家庭の窓
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情報環境の肥大化の問題に,正誤混じりの「発信」状況への指摘があります。その対面である「受信」状況への危惧もあります。次に,指摘を紐解いてみます。
一つの危惧は,「フィルターバブル(Filter Bubbles)」と呼ばれているもので,インターネットを通じて見る情報が自分が好きなものや興味のあるものに限られてしまう状態のことです。様々なインターネットサービスでは,ユーザが何を見て何に興味があるのかを記録し,その情報を使って,次にユーザが求めるコンテンツを予測して,それにあったものを提示してくれます。これは,「パーソナライズ(サービスの最適化)」と呼ばれる機能で,自分が興味を持っているコンテンツを中心に提示してくれるので,一見ユーザからすると便利な機能といえます。一方で、他の異なる意見や新しいトピックに触れる機会が大きく損なわれてしまいます。自分の興味や信念に基づく情報に囲まれ,他の異なる情報から隔離されてしまったユーザは,いつの間にか自身の価値観に疑問を投げかけたり,視野を広げる情報に触れたりする機会を失っており,まるで「泡(バブル)」のなかに閉じ込められたような状態に陥ります。これがフィルターバブルと名付けられた理由です。検索エンジンが過去の検索履歴に基づいて結果を表示していても,ユーザは自分が特定の視点や情報から隔離されていることや情報環境が偏っている可能性に気づきません。
また,フィルターバブル以外にもインターネット上での意見形成や対話に大きな影響を与えている問題があります。自分と同じ意見や考えを持つ人々とだけ交流している状態である「エコーチェンバー(Echo Camber)」と呼ばれる問題です。様々な資料でフィルターバブルと並列で説明される概念です。エコーチェンバー内では,同じような意見や情報が繰り返し強調されるため,ユーザは自分の見解が広く受け入れられていると感じることがあります。フィルターバブルではパーソナライズが要因になっていると解説しましたが,エコーチェンバーの形成には人間の心理的な特性とSNSのフォロー機能が大きな要因となっています。人間には「確証バイアス」という自分の既存の信念や意見を支持する情報を好み,それに反する情報を無意識のうちに避ける傾向があります。このバイアスにより,自分に都合の良い意見だけを受け入れ,異なる意見には耳を傾けなくなります。また,SNSではユーザが自分の興味や意見に合った人々をフォローすることが一般的です。たとえば,特定の政治的意見や趣味を共有する他のユーザを積極的にフォローすることで,自分のタイムラインは同じ考えを持つ人々の投稿で満たされます。その結果,特定の政治的思想が強化され続けていく,などの状況に陥ります。このように,同じ意見や価値観を共有する人々が集まり,自分たちの意見がグループ内で繰り返し共有され続ける状態が,音が部屋の中で反響(エコー)して何度も繰り返し聞こえることと似ているため,エコーチェンバーと名付けられています。
つまり,受信側は,発信側の取り込み策と,受信側自らによる無意図的な偏向選択とにより,快適な個室に隔離を招いているのです。膨大な情報の渦を泳ぎ回るための能力が,人間には追いついていけない結果でもあります。広い球場でみんなが勝手にしゃべっている中で,それを聞き取ろうとしているようなものです。聞きたいことの一部が聞こえてしまう中で,皆が同じことを言っているように思い込んでいる,それは異常な状況です。
情報の偏視聴が危惧されていますが,その偏りは今に始まったことではありません。人は限りある情報に接するしかできませんが,そのことを自覚できているから,意見を聴取しまとめ決めていく方策をあれこれと考案し採用してきました。多様性というキーワードが流布していますが,それは人の思考の精度が曖昧であることから派生するものです。いろんな情報がある方がバランスをもたらす上で好都合であり,そこに包摂する意図を発揮していこうという覚悟が世情に漂っていると思われます。
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