戻る

オットーのフレッシュ宅配便


第1章 出会った3人

港町カスターニェ。
真夏とはいえ、夕方も近くなると、気候は過ごしやすくなる。
日は大きく西に傾き、穏やかにうねる海原に向かってゆっくりと沈んでいく。
潮の香りを含んだ海風が、やさしく頬をなぶって通り過ぎていく。
寄せてはかえす波音や、海鳥の鳴きかわす声が、心地よく耳をくすぐる。

砂の混じった石畳の道に軽い足音を響かせ、夏の服装としてはいささか暑そうな錬金術服に身を包んだ3人の男女が、にぎやかに話しながら歩を進めている。
3人の錬金術服の襟には、おそろいの金の記章が光っている。
錬金術を教えるザールブルグ・アカデミーのマイスターランクに所属している証だ。

「それにしても、びっくりしたよね。ケントニスからの定期船を降りてきたら、砂丘にノルディスがいるんだもん」
と、オレンジ色の錬金術服に風変わりな帽子をかぶったエリーが、今日何度目かの言葉を繰り返す。
「そう。しかも、誰かさんの手作りのお弁当まで持っているんですもの。目を疑ったわ」
いささか皮肉っぽい口調で付け加えるのは、ピンク色の錬金術服に身を固めたアイゼル。でも、エメラルド色の瞳には微笑が浮かんでいる。

「や、やだなあ。何度も言ってるじゃないか。あれは、ぼくがユーリカさんのお母さんに薬を調合してあげたから、そのお礼に・・・」
あわてたように話すのは、線は細いが知的な顔立ちのノルディスだ。
「うふふ、ノルディスったら、そんなに真剣にならなくてもいいよ。わかってるから」
「ええ、ユーリカは、あたしたちにとっても恩人ですもの」
とは言いながら、ノルディスが傍らに置いていたバスケットの中身、手作りのサンドイッチをはじめて見た時に、アイゼルが目をつりあげて詰め寄ったのは事実だ。

「でも、さすがはノルディスだよね。あのエリキシル剤をあっさり調合して、ユーリカのお母さんを助けてあげちゃうなんて」
エリーはしきりに感心している。
「ほんとね。以前からノルディスが言っている、錬金術は人を助けるために役立てたいという言葉を実践したんですものね」
アイゼルはまぶしそうにノルディスを見やる。夕日が目にしみたためだけではないようだ。
「うん・・・。ぼくもしばらく悩んでいたんだけれど、これでようやくふっ切れたみたいだよ。最初はケントニス・アカデミーまで行くつもりで、ここまで来たのだけれど、その必要もなくなったみたいだ」
穏やかな表情で、ノルディスが言う。
「アイゼルも戻って来ちゃったしね・・・」
エリーがつぶやく。今の言葉はノルディスには聞こえなかったようだ。頬を染めたアイゼルににらまれ、舌を出すエリー。

3人は、仲良くカスターニェの中央通りに向かって歩を進める。
交流研究生としてケントニス・アカデミーに滞在していたエリーとアイゼルは、今日カスターニェに着く定期船で戻ってきたところだった。そして、ノルディスは自分の研究に行き詰まり、ケントニスに向かおうとして訪れたこの港町で、魔物に襲われて瀕死の状態だったユーリカの母親のことを知り、エリキシル剤の調合に成功して彼女の命を救ったばかりだった。
エリキシル剤の調合に成功したことで、ノルディスがケントニスへ行く意味はなくなっていた。こうして、偶然出会った3人は、今夜はカスターニェに泊り、明朝の乗り合い馬車でザールブルグに帰ることにしたのだった。

「ねえ、ちょっと寄っていこうよ」
この町でただひとつの宿屋、『船首像』の手前で、エリーが足を止めた。
そこには、『オットーの雑貨屋』と看板が掛けられている。
「なあに、お土産でも買うつもりなの?」
「そうじゃないよ。せっかく来たんだから、材料を仕入れていかなくちゃ」
と、エリーはドアを押し開け、中に入る。

「こんにちは、オットーさん」
「何の用だァ?」
無愛想な声が返る。この店の主人で、現役の船乗りでもあるオットーが、カウンターの向こうからこちらをながめている。細身だが、整った顔立ちと鋭い視線は、日焼けした肌とあいまって、精悍な印象を与える。
アイゼルは物珍しそうに、店の奥へ入っていく。ノルディスは目でオットーに会釈し、陳列されたカスターニェの産品をながめる。

