戻る

前ページへ

〜50000HIT記念リクエスト小説<網海月様へ>〜

竜虎の対決:策謀篇 Vol.2


Scene−4

「ふふふふふ、そういうことだったの」
アイゼルから報告を受けたヘルミーナは、口元に微笑を浮かべながらうなずいた。舌なめずりするように、ピンク色の舌でくちびるをなめる。それを目にしたアイゼルは、なぜかヘビを連想してしまい、背筋がぞくりとするのを感じた。
「それにしても、ローネンハイム家の当主とはね。あの女もずいぶんとつまらない男を好きになったものね。それとも財産目当てかしら? まあ、わたしにとっては、そんなことはどうでもいいことなんだけれど。ふふふふ」
「あ、あの・・・。ひとつ、お尋ねしていいですか」
アイゼルは勇気を振り絞って聞いた。
「ふふふふ、何?」
ヘルミーナの微笑が、凄みを増す。
「ヘルミーナ先生は、これを聞いて、どうなさるおつもりなんですか?」
アイゼルは消え入りそうな声で尋ねた。できることなら聞かないで済ませたい。でも、ここまで関わってしまった以上、尋ねずにはいられなかった。
「あなたが知る必要はないわ」
微笑を浮かべたまま、ヘルミーナは答えた。色の異なる両の瞳には妖しげで危険な光が浮かんでいる。
アイゼルは逃げ出したくなったが、踏みとどまった。ヘルミーナの突き刺すような視線を受けながらも、心の中に確信めいたものが浮かぶのを止めることはできなかった。
イングリドとヘルミーナは、このザールブルグ・アカデミーの創立者4人のうちのふたりであることは、アイゼルも聞き知っている。そして、まだ幼い少女であったその時代から、ふたりがライバル関係であったということも。もっとも、どうやらヘルミーナが一方的にイングリドを宿敵扱いしているというのが真相らしいのだが。ヘルミーナにとっては、イングリドはどうしても倒さねばならない仇敵らしいのだ。
そうであれば・・・と、アイゼルは思いをめぐらす。
イングリドに恋人ができたと知れば、必ずヘルミーナはそれを妨害しようとするだろう。それにどのような手段が使われるのか、恐ろしくて想像したくもない。
「あなた・・・何を考えているの」
不意に尋ねられて、アイゼルははっと顔を上げた。威圧するようなヘルミーナの眼差しに、身がすくむ。
「あ、いえ、何も・・・」
しどろもどろになって答える。だが、完全に心を見透かされてしまったような気がしてならない。
「まあ、いいわ。ご苦労だったわね。もう行っていいわよ」
ヘルミーナの言葉に、呪縛を解かれたような気分で、アイゼルは退出しようとした。背後から、師の声が追いかけてくる。
「それからね、アイゼル。わかっているとは思うけれど、このことは他言無用よ・・・。もし誰かにしゃべったら・・・ふふふふふ」
心底からぞっとする思いを味わって、アイゼルは逃げるように寮棟の自室に向かった。当分は、何も手につきそうになかった。
ひとり研究室に残ったヘルミーナは、巧妙に隠された秘密の戸棚から、小さなガラス壜を取り出した。中身のどろりとした液体は、光を受けて、ピンク色から暗赤色まで変化しながら、渦巻いているように見える。
これこそ、ヘルミーナが秘術の限りを尽くして調合した、男の心を自由に操ってしまうという秘薬だった。
「ふふふふふ、見てらっしゃい、イングリド・・・。あなただけにいい思いはさせないわ。奪ってやる・・・。たとえ、どんな手段を使ってもね。女としても、わたしの方が上だってことを、思い知らせてやるわ。ふふふふふ」

