戻る

前ページへ

〜120000HIT記念リクエスト小説〜

『彼』の決意 Vol.2


Scene−3

ぼくはシグザール城の厩舎へ向かい、厩番の騎士に許可証を見せて、愛馬を引き出した。
「いってらっしゃいませ」
騎士見習いの少年の声に見送られ、馬を引いて城門を出る。
「あれ、珍しいなあ、あんたが馬で出かけるなんて」
退屈そうな顔で警固についていたダグラスが、ぼくに目を向けて言う。
「ああ、ちょっと野暮用でね」
さりげない口調で言葉を返したぼくは、好奇心むき出しのダグラスの視線を背中に感じながら、ザールブルグの外門へと向かった。

昨夜、エリーの工房から戻った後、すぐにぼくはあの人のところへ行った。
・・・いや、違うよ、夜這いしたとか、思い余って告白しに行ったとか、そういうことじゃない。
長期休暇の許可を取りに行ったんだ。
ぼくは、いつもあの人の姿を見ていたかったから、ほとんど休暇を取ったことはない。謁見室に控えて、あの人の姿を目で追っていることが幸せだったから。
なので、まるまるひと月、城を空けても問題ないくらい、休める日にちは溜まっていた。
あの人は、理由も聞かず、黙って許可証にサインをくれた。このサインも大切に取っておこう――あ、いや、話がそれた。ぼくが行き先を申告した時だけ、あの人はかすかに驚いたような顔をして眉を上げたが、何も言わなかった。

ザールブルグの城門を出てから、初めて馬にまたがり、鞭を当てる。
目指すは、北だ。ザールブルグの北方に広がる岩だらけの荒地の向こうに、赤黒い岩肌をさらしてそびえるヴィラント山が見える。
炎の神ヴィラントの名を冠された頂を見上げながら、ぼくは早足で馬を進めた。
『北の荒地』には遥かな昔に星が落ちてきて、そのせいで植物も生えなくなってしまったという言い伝えがある。農地に適さず、ヴィラント山から下りてきたオオカミが出没することもあるため、訪れる人も少ない。殺風景な中を、ぼくは淡々と進んだ。
しばらく行くと、前方に何人かの人影が見えた。こんなところで何をしているのだろう? 見たところ、冒険者風でもなければ、旅商人でもない。ローブをまとい、背中にかごを背負っている。
「おーい!」
その中のひとりが、近づくぼくに気付いて手を振った。
「きみは――?」
オレンジ色の錬金術服で、顔が見える前にわかった。錬金術士は材料を集めるために街の外へ出かけることもあるのだそうだ。場合によっては聖騎士が護衛を務めることもあるらしい。ダグラスなど、「そんな暇はないってのに、連れまわされる身にもなってみろってんだ! だが、まあ、市民を守るのも騎士の義務だから、しかたねえけどよ!」と、しょっちゅう嬉しそうにぼやいている。
「こんなところで、何をしているんだい?」
「材料の採取です。『星のかけら』が大量に必要になっちゃって」
昨日、ぼくが変な依頼で工房を訪れたせいで気まずい思いをしただろうに、そんなことは微塵も感じさせないにこやかな表情で、エリーはぼくを見上げた。
彼女の後ろには、同じような年恰好の男女がいる。アカデミーの友達なのだろう。ベージュ系の目立たない錬金術服を着た、知的で穏やかそうな少年と、赤とピンクの派手な錬金術服をまとった、緑の瞳が目立つ少女。ノルディスとアイゼルという名前だそうだ。
エリーに紹介されながら、ぼくは目ざとく気付いた。
ピンクの少女アイゼルは、間違いなくノルディスに恋をしている。ちょっとした仕草や視線で、ぼくにははっきりとわかる。恋する者は、他人の恋にも敏感なのだ。しかし、どうやらノルディスの方はそれに気付いていないらしい。もちろん、エリーもだ。
「どちらへ行かれるんですか?」
エリーの問いに、ぼくは短く答えた。
「ちょっと、ヴィラント山へね」
ちょっとためらって、付け加える。
「――自分を鍛えようと思って」
「そうですか」
エリーはにっこりとうなずいた。ぼくの決意をわかってくれたに違いない。
「でも、ヴィラント山には、今、火を吐く魔物が出るって聞いたけど」
話を聞いていたノルディスが、不安そうに言う。
エリーは目を丸くした。
「え、そうなの、ノルディス?」
「ああ、アカデミーの掲示板で見たよ。未確認情報だけれど、注意するようにって」
「ほんと、あなたってどんくさいわね。掲示板くらい、ちゃんと見た方がよくってよ」
とげのある口調でアイゼルが言う。
「あ、うん、ここのところ、依頼が立て込んで、アカデミーへ寄っている時間がなかったものだから、えへへ」
エリーは舌を出し、頭をかいた。
「そうか、ぼくがちゃんと伝えてあげればよかったね。ごめん、エリー」
「ノルディス! そんなに甘やかすことなくってよ!」
「でも、酒場ではそんな噂は聞かなかったけどなあ」
エリーの疑問に、ぼくは説明した。
「それは、市民に不必要な不安を与えないように、騎士隊の方で情報を抑えているんだ。アカデミー当局は、独自の判断で生徒に警告したんだろうね」
「そっか」
「じゃあ、騎士さんはこれから偵察にいくんですね」
「あ、ああ、まあね」
ノルディスの言葉に、ぼくはちょっと複雑な表情を浮かべた。
もちろん、魔物の噂を受けて、騎士隊からは何人もヴィラント山に派遣されて調査を行っているが、確実な情報はまだ得られていない。でも、ぼくがヴィラント山へ行くのは、そういう公式なものではない。武闘大会の予選会に向けて、短期間で腕を上げるためには、強い魔物と戦って自分を鍛えるしかない。そう思って、単身、危険な山に乗り込むことにしたのだった。できれば、噂の火を吐く魔物には出会いたくないというのが正直な気持ちだった。
「でも、ひとりでは危険ではないこと? もしかしたら、伝説の火竜フラン・プファイルの再来じゃないかとも言われているみたいですけど」
アイゼルが眉をひそめて言う。
「ええっ! そんなすごい怪物なの!?」
エリーが心配そうに叫ぶ。
「そんなことはないよ」
エリーをなだめて、ぼくはアイゼルに厳しい目を向ける。こんな時くらい、聖騎士らしくしておかなければ。
「きみも、根拠のない噂をあれこれ広めないようにね」
「す・・・すみません」
かあっと頬を染めて、アイゼルが小声で謝ったが、ちらりと恨めしげな目を向ける。
ぼくはちょっとかわいそうになった。好きな相手の前で恥をかかせてしまったのだから。
そろそろ退散した方が良さそうだ。
「それじゃ、きみたちも気をつけるようにね。ここらへんだって、オオカミが出ることがあるんだから」
「は〜い!」
三人の元気な返事を背に、ぼくはヴィラント山に向けて馬を走らせた。


