《楽しみは 直に聞こえる 言葉たち》

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 ある雑誌によると,建築家の安藤忠雄さんが「人間の心の成長にとって最高の栄養は本である」と言っているそうです。同じようなことを発行中の子育てのメルマガで繰り返し述べてきました。少し言い回しは違いますが,次のように語ってきました。
 自分の体の成長には食べ物が必要ですが,もう一人の自分である心の成長には言葉が必要です。言葉が運んでくる意味が精神を構築します。母乳が体を育てるように,母国語が心を育てているのです。幼子に語りかける母の言葉は,共有している言葉なので、意味がきちんと結びついた状態,最も滋養豊かな言葉なのです。
 豊かで美しい言葉を身につけると,豊かな心で美しい振る舞いが実現できます。優しい言葉遣いを身につけると,他者と心を通わせることができます。優しい言葉遣いとは,笑顔で穏やかに言葉を使うイメージがありますが,言葉を使う際に心遣いが大事なのです。母との優しい対話,父との正確な対話,友達との温かな対話など,幼子の周りの人が与えてくれる心の栄養が豊かな言葉によって,育っていきます。

 ところが,最近の対話事情は大きな変化が訪れているよう,そのことに対する配慮が必要になってきました。
 対話の基本は言葉のキャッチボールと言われ,次のように説明がされます。
 ・言葉の双方向のやり取りをキャッチボールという比喩を交えた言い方です。
 ・相手と自分の間で行われる会話のこと。
 ・お互いが順番に相手の話を聞き,相手の話したことに即した返答をすること。
 ・相手と対面で会話をするコミュニケーションを表します。
 ・相手の言葉をちゃんと受け止め,自らの言葉を発するような会話のこと。
 ・複数の人同士の言葉のやり取りのこと。
話し始めた一方が投手,話を聞いて答える相手が受け止めてまた話すという,投手と受け手のようにコミュニケーションが起こることを現しています。
 ここで対話で気をつけておくべき基本を確認して置くことにします。対話はまず言葉を投げかけることから始まります。その投げかける際に留意することがあります。それはまず相手がいるところを見極めて,投げかける言葉を相手が受け取りやすいものに選ぶことです。キャッチボールでは相手が捕球しやすいところに適切な強さでボールを投げていますが,それと同じです。
 この言葉のキャッチボールが,今崩れようとしているように感じています。キャッチボールをしようとしない言葉遣いがあふれているようです。例えば,SNSでの言葉は,誰かに向けて自分の思いのみで無造作に投げかけられています。あの人の胸元に向かってというコントロールが施されていないのです。受け止める方は,どこから飛んでくるか分からない言葉が危なく感じますが,他方でたまたま真っ正面に来た言葉を都合よく「いいね」と受け止めてしまうこともあります。その場合には,私に向けて投げられた言葉と思い込んでしまいます。それが,詐欺に絡め取られる思い込みになっています。
 別の状況は,キャッチボールをしているつもりなのに,場所柄を弁えていないために,暴投になってしまうことです。その例が政治家の放言です。親近感を醸し出そうとして狭い範囲にいる身近な人に向かって投げかけるつもりのくだけた言葉が,今の言葉世界はとんでもない広がりに直結しているために,無礼千万な放言に化して流布される始末です。内緒話が世間に漏れると言葉は暴投に変わることの自覚が足りていないのです。
 言葉はキャッチボールによって伝わるのが基本です。私があなたに,あなたが私に,そのお互いを信頼できる間柄で交わされてこそ,真意が共通理解できて,豊かで美しい言葉遣いになります。しかしながら,発信の自由が拡大しすぎてキャッチボールが整わない今の言葉の状況では,匿名で誰かに向けて発信されてくる言葉は,それなりの受け止め方をする必要があります。

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(2025年06月08日:No.1315)