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名探偵クライス 番外編

狙われたマリー:事件篇


<錬金術士 マルローネの証言>

あ、ちょっと、聞いてよ!
もう、大変だったんだから。
え? あなたはいつも大変でしょう?
うん、そりゃまあね、イングリド先生はうるさいし、お金はないし――。
・・・って、そういうことじゃなくて!
あたし、襲われたんだよ! しかも、白昼、この『職人通り』の工房で。
ええと、いつものように、朝からまじめに調合に励んでいたら・・・。
え? そんなに早起きしてるなんて、信じられない?
・・・わかったわよ、白状するわよ。徹夜明けだったのよ。
もう! まぜっかえさないでよ。話が先に進まないじゃない。
とにかく、調合用の大釜をぐるこんぐるこんかき回していたら、いきなり背後からバーン!と来て、ドカーン!よ。
あれは絶対、誰かが外から爆弾を投げ込んだに違いないわ。
不意打ちだったから、さすがのあたしも一瞬、気が遠くなってね。
気がついたら工房の中はめちゃくちゃよ。
窓ガラスや薬ビンは割れてるし、袋に入れてあった調合材料は床中に飛び散ってるし。
まあ、幸い、あたしは大したけがもしなかったけど。
あ〜あ、見てよ、この工房のありさま。片付ける気にもなれないわ。
え? それはいつものことでしょう?
もう、うるさいわね!

ちょっと、ピッコロ!
あたしは出かけて来るから、ちゃんと片付けておいてね。
え? まだ聞きたいことがあるの?
あたしに恨みを抱いてる人はいるかって?
あはは、まさか。
だって、あたしはいい子だもん。そんな、他人に恨まれるようなこと――。
な、何よ、その目は・・・。
わ、わかってるわよ。
確かに、夜中に爆発騒ぎを起こしたり、異臭を漂わせたり、酒場の依頼に失敗したり、イングリド先生を怒らせたり、いろいろ問題は起こしてるけど・・・。
そんな、命まで狙われるようなことはしていないわ。
でも、ほんとに腹が立つわね。
言いたいことがあるなら正々堂々と言えばいいのに。
こんな卑怯なやり方、許せないわ!


<冒険者 ルーウェン・フィルニールの証言>

ええと、俺はあんまり話せることはないな。
『飛翔亭』で朝飯を食って、食後の散歩に繰り出そうとしたら、マリーの工房の方で、でかい音がしたんだよ。
う〜ん、2回、別々の音がしたな。
まず、ガラスが割れるような鋭い音がして、それからワンテンポ遅れて、なにかが破裂するか飛び散るような音がしたよ。
あわててかけつけたんだが、工房の外の通りには怪しい人影は見えなかったな。
え? 工房の中?
うん、覗いてみたよ。マリーが心配だったからな。
マリーと妖精のピッコロが、気絶して床に倒れてた。
マリーは大釜のそば、ピッコロは作業台の陰に転がってたな。他に人影はいなかった・・・と思うよ。しっかり確かめたわけじゃないから、自信はないけどな。
工房の中の様子は――う〜ん、普段と変わりなかったような気がするな。
ほら、マリーの工房って、いつもどうしようもなく散らかってるだろ?
いつだって、爆発があった後みたいなんだから。
ただ、『職人通り』に面した窓のガラスが粉々に割れていたな。
え? マリーに恨みを抱いていたやつ?
思い当たらないなあ。
いるとすれば、マリーにとっ捕まった盗賊どもくらいじゃないのか?


<お手伝い妖精 ピッコロの証言>

ふぇぇん、これ、ボクが全部片付けないといけないんですか・・・?
・・・あ、今朝の出来事のことですね。
ええと、ボクは、お姉さんに『星の砂』を作るように言われてました。それで、作業台の下にもぐって、材料の『星のかけら』を乳鉢ですりつぶしていたんです。ええ、なんか、酒場で大量発注の仕事があったとかで。
ですから、材料が入った大きな袋を後ろに置いて、次から次へと取り出してはトンカチで砕いて、かけらを乳鉢に入れて、ただひたすらゴリゴリと・・・。
『星のかけら』は硬いから、なかなか砕けないんです。それに、粒をちゃんと揃えようとすると、すぐに背中と腕が痛くなっちゃって・・・。
ううう、森に帰りたいよぉ・・・。
・・・あ、ごめんなさい。朝のことですよね。
ボクが作業していたら、いきなり後ろで大きな音がしたんです。
あ、お姉さんもよく実験に失敗して爆発させちゃったりするんですけど、その音とは違ってたような気がします。
で、その後はボクも吹き飛ばされて気絶しちゃったらしくて、緑のバンダナのお兄さんが助けてくれるまでのことは、何も覚えてません。
もう、いいですか? 早く片付けて、作業にかからないと。
はあああ、『星のかけら』がこんなにたくさん、部屋中に飛び散っちゃって・・・。
見てくださいよ、こんなに不揃いなんですよ。
これをちゃんと粒の揃った『星の砂』にしなくちゃ・・・。
何日かかるんだろう・・・。
ぐすん・・・。森に、森に帰りたい・・・。