Scene−4

今日もぼくは、人気のないヴィラント山の中腹で、鍛錬に励んでいた。
練習相手には事欠かない。ちょっと岩場を歩き回れば、オオカミやアポステルといった魔物が人間の臭いをかぎつけて集まってくる。
オオカミは群れをなして襲ってくるので厄介だし、鋭い鉤爪と牙を持つ魔物アポステルも、空は飛ぶしブレスは吐くし、なかなか侮れない。
しかし、シグザール王室騎士隊では、王国全土に出没する魔物について念入りな教育を行っており、騎士たちは魔物どもの長所や弱点を徹底的に叩き込まれる。そして、年に2回の魔物討伐では知識を実戦で試す機会が与えられるのだ。
オオカミの群れを相手にする時は、位置取りさえ間違えなければ恐れる相手ではないし、アポステルもブレスの直撃を避けながら弱点の腹部を長剣で突けば、確実にしとめられる。
夜のキャンプでは、寝込みを襲われないように、騎士隊に支給されるアカデミー謹製の魔物よけの粉を周囲に撒いておく。もちろん、いつ襲われてもすぐに対処できるように、熟睡せずに休む訓練も積んでいるので、まったく問題はない。
一人前の聖騎士というものは、それほどまでに鍛え抜かれているものなのだ。
だから、騎士同士で行われる武闘大会の予選は魔物討伐よりも厳しい戦いなのだということがわかってもらえるだろう。