エリーはさっそく、カウンターに張り付いて、注文を並べ立てる。
「ええと、風船魚を20と、島魚のヒゲを5、それから針樹の果肉を15でしょ、は・・・ええい、30ください!」
オットーは無表情でそれを書きとめていく。

「あら、ずいぶん買うのね。それにしても、風船魚なんて、何に使うの?」
店内を一周してきたアイゼルが、不思議そうに尋ねる。
それはそうだ。毒性が強いため食用にもならない風船魚をたくさん買い込んでいるのだから。
「えへへ、秘密」
エリーの答えはそっけない。『飛翔亭』のクーゲルから受ける毒薬の依頼に応えるために、工房で風船魚の毒を量産していることを知られたら、どんな噂を立てられるかわかったものではない。

「それだけでいいのか。じゃあ、あんたの家へ宅配しておくぜ」
エリーが代金を払うと、オットーははじめて歯を見せて笑った。
「ありがとうよ、またよろしく頼むぜ」

「あの・・・今、宅配するって、おっしゃいましたよね」
ノルディスが不思議そうに尋ねる。
「今、エリーが頼んだものって、ほとんどが生ものだと思うんですけど、この真夏に送って、大丈夫なんですか?」
「そうよね、いくら荷馬車で送るといっても、20日近くかかるし・・・」
アイゼルも眉をひそめる。
「そういえば・・・そうだよね」
エリーも、今はじめて気付いたような表情で考え込む。
「何度も宅配をお願いしたけど、いつも採取したてのような感じで届いてたよね。不思議だなあ」

オットーは、3人の顔を見渡して、にやりと笑う。
「ふふふ、そいつは企業秘密だ・・・と言いたいところだが、あんたらには借りがあるからな。教えてやるよ。秘密は、この宅配ボックスにあるのさ」
オットーは店の奥から大きな箱を出してくると、カウンターの上に置いた。
「へえ、これが・・・?」
一見して、何の変哲もない石作りの箱に見える。側面に持ち上げるための取っ手が付いている他は、目立った特徴はない。一枚板でできているふたは、別になっており、ぴったりとはまりこむようになっているらしい。

「そうだ。そっちのお姉さん、ちょっとこの箱を持ち上げてみてごらん」
声をかけられたアイゼルは、いぶかしげな表情を浮かべる。
「無理よ。いくら空箱でも、こんな大きさですもの。腕をくじいてしまうわ」
「まあ、だまされたと思って、やってみなよ」
オットーにうながされ、アイゼルはおそるおそる取っ手に手を伸ばした。
箱は、アイゼルの肩幅よりも大きい。左右の手で取っ手をつかんだアイゼルは、大きく息を吸い込むと、力をこめた。

「あら・・・?」
意外そうな声がもれる。
アイゼルは、大きな箱を軽々と持ち上げてしまっていた。
「不思議だわ。ほとんど重さを感じない・・・。どういうこと?」
「中身を入れても同じことさ。でも、秘密はそれだけじゃない。この箱に入れてふたをすれば、次に開ける時まで、中身は新鮮なままに保たれるんだ」
オットーは得意げに言う。

それまで黙っていたノルディスが、ぽつりとつぶやく。
「魔法ですね・・・」
「ほう・・・さすがだな。その通り、この箱は錬金術でつくられているんだ」
「ええっ!?」
「いったい、誰が・・・」
エリーとアイゼルの声が重なる。
「せっかくだから、話してやろう。ちょうど、店じまいの時間だしな・・・」
そして、オットーは、7、8年前の出来事について、話しはじめた。

・・・あの時も、錬金術師がカスターニェにやって来た。でも、あんたらとは随分と感じが違ってたっけな・・・。


第2章 やって来た3人

「ふわあああ、やっと着いた。潮の香りがするよ。気持ちいいね」
馬車から飛び降りたマリーは、長い金髪をかき上げながら、目を輝かせて大きく伸びをした。ついでに大きなあくびも出る。

「やれやれ、馬車の中であれだけ大いびきだったのに、まだ眠り足りないようですね、この人は・・・」
続いて馬車を降りてきたクライスは、まぶしい日差しに顔をしかめ、銀縁眼鏡の位置を整える。もともと色白のクライスだが、今日は特に顔色がさえない。

