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【あっちこっち思考】
「井の中の蛙 大海を知らず」。世間の限られた部分でしか生きていないのが,普通の人でしょう。大海を知らないからといって,そのことでとやかく言われても,どうしようもありません。井の中にいる限り大海は存在しないので,自分が井の中にいることも分かりません。しかし井の中にいても,知っていることがあります。井は前後左右の四方は閉ざされていますが,上下、少なくとも上には開かれています。そこで, 「井の中の蛙 大海を知らず されど天の高きを知る」となります。物事を一面から見ただけでは,見落としがあります。世の中には大海だけではなく、天空もあるのです。
「海海海海海」。なんと読むでしょう? 答えは「あいうえお」だそうです。こんなことは学校では教わらないから知らないと言うしかありません。海女(あま),海豚(いるか),海胆(うに),海老(えび),海髪(おご)と並べて海の字をとるのだそうです。最後の海髪については,何のことと戸惑いましたが,探してみるとちゃんとありました。知らないことに出会ったら,そのままにしないで,学んでいけばいいのです。
「必要は発明の母」。発明をしたことのない身では,実感的認識はしませんが,傍観的理解をすることはできます。そうだろうなと。そこで止まれば,人間理解は表向きに留まります。発明には母しかいないのか,という疑問を抱くこともできるはずです。男女は共同に参画する時代です。「横着は発明の父」というのだそうです。これで父母がそろうわけですが,裏読みしすぎているような・・・。
「離婚した人をバツイチと言いますが,なぜマルイチと言わないのでしょうか。別れることによってしあわせになる人もいるのに」という人がいるそうです。一面だけを取り上げている物言いに,別の一面があるという気付きを投げかけています。
訓読みの訓は音読みです。訓読みという言葉を音読みで読んでいるのは,誰にも咎められないでしょうが,改めてそう言われてしまうと、どこか気が咎めてしまうのはなぜでしょう。
世の中には分からないこと,知らないこと,見落としていることがたくさんあります。分かりたくないこと,知りたくないこと,見過ごしたいこともたくさんあります。分からないから不安になることもあれば,分かったから不安になることもあり,ままならないものです。
人権問題を抱えている方が見ている世界は,もしかしたら閉ざされているかもしれません。新しい視点を見つけることができたら,新境地に向かうことができるかもしれません。悩める方に寄り添う者には,共感することが必要ですが,どこか冷静に受け止めることも求められます。
(2015年03月09日)
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