その日も授業が終わり、分厚い参考書を抱えて、イングリドは自分の研究室に戻って来た。
肩を叩いて凝りをほぐし、ひとつため息をつく。
今夜も、マクスハイム家でパーティがある。それに出席しなければならない。
昼間は授業、夜はパーティと、このところハードなスケジュールが続いており、疲れもたまっている。だが、泣き言を言っている暇はない。もう少しで、うまくいくのだから・・・。もう少しで、あの男に「うん」と言わせることができるのだから・・・。
研究室に足を踏み入れたイングリドは、一瞬、不安を感じた。
いつもと、なにかが違う・・・。
だが、身体が反応するより先に、部屋中に充満していた気体を吸い込んでしまった。
(これは、『安眠香』の・・・)
猛烈な眠気に襲われ、思わず膝をつく。すうっと意識が遠のいていく。必死に気を確かに保とうとするイングリドの口と鼻に、湿った布が押し当てられた。 イングリドは、完全に意識を失い、自分の身体を後ろから支える手にも気付かなかった。
「ふふふふふ、他愛もないものね」
『ズフタフ槍の水』をしみこませたハンカチを握ったヘルミーナは、顔の下半分をマスクでおおったまま、大きく窓を開け放ち、仕掛けておいた『安眠香』の煙を完全に追い出した。
「ふふふ、『お迎えの薬』を使ってもよかったのだけれど、そうしたら、今後あなたをいたぶる楽しみがなくなってしまうものね。ふふふふ」
イングリドを床に横たえたまま、ヘルミーナは奥のドアを開けて、イングリドの寝室に足を踏み入れた。
「アイゼルの情報だけでは満足できないわ。自分の目で確かめないとね、ふふふふふ」
遠慮のかけらもない足取りでイングリドの化粧台に近寄る。そして、そこに並べられた化粧品や装飾品をひとつひとつ取り上げ、丹念にながめる。
「ふうん・・・。これはただの口紅ではないわね。どうやらリリー先生直伝の『魅惑の口紅』のようだわ。この壜は・・・ふん、『シャリオ乳液』に『ホッフェンシャル』か・・・。ずいぶんとまあ、色気づいたものね。それから、『フレイアの髪飾り』に『乙女の涙』・・・。どれも男の気を引くアイテムばかりじゃない。それにしても、まわりくどいことをするものね。わたしなら、あの薬を使って一発で決めてしまうのに・・・」
ヘルミーナは、つぶやきながら、化粧台のいちばん奥に置いてあったロケットに目をとめた。両の瞳が妖しく光る。
ロケットの鎖をつかみ、目の前に差し上げると、金属製の蓋に指をかけた。
パチン、と軽い音がして、蓋が開く。覗きこんだヘルミーナの目に、まぎれもないグスタフ・フォン・ローネンハイムの肖像画が飛び込んで来た。
「ふふふ、これで決まりね・・・」
ヘルミーナは蓋を閉じたロケットを無造作に投げ出すと、あらためて室内を見まわした。
「あら、これは・・・?」
部屋の奥、ベッドの脇に置かれた壷に目がとまる。全体にルーン文字や魔術記号が描かれたそれは、間違いなくなにか魔力を秘めたものだ。
「見た目は、『錬金術の壷』に似ているわね」
『錬金術の壷』は、別名を『世界霊魂の壷』ともいい、世界の基本的な構成要素となっている不思議な物質『世界霊魂』が自然にたまっていく壷だ。だが、このイングリドの壷は、どことなく異質な雰囲気をたたえている。
ヘルミーナは、注意深く壷の蓋を取り去った。
ピンク色をした煙が立ち昇る。
ヘルミーナは気体に触れないように素早く身をかわすと、取り出したガラスの小壜にその靄めいた煙を収め、封をした。壷にも急いで蓋をする。
「ふうん、あの女が何をたくらんでいたのか知らないけれど、この煙の成分と効果は後でゆっくりと分析してみないとね。ふふふふふ」
ヘルミーナは寝室から研究室へ戻った。
イングリドがよく眠っていることを確かめる。
「当分は、目が覚めないはずね。チャンスは今夜しかないわ。善は急げ、とも言うしね、ふふふふ」
ヘルミーナはイングリドの寝顔に勝ち誇ったような笑顔を向けると、ローブをひるがえし、部屋を出ていった。