「何よ。腰が痛くなっただの、乗り物酔いで気分が悪いだの、クライスが騒ぎっぱなしだったおかげで、あたしも寝不足だったんですからね!」
マリーはぴしゃりと言い返す。
クライスは、相手にするのも大人げない、という調子で肩をすくめ、日差しを避けるようにマントを身体に巻きつける。

「ま、研究室にこもりきりの兄さんにゃ、この馬車の揺れはちょいときつかったかも知れないな。とりあえず、宿屋に落ち着くことにしようぜ」
最後に降りてきた、冒険者のルーウェンが、いちばん常識的な意見をはく。

馬車の停留所になっている広場から、緩やかに海に向かって下っていくカスターニェの中央通りを、3人の旅行者はゆっくりと進んでいく。
ルーウェンとクライスはさっさと歩いていくのだが、マリーは目に入るものすべてが珍しいらしく、いちいち歩を止めて、真剣に見入っている。
「あら!」とか「きゃっ!」とか、マリーの口から言葉がもれる度に、ルーウェンは苦笑し、クライスは聞こえよがしに大きなため息をつく。

「それにしても・・・」
道端で店開きしている干し魚の屋台に張りついて離れないマリーを見やり、ルーウェンはうんざり顔のクライスに問いかける。
「よく、あんたがこんな遠くまで出かけてくる気になったもんだな」
「仕方ないでしょう。賭けに負けたんですから」
クライスは相手の顔を見もせず、ぽつりと答える。

「へえ・・・。どんな賭けだい」
「ある魔物を、あの問題児が退治できるかどうか、という賭けです。賭けを受ける時に、多少の不安があったことは確かですが・・・。いくら『爆弾娘』でも、まさかあの火竜フランプファイルを倒してしまうとは・・・」
「おっと、そういうことか」
ルーウェンは口をつぐむ。騎士隊長のエンデルクと一緒に、マリーの火竜退治に協力した冒険者が自分だということは、クライスには黙っておいた方が良さそうだ。

「結局、こんな遠くまで採取の旅に付き合わされることになってしまいました。すぐにでもマイスターランクへの進学研究課題に取りかからねばならないのですが・・・」
誰に言うともなくぶつぶつとつぶやいているクライスを盗み見して、ルーウェンは思わず笑みを浮かべた。 ルーウェンを旅に誘った時のマリーの言葉を思い出したのだ。
(アウラさんにも頼まれてるのよ。研究室にこもりっきりで、運動不足気味なクライスを遠くへ連れ出してくれって。マイスターランク進学を前にしての気分転換にもなるからって。で、前から行きたかった海辺の町へ行って、いろいろと珍しいものを採取して来ようと思うんだけど・・・)

ようやく、宿屋『船首像』に着いた。
亭主のボルトから情報をもらった一行は、翌日から千年亀砂丘に出かけた。
そして、内陸のザールブルグでは採れないような珍しい品々をかご一杯に採取して来たのだった。

「いやあ、大漁、大漁」
ムッシェルゼグラス草針樹の果肉などがぎっしりと詰まった採取かごを下ろすと、マリーは満足げに『船首像』のテーブルについた。
カウンターのボルトから、ルーウェンが飲み物を受け取り、運んでくる。
クライスは相変わらず不機嫌そうな顔でぷいと背を向け、酒場の片隅に据えられている大きな水槽に近づいて、泳ぎ回る魚の群れを観察している。だが、日焼けしたためか、ここへ着いた時よりも健康そうに見える。

「随分と採ってきたな」
ボルトがかごの中身を見て、カウンター越しに声をかける。
「えへへ。ボルトさんが穴場を教えてくれたおかげよ」
マリーは上機嫌だ。
「そうか。じゃあ、今度はとっておきの場所を教えてやろう。ミケネー島って知ってるか? あそこは昔に大陸から切り離された島だから、いろいろと珍しいものがあるぜ」
「え? 他にもそんな穴場があったの? さっそく明日にでも行かなくちゃ。ね、ルーウェン。クライスも、いいわね」
疲れ知らずのマリーの、はしゃいだ声が響く。