ここにやって来て、もう何日が経ったのか・・・。
剣の腕が上がったのかどうかははっきりしないが、少なくとも自信がついてきたのは確かなことだった。昼は命を賭けた戦いでたっぷりと汗を流し、夜はあの人の面影を胸に抱いて眠りに就く。
今日は、少し高いところまで行ってみることにしようか。
このあたりには、魔物の数が少なくなってきたような気がする。
そう思って、ぼくは獣道とすら言えないような、岩肌に刻み込まれた険しい道を登っていった。
前方に覆いかぶさるように迫っている大岩を回り込もうとした時、不意に異様な気配を感じて、ぼくは飛び下がった。
油断なく身構え、愛剣に手をかける。
オオカミでも、アポステルでもない。
これまで感じたことのない、なにかが大岩の向こう側にいる・・・。
未知のものがいちばん怖ろしい――騎士隊全員が受けさせられる特別講義で、情報部のゲマイナー卿が力説していた。そして、正体を知ってしまえば、怖ろしさは半減する――と。
ここで、背を向けて逃げ帰るわけにはいかない。
自分のためというよりも、これは聖騎士としての義務だ。もしかしたら、街で流れている噂の真実を突き止められるかも知れない。
そうすれば、エンデルク様にほめてもらえるかも――♪
大気が、急に熱を帯びてきたように感じられた。
まさか――?
アイゼルの言葉が、暗雲のように心によみがえってくる。
(火竜フラン・プファイルの再来じゃないかって――)
火竜フラン・プファイル。
もし、それが本当だったら、あの人でさえてこずったという相手だ。ぼくがたったひとりでかなうわけがない。
しかし、ぼくが感じた気配は、伝説で語られているような巨大なものではなかった。
赤黒い、ごつごつした大岩の陰から、のっそりと魔物が姿を現す。
「こいつか――!」
ぼくは息をのみ、剣の柄を握りなおした。
さほど大きな相手ではない。前かがみの攻撃姿勢をとっているためか、上背はぼくより低く見える。だが、長い尾を含めれば、全長はぼくの倍はあるに違いない。
全体としての印象は、大きなトカゲだ。何よりも大きな特徴は、地獄の業火をまとって現れたかのような、紅蓮の炎を思わせる鮮やかな肌の色だ。大きく開けた口や鼻孔からは、熱い息が立ち昇り、陽炎のように背後の風景を歪ませている。
「サラマンダー・・・」
ぼくはつぶやいた。火竜フラン・プファイルの再来という噂は大げさ過ぎるにしても、当たらずとも遠からずだったのだ。かつてシグザール王国の西部から南部にかけての辺境に生息していた火トカゲだ。もちろん、実物を目にするのは初めてだが、過去に実際に戦ったことがあるモルゲン卿の講義で詳細に聞いたことがある。背中から生えた小さな翼や、柔らかそうな2本の角も、モルゲン卿の説明通りだ。
不意に、サラマンダーが動きを止めたかと思うと、開いた口から高温のブレスを噴き出した。
「うわっ!」
身を投げ出すように避ける。頑丈な聖騎士の鎧越しにも熱気をありありと感じ、髪の毛が焦げる臭いがたちこめた。
「くっ!」
回転するように跳ね起きると、間合いを詰め、抜き放った聖騎士の剣をなぎ上げる。
サラマンダーは連続してブレスを吐くことはできない――モルゲン卿の講義で得た知識のおかげで、おじけずに突っ込むことができた。
火トカゲは前足で剣を受け止めようとしたが、逆らわずにそのまま流して、胸に浅い切り傷をつけた。 身体を反転させたサラマンダーが振り回した尾を危うく避ける。鋭いぎざぎざのついた尾に直撃されたら、鎧を身に着けていても骨を折られてしまうかも知れない。
体勢を立て直す間もなく、ブレスが飛んでくる。地面を転がって避け、隙をついて再び剣を繰り出す。 あの人なら、狙い済ました一撃で倒してしまうんだろうな、と思いながら。
だが、ぼくにはそれほどの力はない。こうして、何度も切り込みながら、相手の体力をそいでいくしかないのだ。しかし、相手が力尽きるまでぼくの体力が保つだろうか・・・。
ヒット・アンド・アウェイ戦法を何度か繰り返す。幸い、サラマンダーの動きは鈍い。息を整えるために、飛び下がって距離を取った時、背後にぞわぞわとした気配を感じた。