Scene−5

マクスハイム家では、今宵のパーティがすでに始まっていた。
ザールブルグでも屈指の名家であるマクスハイム家の正門には、警護の私兵が門番として立っている。
数年前、謎の怪盗デア・ヒメルによる盗難事件が続発して以来、どの貴族の家も警備を強化していた。パーティの出席者は、招待状を門番に見せ、身分を確認した上で、中に通される。
ザールブルグの上流階級が住む屋敷町はひっそりと静まり返り、パーティが行われているマクスハイム家だけが、華やかな音楽と灯りに彩られている。
石畳の道を、足音をしのばせて歩いてきたヘルミーナは、マクスハイム家の正門をそっとうかがった。すでに招待客のほとんどは到着したらしく、若者と中年男のふたりの門番は、なにやらしゃべりながら、暇そうに立っている。
街路樹がつくる闇の中に立ったヘルミーナは、ポケットから指輪を取り出すと、素早く指にはめた。
とたんに、ヘルミーナの姿がかき消えたように見えなくなる。装備した者を一時的に透明にする『ルフトリング』を使ったのだ。
そのまま、ヘルミーナは堂々と正門を通りぬける。ふたりの門番は、まったく気付かない。聖騎士ででもあれば、気配に感づいたかも知れないが、冒険者くずれでしかないこの門番には、とてもそれだけの技量はない。
開け放しになっている正面玄関の扉を抜けると、ロビーに置かれた彫像の陰で、ヘルミーナは『ルフトリング』を外した。
そ知らぬ振りでパーティが行われている大広間に入ったヘルミーナは、メイドからワインのグラスを受け取ると、何気ない顔で、笑いさんざめきあう人々の間を通り抜けていく。
その間にも、ヘルミーナは鋭い視線を四方にめぐらせ、ひとりひとりの顔を検分していく。
目的の相手は、さほど時間をかけずに見つけることができた。
ローネンハイム家の当主は数人の貴婦人に囲まれ、ワインに頬を赤くして、楽しそうにおしゃべりに興じている。
(ふ・・・。見るからに軽薄そうな男ね。イングリドの趣味が悪いのはわかっていたけど、これほどとはね・・・)
ヘルミーナは、何気ない振りを装って、ひとりの貴婦人を軽く押しのけ、ローネンハイム氏との間に身を割り込ませた。
ローネンハイム氏の目に興味深そうな光が宿った。
「おや、あなたとは、どこかでお会いしましたかな」
さりげなくワイングラスを触れ合わせたヘルミーナは、丁寧な口調で言う。
「いいえ、初めてお目にかかると思いますわ、ローネンハイム様」
口元に微笑を漂わせながら、ローネンハイム氏の目を見つめる。ローネンハイム氏も、ヘルミーナの左右の瞳の色が異なるのに気付いたようだ。
「失礼だが、あなたもアカデミー関係の方ですかな」
ヘルミーナは微笑みながらうなずく。
「なるほど。いや、イングリドさんと服装が似ていたものですからな。それと、目の色ですな。非常に魅力的だ。このような不思議な瞳の持ち主は、ふたりといないと思っておりましたが・・・」
「イングリドは、残念ながら、急用で、今夜は来られなくなってしまいました。それで、わたしは、ローネンハイム様にイングリドからの伝言をお伝えするよう、頼まれて来ましたの」
ヘルミーナは平然と口からでまかせを言った。ローネンハイム氏は納得したようにうなずく。
「ああ、そうでしたか。私の方からも、今日お目にかかった時に最終的なご返事をするつもりだったのですが。なにしろ、これはお互いにとって、非常に重要なことですからな」
ヘルミーナは表情は変えなかったが、心の中では驚いていた。
(非常に重要なこと・・・? まさか、もうプロポーズまで話が進んでいたなんて・・・。もう少しで手遅れになるところだったわ)
でも、もはや獲物は自分の手のうちにある。ヘルミーナはほくそえんだ。
「では、伝言をお伝えします。でも・・・」
と、ヘルミーナは周囲を見まわした。
「ここは、人が多すぎますわ」
ローネンハイム氏は、わかっている、というようにうなずいた。
「では、2階のバルコニーに参りましょう」
と、ヘルミーナの手を取り、先に立とうとする。
「ちょっとお待ちになって。わたし、新しい飲み物を取ってまいります。すぐに行きますから、先に行って、お待ちになっていて」
ヘルミーナは、つとその場を離れる。ローネンハイム氏は、わずかに不満そうな表情を見せたが、やがて肩をすくめると、黙って2階への階段を上っていった。
ヘルミーナは通りかかったメイドから赤ワインのグラスと取ると、ローネンハイム氏の後を追った。階段の踊り場で立ち止まり、取り出したガラスの小壜から、液体を1滴、ワインにたらす。男の心を自由に操る、ヘルミーナ秘伝の惚れ薬だ。
月明かりに照らされたバルコニーでは、手すりにもたれてローネンハイム氏が待っていた。ヘルミーナが、秘薬入りのワイングラスを手渡す。
「伝言をお伝えする前に、乾杯しましょう」
と言って、ヘルミーナは自分のグラスを掲げた。それに応じるように、ローネンハイム氏もグラスを上げる。ヘルミーナの目は、相手のグラスに注がれていた。
この中身をひとくち飲んだならば、この男の心は思いのままになる。イングリドを絶望の底に叩き落してやることができる。
その瞬間・・・。
「シュタイフブリーゼ!!」
叫び声とともに、一筋の雷光がひらめき、ローネンハイム氏のグラスを直撃した。一瞬遅れて、鋭い雷鳴がとどろく。
グラスは粉々に砕け、中身はむなしく床に飛び散った。
ローネンハイム氏は衝撃で弾き飛ばされ、腰を抜かしたように床に転がった。厚いカーペットのおかげで、けがをすることは免れたようだが、どうやら気を失っている。
「なんとか間に合ったようね」
ホウキにまたがって空中から現われたイングリドは、そのままバルコニーに降り立った。胸を張り、真剣な表情でヘルミーナをにらみつける。
「あらやだ。もう目が覚めちゃったの?」
ヘルミーナはとぼけた顔でしれっと言う。
「危ないところだったわ。それにしても、あなた、わたしの魔法耐性を甘く見ていたようね」
「ふふふふふ、確かにね。まあ、あなたが鈍感なのは、今に始まったことじゃないけど」
「ほほほほほ。鈍感なのはあなたの方だわ」
と、イングリドはからかうような微笑を口元に浮かべた。
「ヘルミーナ、あなたの考えることなんて、お見通しよ。大方、わたしとローネンハイムさんの関係をやっかんで、邪魔でもするつもりだったのでしょうけれど、そうは問屋がおろさないわ。ほほほほ」
「もし、そうだとしたら、どうするつもり?」
ふたりの視線がぶつかり合い、空中で火花を散らす。床に倒れこんで動かないローネンハイム氏は、完全に無視されている。
「その前に、言っておくわ。ヘルミーナ、あなたは完全に勘違いをしている。まあ、はやとちりして過激な行動に出るのは、昔からあなたの悪い癖だったけれどね。ほほほ」
と、イングリドはローネンハイム氏に冷ややかな眼差しを向けた。
「こんな女たらしの悪名高い男を、わたしが好きになるはずがないでしょう。すべては、アカデミーのためにやったことだったのよ」