<王室騎士隊長 エンデルク・ヤードの証言>

うむ、『職人通り』で騒ぎがあったという情報は、遅滞なく王室騎士隊にもたらされた。
当直についていた私は、直ちに部下を率いて現場へかけつけた。
事件が発生してから、一刻と経過していなかったと思う。
現場は『職人通り』に面した赤いとんがり帽子の屋根の工房だった。工房の主は、アカデミー留年生のマルローネで――。
何だ? 留年というのは事実誤認だと?
いや、失礼した。
ともかく、我々騎士隊が到着した時には、マルローネも被雇用者の妖精も保護されていた。マルローネは興奮状態で、満足な事情聴取はできなかったが。
現場の工房は惨憺たる有様だったが、聞けばそれが常態だったという・・・。
関係者の証言と騎士隊の検証を元にすると、断言できるのは以下の事実のみだ。
『職人通り』に面した工房の窓が破壊され、ガラスはすべて工房の内部に飛散していた。外側からの衝撃によって破壊されたことは間違いない。破壊をもたらした物体の正体は不明だ。
なにしろ、工房の内部は見ての通りの状態で、混乱を極めており、検証のしようがなかったというのが実情だからな。
また、破壊行為の目的が、マルローネの生命を狙ったものであったのか否かも断言できぬ。
少なくとも、彼女がザールブルグでよきにつけ悪しきにつけ、注目を集めていたことは間違いないことだ。
本人が知らぬうちに、なんらかの恨みを買っていたという可能性も考慮せねばなるまい。
騎士隊としては、今度とも捜査を続行する所存だ・・・。


<冒険者 ナタリエ・コーデリアの証言>

あたし・・・? あたしは、何も知らないよ。
天気が良かったんで、下宿の屋根裏部屋から外へ出て、屋根で昼寝をしていたんだ。
ええと・・・ちょうど、マリーの工房の向かいの家の屋根の上だよ。ぽかぽかしていたからね、ぐっすり眠り込んでたんだ。
急に突風が吹いたような気がして、目を開けたら、大きな音がしてさ。
で、びっくりして下を見たら、マリーの工房の窓がぐしゃぐしゃになってて、ルーウェンが『飛翔亭』の方から走って来るのが見えたよ。
ルーウェン以外には、あたりに人影はなかったような気がするなあ。
それにしても、ほんと、人騒がせだよねえ。
マリーのことだから、また調合に失敗して爆発させちゃったんだろ?
え、違うの?
えええ? 工房が何者かに襲撃されたんだって?
へえ、マリーを襲うなんて、命知らずがいるもんだね。
な、何なのさ、その目は――。
あたしを疑ってるんじゃないだろうね?
そりゃ、あたしはマリーに盗みの現場を押さえられたおかげで、怪盗稼業から足を洗わなきゃならなくなったけど。
そのことでマリーを恨んだりはしてないよ。
本当だってば!


<冒険者 シュワルベ・ザッツの証言>

俺は何も知らん・・・。
俺の盗賊団を壊滅させたあの女が襲われようがどうしようが、俺には何の関係もないことだ。
・・・・・・。
・・・くどい。
これ以上、話しかけるな・・・。


<アカデミー講師 イングリドの証言>

ふう・・・。
マルローネにも困ったものね・・・。
あんな無茶ばかりしていたら、いつかは人様に迷惑をかけることになる――と、口をすっぱくして言い聞かせていたのに。
ええと、マルローネに恨みを抱いている人はいるかというご質問だったわね。
さあ、どうなのかしら。具体的に思い当たる相手はいませんけれど、あの子の考えなしの行動が他人の誤解を招いて恨みを買ったという可能性はあるわ。
基本的には、優しくて素直で、いい子なのですけれどね・・・。
・・・あ、このことはマルローネには言ってはだめよ、ほほほ。
まあ、大事にならなくて良かったけれど、今度のことはあの子にはいい薬かも知れないわね。
あまり無茶をしていると、いつかは本当に天誅が下ることになりますから。
もう、いいかしら?
研究室へ戻って、講義ノートをまとめなければならないものですからね。失礼するわよ。あの子をよろしくね。


<アカデミー学生 ルイーゼ・ローレンシウムの証言>

え・・・?
あたし、ですか?
ええと、あたしの下宿先は、マルローネさんの工房の真裏にあるんです。
アカデミーを留年してしまったもので、寮にいられなくなって、叔母様の家に下宿させていただいているんです。
あ、今朝のことですよね。
あたし、ぐっすり眠っていたんですけど、大きな音がして、目が覚めたんです。マルローネさんの工房では、よく爆発音とか大きな音がするので、ああ、またかと思って、すぐに寝直してしまいました。ですから、お話しできることは、ないと思います。
・・・ふ、ふわああああ。
あ、ごめんなさい、人前で大あくびしてしまうなんて、失礼ですよね。
実は、昨夜は夜空を見上げて徹夜してしまったものですから。
ふふ、あたし、星を見るのが好きなんです。
特に今は、『熊猫座流星群』の活動が活発化していて、とてもきれいなんですよ。
え? マルローネさんに恨みを抱いていた人・・・ですか?
さあ・・・。
アカデミーのクライスさんとは、しょっちゅう口げんかをなさっていますけれど。
あ、でも、けんかするほど仲がいいとも言いますしね、うふふ。


<クライス・キュールの『読者への挑戦』>

・・・なるほど。
皆さん、たいへん興味深い証言でした。
え? 現場へ行かないのか、ですって?
そんな必要はありません。
なぜなら、私には、マルローネさんの工房で実際に何が起こったのか、手にとるようにわかっているのですから。
わからない人ですね。私は事件の真相を突き止めたと言っているのですよ。
何ですか、その目は。
私が口から出まかせを言っているとでも思っているのですか?
ふん、マルローネさんじゃあるまいし。
私は常に論理的思考に基づいてお話をしますし、行動しているのですよ。
現場を見るまでもありません。実に簡単なことです。
おや、わからないのですか?
皆さんの証言を聞いていれば、真相はおのずと明らかになるはずですが。

さて、あなたはお判りになりましたか・・・?

<解決篇へ続く>


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