家庭の窓
|
ある日,アナトール・フランスのもとへ若い詩人がやってきて,一冊の作品集を置いていきました。何日かすると再びやってきて,「先生,僕の詩集をお読みくださったでしょうか?」と尋ねたところ,「ああ、読ませて頂いたとも。おかげで,夜も眠れなかったほどだよ」とアナトールは答えました。
「本当ですか! まさか,僕をからかっていらっしゃるのではないでしょうね」と重ねて問われるので,「君も疑り深いね。それじゃ,言ってあげよう。僕が一番感心したのは,八十四ページだ。どうかね,あそこは,君のもっとも自信のある所ではないかね」と返しました。この一言で詩人の卵はすっかり有頂天になって,帰って行きました。
あとで,弟子の一人が「先生,本当にお読みになったのですか?」と尋ねました。「いや,ほとんど読んでいない」「それでは,どうして,あんなことをおっしゃったのですか?」「いいかね,君,詩人というのは,自分の作品はどれも傑作だと信じて疑わないものだよ。何処をほめてもよかったのさ」
加藤清正が東海道に旅行中に,鉄砲の名人がいるのを知って,すぐに5人の家来を弟子入りさせました。ところが,それもたった一日だけのことでした。家来たちが「一日位ではなんのかいもない」とこぼしていると,「なんの,師匠は名聞のため,どこの大名に何人弟子がいるなどと言いふらすであろう。そうすれば加藤家にも5人の鉄砲使いがいることが知れて,敵に攻められた時に役に立つ」とわけを説明し,さらに「鉄砲など油断なく撃てば当たるものであって,ことさら教授を受ける必要はないものだ」と家来たちに自信を持つように励ましました。
思い込みも上手に利用すれば,状況をよい方向に導いていくことができそうです。最近,ネットでの誹謗中傷がひどい状況になっているようです。悪い方に向かう思い込みを押しつけられては,たまりません。心を守るためには,思い込むことができないように,選択権があるので見聞きすることを回避すればいいでしょう。
身近に居る人とのつながりがあれば,見ず知らずの誰とも分からない人とのネットによるつながりはほとんど意味がありません。ネット友達やフォロワーというつながりは,よい思い込みだけにつながることに限定した方がよいようです。他人に支配されるのではなく,脳天気であったとしても自分で自分を支配することです。
|
|
|