「くそ!」
舌打ちをする。
ぼくとサラマンダーとの戦いは、ヴィラント山に生息する他の魔物の注意を引いてしまったらしい。
あたりにはなまぐさい血の臭いや、きなくさい臭いがたちこめている。魔物を呼び集め、刺激するには十分だろう。
背後の岩場には、いつの間にやら黒や金属質の青黒いウロコにおおわれたアポステルが群れをなしていた。いまのところ、襲ってくる様子はないが、おそらく、戦いのおこぼれにあずかるか、ぼくたちが戦いに疲れたところで両方とも餌食にしようと考えているのだろう。
「エンデルク様・・・」
もしかしたら、もう二度と会えないかも知れない、あの人の顔を思い浮かべる。
(騎士たるもの、どのような時でも諦めるな。意志あるところに、道は開ける・・・)
いつか、訓示で聞いたあの人の言葉がよみがえる。
「わかりました・・・」
なるようになれだ。ひとつひとつ片付けていこう。
まずは、目の前の敵、サラマンダーを倒すことだ。後のことはそれから考えればいい。
「エンデルク様! ぼくに力を――!」
ブレスが尽きたのか、前足を振り上げて向かってこようとする火トカゲに突進しようとした時、背後で異変が起きた。
「いっけえ〜!!」
気合の入った少女の叫びと共に、激しい爆発が起こり、大地を揺るがす。振り返ると、火柱と吹き上がる煙の中で、アポステルの群れが右往左往するのが見えた。
それを切り裂いてひらめく、蒼い輝き。
「シュベートストライク!!」
裂帛の気合と共に、アポステルの大きな頭が胴から切り離され、ごろりと大地に転がる。
「ダグラス! それに――エリー!」
唖然としてぼくは叫んだ。
「大丈夫ですか?」
両手に爆弾を握りしめたまま、心配そうにエリーが尋ねる。至近距離で爆風を浴びたのか、オレンジ色の錬金術服も白のローブも黒くすすけている。
「へえ・・・。まだ生きてたかい」
剣にこびりついたどす黒い魔物の血をマントの裾でぬぐい、ダグラスがにやりと笑う。
「なかなかやるじゃねえか。見直したぜ、先輩。・・・おっと」
迫ってきたアポステルを真一文字になぎ、ダグラスが振り向く。
「ふうん、噂の火を吐く魔物の正体は、こいつってわけかい」
「ふたりとも・・・。どうして――?」
サラマンダーに牽制攻撃をかけて後退させ、ぼくは尋ねた。
ダグラスが剣を振るいながら、面倒くさそうに答える。
「エリーのやつがうるさくってよ。俺は、面倒だからいやだって言ったんだけどな」
「心配だったんです!」
またひとつ、爆弾を投げたエリーが言った。
「アイゼルが、火竜かもしれないなんて言っていたから、気になって・・・。それに、わたしが言ったことのせいで騎士さんがヴィラント山へ行ったんだとしたら・・・。それでなにかあったら、わたしの責任ですから――」
「ばか言うな。騎士は常にてめえの責任で行動するもんなんだぜ」
「でも――」
「――ったく、一生懸命のやつならだれかれ構わず応援するってのは、やめてほしいぜ」
ダグラスのぼやきにも、悪意はない。
「ありがとう・・・」
ぼくは胸がいっぱいになった。
「おっと、礼なら後でいくらでも言ってくれ。うまいものをたらふく食わせてもらう方がいいけどな」
「ダグラスったら!」
またアポステルに一太刀浴びせたダグラスが、ぼくに向かって叫ぶ。
「おら、早いとこ、そいつを片付けちまえよ!」
「え?」
ぼくはダグラスと、よろめきつつも進んでくるサラマンダーを交互に見つめた。珍しい魔物に出遭ったとなれば、真っ先に立ち向かっていくのがダグラスだ。何回もの魔物討伐で、そのことはよく知っている。なのに、ダグラスはサラマンダーには目もくれない。
また1頭、アポステルをほふったダグラスが、あごをしゃくる。
「ザコは俺たちが片付ける。邪魔はさせねえ」
そして、ダグラスはにやりと笑った。
「あいつは、あんたの獲物だろ?」
「お――おう!」
ぼくは、騎士の魂である長剣を握りなおすと、雄叫びを上げて突進した。