処置無し・・・というふうに、肩をすくめ苦笑いするルーウェン。
しかし、クライスは冷徹さを失ってはいなかった。
くるりと振り向くと、右手で眼鏡を整える。眼鏡の奥の青い瞳がキラリと光った。
「相変わらず、あわて者ですね、あなたは。あきれてものが言えません」
「な、何よ、いきなり。あたしのどこが、あわて者だって言うのよ!」
マリーが口をとがらす。

「ふ・・・。マルローネさん、あなたは重要な事実を見逃しています。その、テーブルの上の採取かごを見れば、一目瞭然でしょう」
クライスは、口元に冷笑を浮かべながら視線をマリーの採取かごに移す。
かごは、この数日の収穫物で満杯だ。ルーウェンとクライスのかごも、同じ状況だ。
「これ以上、どこに採取したアイテムを入れるというのですか?」
この言葉を聞いたマリーは、あんぐりと口を開ける。
「これ以上の採取はあきらめて、素直にザールブルグへ持って帰るしかないですね。では失礼・・・」
クライスは2階の寝室へ向かおうとする。

「ちょっと待ちなさいよ、クライス! そんな言い方ないでしょ!」
テーブルを叩いて立ち上がったマリーは、目をつりあげてクライスに怒鳴る。そして、素知らぬ顔でグラスを磨いているボルトに、
「ねえ、お願い、この荷物を預かってもらえない?」
ボルトはすまなそうに、
「悪いな。腐りやすいものも多いし、うちではそういうサービスはやっていないんだ」

「でも・・・」
金髪を振り乱し、情けない表情ですがるような眼差しを向けるマリーに、ボルトは思い出したように言う。
「そうだ。隣のオットーの店に行ってみたらどうだ。あそこは雑貨屋だから、町内への配達をやってる。遠距離の配達もやってくれるかも知れないぜ」
ボルトの言葉が終わる前に、マリーは出口に向かって走り出していた。
「クライス! あんたも来るのよ、いいわね!」
あ然とするボルト。ルーウェンは右手でクライスに合図し、マリーを追う。

「いくら何でも、そいつは無理な相談だな」
若くして、親譲りの雑貨屋の経営者となって間もないオットーは、急に押しかけてきた風変わりな3人組の話を聞くと、少し考え込んだが、はっきりと答えた。
「いいか、考えてもみろよ。たしかにうちは、注文された商品の配達をやっちゃいるが、相手は町内のおかみさんたちだけだぜ。みんな、30分もあれば届けられる距離だ。真夏でも、氷で冷やしておけば十分さ。でも、あんたらはザールブルグから来たんだろ? 馬車でも17日もかかるんだ。たしかに、あんたらの荷物を荷造りして、送り出すことはできるさ。しかし、届くまでに、みんな腐っちまうよ」
オットーは、細く見えるが日焼けした筋肉質の腕で、配達用の木箱を叩いてみせた。

ほら、ごらんなさい・・・というように、クライスは大きくうなずいてちらりとマリーに流し目をくれる。
「仕方ないよ。あきらめて帰るとしよう。また出直してくればいいさ」
がっくりと肩を落すマリーに、ルーウェンも慰め顔で声をかける。だが、
「待てよ・・・」
とルーウェンはあごに手を当てて考え込む。
クライスは、すでにマントをひるがえして出口に向かっている。
ルーウェンが右手を上げて呼び止める。
「待った! たいへんなことを忘れてたぜ」

いぶかしげな表情でクライスが振り向く。マリーは、まだうつむいて頭を抱えている。
「俺たちが採ってきた代物も、これから持って帰るとすれば、馬車で17日かかることになるぜ。そうしたら、どうなると思う?」
マリーが、はっとして顔を上げる。
クライスも、一瞬、愕然とした表情を浮かべたが、やがて押し殺した笑い声をもらす。
「ははは、わたしとしたことが、そんな単純なことにも気付かずにいたなんて・・・。たしかに、このまま馬車で帰っても、全部腐ってだめになってしまいますね」

クライスは、さもおかしそうに続ける。
「どうも、わたし自身、マルローネさんと一緒にいたせいで、頭が鈍っていたようです。どだい、こんな遠くまで材料採取に来ること自体、愚かな行為だということを、出発前に気付かなかったことが失敗でした。随分と、時間を無駄にしてしまいました。さっそく、明日の馬車でザールブルグに戻ることにしましょう・・・手ぶらでね
言い捨てると、クライスは店を出ようとした。