Scene−6

「そう、すべては私の指示だったのだよ」
アカデミーの校長室で、イングリドとヘルミーナを前にして、校長のドルニエは静かに語った。
イングリドは落ち着き払っており、勝ち誇ったような視線をヘルミーナに向けている。逆にヘルミーナは殺気立った雰囲気を発散させており、ドルニエもやや気おされているようだ。
「ここ数年、アカデミーは生徒の数も増え、それにつれて出費が増えている。王室からの援助はあるが、それだけでは、このままの状態が続けばアカデミーの財政は成り立たなくなってしまう。それはヘルミーナも知っているだろう」
ヘルミーナは黙ってうなずいた。だがその視線は険しいままだ。
「そこで、有力な貴族で、資産家でもあるローネンハイム家に、なんとか援助をお願いできないか、協力を依頼することにしたのだよ」
ドルニエは言葉を切り、ひとつ大きなため息をついた。
「だが、あの当主は、私の話には耳を傾けてはくれなかった。そこで、私は様々な情報を集め、当主の弱点を突くことに決めた」
と、ドルニエはイングリドを見やる。
「あのローネンハイム家の当主は、世間の噂通り、女性に弱い。女性ならば、話を聞いてくれるかも知れん。そこで、イングリドを派遣して、当主を説得しようとしたのだよ」
ドルニエは、理解を求めるようにヘルミーナを見た。
ヘルミーナは氷のような声音で言った。
「事情はわかりました。でも、どうしてイングリドなのですか? わたしではなく」
「ヘルミーナ、君はその・・・なんというか、行動が過激過ぎる。何をしでかすかわからないという不安がある。目的達成のためなら、どんな手段でもとったことだろう。たとえ、人倫にもとるような行動であっても・・・。私はそれを恐れたのだよ」
「例えば、惚れ薬を使うとかね」
イングリドがぴしゃりと言う。
ヘルミーナはイングリドをにらみつけ、
「あら、あなただって、ずいぶんといろいろなアイテムを駆使して、あの男の気を引こうとしていたみたいじゃないの」
「ほほほほ、あなたは気付いていないようね。わたしが使っていたのは、すべて男性との間の友好度を上げるためのアイテムよ。魅了アイテムは使ってはいないわ」
「時間がかかるかかからないかだけで、同じことじゃない」
「いいえ、違うわ。友好度を上げて、好意を持たれるようにして、財政援助の話をうまくまとめようとはしたけれど、あんな男に本気で惚れられでもしたら、堪らないからね。ちゃんと対策は打っていたのよ」
イングリドはヘルミーナを見やり、笑みを浮かべた。
「あなたも、わたしの部屋にあった壷を見たでしょう?」
「ええ、見たわ。あの煙の成分分析はまだやっていないけれど。何なの、あれ?」
「あれは、『レンキン術の壷』よ」
「へ? でも、普通の『錬金術の壷』とは、明らかに違うと思うのだけれど」
「ほほほほ、字が違うわ。『錬金術』じゃなくて『恋禁術の壷』よ。まあ、言ってみれば惚れ薬と逆の効果を持ったものね。あの煙を全身に浴びておけば、好意を抱かれることはあっても、絶対に誰からも惚れられることはないのよ。効果は一時的なものだけれどね」
「まあ、あきれた。よくもまあ、そんなくだらないものを作ったものね」
「あら、妖しい惚れ薬ばっかり作ってるあなたよりは、よっぽどましだと思うけど」
「そうかしら。ふふふふ」
「そうよ。ほほほほ」
にらみあうふたりに、ドルニエがおずおずと口をはさむ。
「ど、どうかね。今夜はもう遅い。ふたりとも、そろそろ部屋に引きとって、休んだらどうだね」
「わたしは、先ほど強制的にたっぷり眠らされましたから、あまり眠くないんですけど」
イングリドがヘルミーナを見やり、皮肉たっぷりに言う。
「でも、ドルニエ先生もお休みになりたいでしょうから、これで失礼しますわ」
イングリドは一礼すると、ローブをひるがえして部屋を出る。すぐにヘルミーナも後に続く。