Scene−5

「おい、あんたに面会だってよ」
控え室の隅にいたぼくを、ぶすっとした顔のダグラスが呼びに来た。
「え、ぼくに?」
初戦に備えて、集中力を高めていたところだったぼくは、心を乱されてちょっと不機嫌になった。だが、ダグラスはもっと不機嫌そうだ。
「さっさと行って来な。時間がねえぞ」
言い捨てると、ダグラスはなにやらぶつぶつ言いながら、ぷいと向こうへ行ってしまった。
今日は、シグザール城内に異様な緊張感と高揚感がみなぎっている。
年末の武闘大会出場をかけた、王室騎士隊内部の予選会が行われるからだ。
もちろん、予選会は非公開で行われるので、観客はいない。会場となるシグザール城中庭の錬兵場にいるのも、審判役と立会人だけだ。もっとも、ヴィント陛下やブレドルフ殿下がどこかから観戦されているというのは事実だし、秘密の通路を通ってやって来る貴族のご婦人やご令嬢が、ひそかに対戦を覗き見ているというまことしやかな噂もある。
半月あまりを独りヴィラント山で過ごしたぼくは、心身ともにたくましくなったように感じていた。昨年の実績からシード権を持っているダグラスなどは午後からの出番だが、ぼくたちは午前中から何試合も戦って勝ち上がらなければならない。朝から気合を入れ、集中力を維持し続けるのが大変なのだ。
誰が面会に来たのかわからないが、手っ取り早く済ませて控え室に戻ろう。

城門へ出ると、オレンジ色の服を着た小柄な姿が目に入った。
「こんにちは」
錬金術士のエリーはぺこりと頭を下げた。
「あ、ダグラスかい? 呼んで来てあげよう」
「いえ、違うんです」
「え?」
ぼくの顔は、いささか間が抜けて見えたかもしれない。
そう言われるまで、ダグラスが言っていた面会人がエリーのことなのだとは、思ってもいなかったのだ。
「これを・・・」
エリーはうつむきがちに、小さな包みを差し出した。
「これは?」
「わたしの――応援の気持ちです」
「ぼくに・・・?」
受け取る時、エリーの手が火傷の痕や切り傷だらけなのに気付く。
「きみ、手を――」
「あ、材料を集めるのがぎりぎりだったんで、あわてちゃって・・・えへへ」
エリーは照れ笑いをした。
包みを開くと、やや歪んでいるが、高級そうな宝石をあしらった立派なブローチが出てきた。
「それ、アカデミーの図書室にあった本にレシピが載っていたものなんです。大切な時に、もうひとがんばりするために心を落ち着かせる効果があるお守りらしいんです」
「・・・・・・」
「初めて作ったんで、あまり出来は良くないですけど」
「ありがとう・・・。でも、これは――」
「へ? なんか変ですか?」
「いや・・・」
ぼくは言葉を飲み込み、思わずこみ上げてきた笑いをかみ殺した。
このお守りのことは知っている。いや、知っているどころか、シグザール王室騎士隊で知らない者はいないだろう。『ラッフェン』という名前のこのブローチは、王国の歴史上ただひとりの女性聖騎士レディ・シスカが、聖騎士試験に合格した時に身に着けていたものなのだ。何でも、友人だった錬金術士に贈られたものなのだという。シグザール城内に飾られたレディ・シスカの肖像画にも、胸を飾った『ラッフェン』はしっかりと描かれている。
(でも、きみは知らなかったんだね、エリー。これは、女性専用のものなんだよ・・・)
まあ、でも、ぼくにはお似合いというべきだろうか。
これにこめられたエリーの誠意と応援の気持ちだけは、疑いようもない。
「本当に、ありがとう。がんばれそうな気がしてきたよ」
「はい! 予選、がんばってください!」

ぼくは、そのブローチを身に着けて、試合に臨んだ。
それを見て、対戦相手は笑ったが、審判を務めたあの人は笑わなかった。
ぼくを笑った失礼なやつは、自分の身体でその代償を支払うことになった。
なにしろぼくは、ヴィラント山の火を吐く怪物を退治した男なのだから。

<おわり>


○にのあとがき>

たいへんお待たせいたしました、『ふかしぎダンジョン』120000HITのキリリク小説をお送りします〜。
web拍手でキリ番獲得とお題のメッセージをいただいたのは5月19日でしたから、作品が出来上がるまで3ヶ月もかかってしまったことになります(いや、途中にイリスが・・・(^^;←理由になりません)。お待たせして申し訳ありませんでした。
いただいたリクのお題は、なんとエンデルク好きのアノ騎士に淡い想いを抱くエリーというもの(汗)。これほど料理の仕方に困ったネタはありませんでした(笑)。

結果、こんなお話になってしまいました。全然抱いてねーよ(汗)。
でも、これが限界です(^^;
なお、途中でエリーが告白する、ある人に励まされたいきさつは、こちらをご覧ください。
それと、騎士隊内部で行われる武闘大会の予選会というのは、うちだけの勝手な設定です。でも、いかにもありそうだと思いません?

リクエストくださった方、こんなものでよろしかったでしょうか?
他の皆様も、感想などいただけると嬉しいです。


前ページへ

戻る