「待ちなさいよ!」
マリーのよく通る声が、それを制した。
「あなたは、それでいいの!? 無駄にした時間を取り返したいとは思わないわけ!? なにか方法があるはずよ・・・。考えもしないで最初からあきらめちゃうなんて、そんなことでマイスターランクに行けると思ってるの!?」

クライスは顔だけをマリーに向ける。右手を眼鏡に添え、
「わたしは常識人です。あなたのようにむちゃくちゃな論理をふりかざす人は相手にしたくありません。宿へ帰ります。では失礼」
「だめよ・・・行っちゃだめ・・・。早い話が、ものを腐らせないで運ぶ方法を考えればいいんでしょ。クライス! あなた、主席なんだからそのくらい考えてよぉ・・・」
マリーは半分涙声になっている。

心を動かされた様子も見せず、背を向けたままクライスは冷静に答える。
「形ある物は、時が経過すればすべて壊れ、崩れていくのです。子供みたいな真似はやめなさい。アカデミーの品位を落すことになりますよ」
パタン・・・と扉が閉まる軽い音を残し、クライスは去っていった。

「なによ・・・! クライスの、ばかぁっ!!」
マリーは立ち上がると、クライスを追って店を飛び出す。あわててルーウェンが後を追う。
路上に出たマリーは、小物入れから丸く赤黒い固まりを取り出す。
「クライス! あなたなんか、こうしてやる!!」
「マリー、だめだ、メガフラムなんか投げちゃ!」

ルーウェンが止める間もあればこそ・・・。
マリーは右手を大きくふりかぶった。
だが、振り向いたクライスの方が素早かった。
呪文と共にクライスの手を離れた、ルーン文字が刻み込まれた黒い石版が、マリーの鼻先で砕け散る。
その粉末状になったかけらに包み込まれたマリーは、凍り付いたように動きを止めていた。
つかつかと近付いたクライスは、マリーの手から物騒な爆弾を取り上げる。
「ふむ・・・。なかなかよくできた爆弾ですね。これが爆発していたら、今夜の宿はなくなっていたかも知れませんね」
あ然として立ち尽くすルーウェン。

「あ、あんた、いつもそんな道具を持ち歩いてるのかい?」
「ああ、『時の石版』のことですか。護身用ですよ。この『爆弾娘』には、何度も痛い目にあっていますからね。苦心の末、わたしが編み出した対抗策ですよ」
と、クライスは解除の呪文を唱える。
『時の石版』の魔力は消えた。投げるべき爆弾を失ったマリーは、勢い余って転び、石畳の舗道にぺたんと座り込む。
一瞬、きょとんとしたマリーだが、自分が投げようとしていた爆弾をこれ見よがしにかざしているクライスに気付くと、くやしそうに叫ぶ。
「ああん! また同じ手にやられるなんて!」

「もう少し魔法を解かない方がよかったですか。時間が止まっていれば、騒ぐこともくやしがることも、悪さもできませんからね」
ルーウェンもマリーの肩を叩く。
「ま、くさらないこったよ。今回はあんたの負けだ」
「ちょっと待って!」
ルーウェンの言葉を聞いたマリーが、弾かれたように立ち上がる。
「そうよ・・・そうだわ! 『時の石版』・・・時間を止める・・・。腐らないのよ!
ルーウェンは、目を白黒させる。何を言っているのかわからない。

しかし、クライスの明晰な頭脳は、マリーの言わんとすることが理解できた。
銀縁眼鏡の奥の瞳がきらめく。
「ふむ・・・。これは面白い・・・。試してみる価値はありそうですね。ひょっとすると、流通に革命を起こすことができるかも知れません」
「クライス! やる気になってくれたのね!」
「これは、わたしの頭脳への知的挑戦ですからね」
「よぉし! それでこそ主席! それでこそマイスターランクよ!」

子供のように歓声を上げるマリーに対して、クライスはあくまで冷静だ。
「さ、こうしてはいられません。まずは『時の石版』の材料を集めなくては・・・」
「そうね、さあ、作戦開始よ!」
もう夕方も近く、ふたりの錬金術師の長い影が、舗道に躍る。