暗い廊下を、自室に向かって、ふたりは黙々と歩いていく。
ヘルミーナが舌打ちして、ひとりごとのように言う。
「まったく、ほんとに人騒がせなんだから」
「人騒がせはどっちよ。少しは自覚したら?」
「それにしても、イングリド、あなたの男の趣味は最悪だってことが確認できたと思ったのにね」
「誰が、あんなやつ。わたしの趣味はもっといいわ」
「へええ、それじゃ、どんな人がいいわけ? というより、あなた、好きな人のひとりもいないのかしら。ずいぶんと寂しい人生ね。ふふふふ」
「わたしには、もっと大切なものがあるもの。錬金術を極めて、それを世界中に広めるという使命がね。その使命を忘れさせてくれるほどの人物が現われれば別だけれど」
イングリドは歩みを止め、ヘルミーナを振り向く。
暗がりなので、お互いの表情は見えない。
「ヘルミーナ、あなたこそ、どうなの。まあ、あなたに惚れられたりしたら、その相手こそ災難でしょうけど。ほほほ」
「わたし? わたしは、そうね・・・」
ヘルミーナは考え込むように言葉を切った。もう自室のドアの前まで来ている。
ヘルミーナはドアを開けながら、つぶやくように言った。
「イングリド・・・。もしあなたが男だったら、考えないこともないんだけれどね・・・
「え? 今、何て言ったの?」
しかし、ヘルミーナはすでに閉まったドアの向こうへ姿を消していた。

<おわり>


<付録>

−<恋禁術の壷・レシピ>−
魅了の粉3.0
白と黒の心2.0
世界霊魂の壷1.0
中和剤(青)1.0
アタノール・トンカチを使用


○にのあとがき>

「ふかしぎダンジョン」50000HITキリリク小説をお届けします。
えっと、50000HITを達成したのは2002年1月のことでしたが、決して今までキリリクをサボっていたわけではありません(笑)。
50000HIT謝恩企画「リリーの同窓会」を始めてしまったため、キリ番を踏まれた網海月さんから、「キリリクは保留にしといて、『リリ同』を優先してちょーだい」とありがたいお言葉をいただいたわけで。

で、すっかり忘れていた頃に、「そろそろ書いてもらおっかな〜」とリクエストをいただいたのです(汗)。
しかも、いただいたお題は「竜虎の対決 恋愛篇」
うわわ、これは難題でした〜。
自分の中では、イングリドさんとヘルミーナさんは、恋愛などという俗事を超越したところに、その存在意義があるのだと思っていましたので。
いろいろと考えましたですよ。いっそ、恋愛事件にからめてヘルミーナさんの性格変貌の謎を解いてみようか、とか。でも、それはやめました。やっぱりあの部分は、アトリエファンにとって永遠のブラックボックスにしておかねばならないと思いましたから。

で、結局、苦し紛れにこんなお話になってしまいました。よく読むと、全然『恋愛篇』になってないよ(滝汗)。
今回の対決は、イングリドさんの判定勝ちというか、ヘルミーナさんの反則負けというか、そんな感じでしたね。でも、最後のセリフは案外ヘルミーナさんの本音なのではないかと・・・。

網海月さん、こんなものでよろしかったでしょうか??


前ページへ

戻る