、肩をいからせ、水をしたたらせながら岸に這い上がって来ようとしている。
エリーの悲鳴を聞きつけて、アイゼルとミルカッセが駆けつけてくる。
「助けて! 海坊主よ!」
再び響くエリーの叫びに、ミルカッセが首をかしげる。
「エリーさん、間違っていますわ。ここは池ですから、海坊主はいないはずですよ」
「ちょっと、ミルカッセ! 何を冷静にツッコミ入れてるのよ!」
アイゼルの指摘も、どこか緊迫感が欠けている。
海坊主のうち、より大きな身体をした方が、岸に上がってきた。右手を上げ、額にかかった藻を重そうにかき上げる。首を振り、周囲を見回すと、落ち着いた声でつぶやいた。
「ふむ・・・。このような場所につながっていたとはな・・・」
「エ・・・エンデルク様!?」
声に気付いたエリーが叫ぶ。黒い藻に見えたのは、長い黒髪だった。
もうひとりの海坊主が、いまいましそうに叫ぶ。
「くっそう! 怪物め、どこへ逃げやがった!?」
「ダ、ダグラス?」
ダグラスは額にかかった濡れた髪を振り払うようにして、エリーを見た。
「おう、エリーじゃねえか、どうしたんだ、こんなとこで」
「ダグラスこそ、どうしたのよ」
「俺は、怪物を追いかけていてよ、そういや、あいつはどこへ行きやがった?」
「残念ね、怪物はシアさんが退治しちゃったわよ」
と、ロマージュがいつものけだるげな口調で言う。
「何だと?」
エンデルクとダグラスも、怪物が横たわっている場所へ向かう。
一同は、怪物を取り巻くようにして見下ろした。ユーリカが言う。
「それに、これは怪物じゃないよ。とてつもなくでかいけどね」
「ほんと、おっきなナマズだね〜」
ミューの言葉に、エンデルクとダグラスは顔を見合わせた。
いまだに草の上でぴくぴくと身を震わせている魚体は、エンデルクよりも大きい。巨大な頭は全体の4分の1近くを占め、空気を求めるようにぱくぱくと動いている大きな口の周囲に、4本のヒゲがピンと伸びている。背中から側面にかけては泥のように黒く、ぽってりした腹は白い。流線形をした体の端にはうちわのように広がった尾びれが付いている。
「こんなにでかいのは、あたしも初めて見るよ」
感服したように、ユーリカがつぶやく。
「食べでがありそうだね〜」
うっとりとしたミューの声。
「そうだね、たぶん百人分以上はあるよ。ここにいる人間だけじゃ、食べきれないね」
「ふむ、そうか・・」
ロマージュが差し出した布で顔と身体をぬぐっていたエンデルクが、あごに手を当てて考え込んだ。
「どうだ、ザールブルグへ持ち帰って、街の人々にふるまうというのは?」
エンデルクの提案に、異口同音に賛同の声があがる。
「いいね、賛成!」
「これこそ、アルテナ様のお導きですわ」
「うふふ、いい考えじゃない」
「うん、腐らせたらもったいないよね〜」
「でもよ・・・」
ダグラスが首をかしげた。
「こんな重たいもん、街まで運べるのか? 俺はかついでいくのはごめんだぜ」
「大丈夫よ」
アイゼルが進み出る。
「こんな時こそ、錬金術の出番よ。『グラビ結晶』を使えば、簡単だわ」
「よぉし、それじゃ、今日の釣りピクニックは終わりにしよう。大物も獲れたことだしね」
ユーリカの言葉に、みんな帰り支度を始める。
池を振り返ったエリーが、ぽつりと言った。
「でも、あたし、1匹も釣ってないんだよね・・・」


Scene−9

夕刻を迎えようとしているザールブルグの街に、香ばしい匂いが漂い始めている。
中央広場には、非番の騎士隊の手によって急ごしらえのかまどが作られ、串刺しにされたナマズの白い身が、いくつも炎にあぶられて、香ばしい煙を上げている。噂を聞きつけたザールブルグの市民たちが次々と集まり、広場に列を作っている。
「魚を焼く時のコツはね、強火の遠火よ」
ロマージュの指示で、エリーはこまねずみのようにかまどの周囲を駆け回っては、くるくると串焼きの位置を変えていく。
「おぅ、やってるな」
着替えを終えたダグラスが現れた。
「お、うまそうだな。どれ、ちょいと味見を」
「あ、ダグラス、だめだよ。まだ生焼けなのに」
「いいじゃねえか、気にするなって・・・。うん、こりゃうめえ。脂もよくのってるぜ」
「もう、ダグラスってば、食いしん坊なんだから」
ロマージュが口をはさむ。
「いいじゃない、エリーちゃん。これで、しばらく経ってもダグラスがなんともなければ、この魚に毒がないってことがわかるんだから」
「おいおい、俺は毒見役かよ」
エリーが首をかしげる。
「でも、わからないよ。ダグラスの胃袋って、特別製みたいだし」
「それもそうね、うふふふ」
「けっ、勝手にしろい」