「おい・・・」
店の窓越しに一部始終を見ていたオットーが、舗道に出てきてルーウェンに尋ねる。
「錬金術師ってのは、みんな、あんな連中なのかい?」
ルーウェンはゆっくり首を横に振る。
「いいや、あのふたりは例外さ」
「だろうな・・・。しかし、あんたも大変だな。あんなふたりのお守りをしてるんじゃあ・・・」
「これも、仕事だからな・・・」
「一杯おごるよ。行こう」
ふたりは顔を見合わせ、にやりと笑った。

「で、あのふたりは、一体全体、何を作ろうとしてるんだ?」
ボルトがあきれたように言う。
あの日以来、マリーとクライスは、『船首像』の2階の一室を錬金術の工房に変えてしまっていた。必要な道具と材料、それに食事を届けるのはルーウェンの役目。2階からは、時おり爆発音が響き、異臭が漂う。その度に、男女がののしり合う声が聞こえて来るのも毎度のことだ。

「中身を腐らせずに遠くまで運べる入れ物を作るんだそうだ」
カウンターで、酒の入ったグラスを傾けながら、オットーが答える。
「何だって? そんなことが、本当に・・・」
「俺だって、半信半疑さ。だがな、もしこれが実現したら、えらいことになるぜ」
「どうしてだ?」
「うちの商売が、えらく広がるってことさ。このカスターニェの名産品を、遠いザールブルグまで届けることができるようになるんだ。『オットーのフレッシュ宅配便』・・・こいつは、評判になるぜ」

階下で、そんな会話が交わされていることを知ってか知らずか・・・。
クライスとマリーは、一心不乱に調合作業を続けていた。
床にはカノーネ岩のかけらや研磨剤の袋、の固まりなどが散らばり、足の踏み場もない。作業台の上にはクライスがいつも持ち歩いている参考書が何冊も広げられ、メモを書いた紙が何枚も、乱雑に貼り付けられている。

「マルローネさん・・・。少しは、床を片づけたらどうですか。こんな環境では、うまくいくものも失敗してしまいますよ」
「あら、そう? あたしの工房よりは、よっぽどきれいだと思うけどな」
「あなたの工房など、問題外です。これまでも、何回、爆発させて貴重な材料と時間を無駄にしたと思っているんですか。それに、字ももう少し丁寧に書いてください。あなたのメモは、解読できません」
「かわいそうに。よっぽど目が悪いのね」
「・・・・・・」

それでも、ふたりの作業は意外なほどスムーズに進んでいた。
そして、1週間で試作品の完成にこぎつけたのである。
それは、『時の石版』を薄い板状に作り変え、組み上げた四角い石の箱だった。
「これは、時間を凍結させる作用を持った箱です。ここに入れられた物は、ふたがされた瞬間から、次に開けられるまでの間は、時間の影響を受けません。従って、どんな遠くにでも、新鮮なまま中身を届けることができるわけです」

「じゃあ、実験してみるわよ」
オットーやルーウェンが興味津々で見守る中、ボルトが仕入れてきた新鮮なサバを、マリーが箱に収める。上からふたをすると、継ぎ目なくぴったりとはまりこんだ。
「さて・・・。それでは、これをひなたに1日、放置しておいてください。明日の朝、開けてみて、そのまま食べられるようならば、成功です」
クライスが自信たっぷりに言う。

「ふむ。サバは『生き腐れ』というくらい、いたむのが早いからな。まる1日放っておいて、それでも生で食べられるようなら、これは大したもんだぜ」
「大丈夫。ルーウェンが活き造りで食べてくれるそうだから」
「おい、ちょっと待て。俺はあんたの手料理だけは食べるのはごめんだからな。まだ死にたくないぜ」
「あははは、冗談よ」
「さあ、無駄話はそれくらいにして、運んでください」
クライスの言葉に、ルーウェンとオットーが進み出る。

「あれ? 二人がかりで持つの?」
マリーが意外そうな声を上げる。
「だって、石の箱だろ。見ただけでも、かなり重そうだぜ」
「そんなことないわよ。ほら」
箱の両側に付けてある取っ手をつかむと、マリーはほとんど力を入れずに、軽々と持ち上げて見せた。
「ふふふふ、マルローネ様特製の仕掛けがしてあるのよ」
会心の笑みを浮かべるマリー。
「たしかに、楽をするための怠けと手抜きのアイディアでは、マルローネさんにかないません。まさか、グラビ結晶を混ぜて作るとは、わたしも考え付きませんでしたよ」
クライスが妙に感心したようなコメントを加える。

