家庭の窓
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敬老祝賀会に招待を受けてあいさつを依頼されることがありました。二つのテーマを想定しましたので,メモをしておきます。
本日の祝賀会は,地域の方がシニアファーストと,長寿をお祝いしていただく温かなつながりの場です。細菌の地域では,人のつながりを深めていくことがいろいろな形で進められています。その先には一体何があると期待されているのでしょうか。
人と人,その関係を人の文字になぞって,両手指を伸ばして接する形で末広がりに現し,互いに支えている形であると言われています。ところで,現実に忠実に筆順で見ると,少し形が違います。すなわち,支えられる人と支える人の形は,指を伸ばした手に握りしめた拳を手の腹に当てた人型になっています。つまり,支える方はわざわざ指を曲げて「世話が焼けますね}と支えてくれているのです。
その立場は状況に応じて,入れ替わっていきます。普通の暮らしでは,人と人は支えたり支えられたりという相互依存の形です。この支え合わせが「支合わせ」となって,しあわせを実現することができます。人のつながりは支仕合わせのつながるになるのです。
さらに,自分ファーストのみではなく,あなたファーストの立場も喜んで引き受けますと,お互いへの思いを合わせる,思い合わせが「思合わせ」となって,ここにもしあわせが現れてきます。つながりは仕合わせ以外にも,いろんな幸せにつながっているのです。
ところで,敬老の日の趣旨は,ご長寿をお祝いすると共に,高齢者の智恵を次世代に伝えることとされています。どのような智恵を伝えていくことができるのでしょう。
祝賀会の出席の際には,招く人と招かれる人の間であいさつが交わされ,そのあいさつによって人と人がまっすぐにつながっている確認ができます。ところで,人のつながりには,もう一段深い形があります。
欧州に「毎朝牛乳を飲む人より,牛乳を届ける人が健康になる」という言葉があります。健康になろうと牛乳を飲む人は,牛乳を受け取って,アリガトウファーストです。その牛乳を毎朝届けている人は,ドウゾファーストです。してもらうアリガトウの自分をファーストにするより,そばにいる人をファーストにドウゾとしてあげる人が,幸せになるのです。人の温かなつながり,それはドウゾファーストのつながりなのです。
祝賀会は,地域の皆さんがシニアファーストの思いを込めたドウゾのつながりです。高齢者がアリガトウときちんと受け取ることで,ドウゾファーストの喜びを伝えることができるのです。新しいことを教えるのではなく,感謝によって,実際にできているその行為の価値に気付いてもらう,それが智恵の伝達になるのです。
祝賀会というイベントは,人と人の大切な出会いの機会です。久しぶりの再会だけではなく,される人とする人という立場の違いが向き合うことでもあります。日頃何気なく行動していることの意味を改めて確認しておくことも大切です。つながりを求めていますが,つながりの中に込められている意味を,普段は意識していません。だから,つながりを失ってから,初めて失ったものに気がつくのです。そばにあるつながり,それを感じていれば,しあわせも手にできるはずです。
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