「まったく、ザールブルグまで来て、魚をさばくことになるとは思わなかったよ」
ユーリカはぼやきながら、器用に包丁を使っている。
酒場『飛翔亭』のカウンターはすっかり片付けられ、大ナマズの半身が占領していた。
すでに1刻あまり、包丁を動かし続けているのだが、ようやく半分が片付いたところだ。
傍らで、ユーリカの手の動きを感心したようにながめ、店主のディオが言う。
「あんたがいてくれて良かったよ。こんなでかい魚を持ち込まれても、俺の手には負えないところだった」
言いながらも、ディオも手は休めない。手頃な大きさに切り分けられた白い身を、次々と竹串に突き刺していく。
「よし、気合入れ直すか!」
右肩を大きく回したユーリカは、黒光りする魚体にざくりと切り込んだ。
「それにしても、この頭はどうするの?」
床に置かれた大きなたらいに、ナマズの巨大な頭部が鎮座している。気味悪そうにながめているのは、『飛翔亭』の看板娘のフレアだ。ユーリカが答える。
「ああ、ぶつ切りにして、大鍋で煮込むと、けっこういけるんだ。目玉とか、くちびるとか、ぷりぷりして最高だよ。酒の肴には絶好さ」
「そう・・・。でも、この大きさでは、当分なくなりそうにないわね・・・」

シグザール城の城壁では、エンデルクが中央広場のにぎわいを見下ろしていた。
ゲマイナーが近づいてきた。かすかに眉を上げるエンデルクに、同じように中央広場を見やりながら、ゲマイナーが言う。
「あの洞窟だが、ただ塞いでしまわずに、水抜きをして整備することにしたよ」
「・・・・・・」
「ふふふ、いざという時の退路にもなるし、籠城戦の際には、敵の背後に回って不意を突くこともできるしな」
エンデルクは口元に笑みを浮かべた。
「フ・・・。転んでもただでは起きぬというやつですな」
「『治にいて乱を忘れず』ということだ。見ろ」
腕を広げ、中央広場に集まったザールブルグ市民を指し示す。
時ならぬ、大ナマズの串焼きをふるまわれた人々は、三々五々、ベンチや木陰に散って、残り少ない休日の午後を楽しんでいる。
「・・・この風景を守るためなら、俺は何だってやるさ」
その言葉をかみ締めるように、エンデルクも中央広場を見やる。
ゲマイナーが、鼻をうごめかし、振り向いてにやりと笑った。
「ふむ、ここまでいい匂いがしてくるな。どれ、俺たちもご相伴に預かるとしようか」
「フフフ、そうですな。放っておいたら、ダグラスに全部食べられてしまう・・・」
ふたりは、肩を並べて、広場に向かう階段を下りていった。

<おわり>


○にのあとがき>

「ふかしぎダンジョン」85000ヒットのキリリク小説をお送りします。
キリ番を取られたPhantom Seraさんからいただいたリクのお題は、

 ★ダグラスとエンデルク隊長がメイン。
 ★それぞれの日常(休日なら尚嬉しいです)
 ★一緒に冒険活劇(でも危険ではないもの)
 ★やっぱりザールブルグは平和だなぁ。

というものでした。
このお題を目にした瞬間に、インスピレーションが走り、すぐにストーリーが8割方出来上がってしまいました。こういうことは珍しいです。リクをいただいてから3日で書き上げたのも最短(笑)。

ザールブルグに“人生すごろく”(もちろん元ネタは発泡酒のCMにも使われている某ゲーム)やチェスが存在するのかどうかは知りません。でも、似たような遊びは庶民や兵士の娯楽としてあるのではないかと思います。
それにしても、同じように挑発されて、同じように罰ゲームを食らってしまうあたり、エンデルク氏もダグラスも似た者同士なのかも(笑)。
今回、ゲマイナーさんの言動は、「サクラ大戦」の米田司令風味です。やっぱり影響受けてるなあ(笑)。
ダグラスの同僚の騎士たちの名前は、『銀河英雄伝説』の帝国側の提督たちからお借りしました。エルンストが一言もしゃべらないのは、もちろん元ネタを意識したお遊びです(『銀英伝』をご存知ない方、ごめんなさい)。

ちなみに、登場する大ナマズ、エンデルクさんより大きいということは、2メートル近いわけですが、この大きさのナマズは実在します。
「なまず研究所」によると、日本最大のビワコオオナマズは体長1.2〜1.3mですが、南米や東南アジア、ヨーロッパに生息する大ナマズは、2〜3mにもなるとのことです。

ご感想など、お聞かせいただけると、嬉しいです〜


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