ふたりが共同作業で作った『宅配ボックス』を担いで、オットーたちが出て行ってしまうと、散らかった作業場にはマリーとクライスだけが残った。
「ねえ、クライス」
背伸びしてクライスの耳元に口を寄せ、マリーがささやく。
「このレシピは、あなたのものにしておきなさいよ」
「え?」
怪訝そうにマリーを見やるクライス。

マリーはにっこり笑って、
「これを研究課題として提出すれば、マイスターランク進学は間違いないじゃない」
「い、いえ・・・。そんなことはできません。わたしにも、学年主席のプライドというものがあります。落第生で問題児のあなたの助けを得たとあっては・・・」
「あははは、すぐ真剣になっちゃって。冗談よ。すぐ、あたしのアイテム図鑑に載せちゃいますよ〜だ」
クライスはぷいと横を向く。でも、怒っているような表情ではない。

「ねえ、クライス。あたし、お腹すいたよ。下へ降りて、なにか食べようよ」
「仕方ないですね。付き合うとしますか」
一瞬、見つめ合ったふたりの瞳には、同じ光が宿っていた。


終章 帰って行く3人

「・・・と、いうわけだ」
オットーが話し終えると、息を詰めて聞いていた3人は、深いため息をついた。
「さすがはマルローネさんだね。こんなすごいものを作っちゃうなんて」
「クライスさんのことも忘れてはいけないのではなくって?」
「そうだね。先輩たちのおかげで、ぼくたちは材料を新鮮なまま送ってもらうことができるんだもの。感謝しなくちゃ」

雑貨屋を出ると、もう日はとっぷりと暮れ、空には無数の星がまたたいていた。
「そういえば・・・」
先頭に立って歩いていたノルディスが振り返る。
「エリーとアイゼルは、ケントニスでどんな研究をして来たんだい?」
「ええ、それが大変だったのよ。まずマルローネさんの研究室を訪ねたのだけれど・・・」
と、話しはじめるアイゼル。
「そうだよ。どれほど大変だったかっていうとね・・・」

エリーも話しながら、ポケットからガラスの小壜を取り出す。
そっと、ふたを緩める。
中身は、マリーから分けてもらってきた特製の育毛剤だ。
アイゼルが、それに気付く。
「ちょっと、エリー、よしなさいよ、どうするつもりなの!」
小声で止めるアイゼルに構わず、エリーはふたを外した小壜を手に、ノルディスに声をかける。

「ノルディス〜、ちょっと頭出して・・・」

<おわり>


<付録>

−<宅配ボックス・レシピ>−
時の石版6.0
グラビ結晶3.0
研磨剤3.0
アタノール・やっとこを使用


○にのあとがき>

久しぶりの、オリジナルレシピものです。
エリーの某4コマアンソロジーの中に、カスターニェから宅配した風船魚が着いてみたら腐ってた、というオチの4コママンガがありました。
それを読んだ時に、「なぜゲームの中では、ちゃん届くんだろう?」という疑問が浮かんだわけです。(そりゃ、固いこと言いっこなし、お約束だってわかってますけど)

エリーの時代には、もうオットーさんの宅配便は存在していたわけですから、もっと前に誰かが考えたのにちがいない・・・と来たら、あのふたりしかいませんやね。
クラマリ初の、共同オリジナル調合レシピというわけです。
で、あの凸凹錬金術師コンビにまともに付き合ってくれるパートナーは、ルー兄貴しかいないな、と。

なお、このお話は、時期的には「真夏のエピソード:カスターニェ篇」「マリーの禁断の秘術」の直後という設定です。
こちらも読んでいただければ、より楽しめるのではないかと思います。

ところで、ラストシーンの続きは、どうなったんでしょうね?
1.アイゼルがエリーを止めて、何事もなく終わる。
2.アイゼルが止めるのが間に合わず、翌日には○耳ノルが・・・
3.エリーが手をすべらせ、3人全員が育毛剤をかぶってしまう・・・

個人的には、3番目がよいなあ。うくく。


戻る