*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【言診?】


 樹木の年齢は,普通にはその年輪から調べます。年輪は1年に1つずつ増えていくので,切り株の断面を見れば,樹齢が分かります。ところで,屋久島の巨大杉や神社の巨木など,立木の樹齢はどうやって数えるのでしょう。立っている状態の樹木の樹齢は,成長錘という器械を使って調べられます。
 成長錘は,細い円筒状のドリルで,これを樹木の真ん中まで突き刺し,内部の一部を抜き取ってしまいます。抜き取った樹木の内部には年輪が刻み込まれているので,それを数えると樹齢が分かります。切り倒す代わりに,中身を一部くりぬき,年輪を調べているのです。
 調査用に抜き取られた内部は,樹齢を数えた後は,再び樹木の中に戻されます。すると,樹木の自己回復力によって,やがてドリルの傷は消えて,樹木を傷めることもないそうです。人の勝手でいわれなく樹木を傷つけたという心の痛みが,少しは解消されます。
 ある新聞記者が,歓楽街で働く21歳のシングルマザーに,子どもの貧困について取材しているということを説明しているときです。「ひんこんって何ですか」と聞き返されて,戸惑ったと囲み記事の中で書いていました。「お金がなくて貧しいってことです」「あ,そうなんですね」。
 中学の先生の話が紹介されていました。「厳しい環境で育った子どもは,語彙が少ない傾向がある。その言葉の概念を知らないのと同じで,自身の状況を客観的に秩序立てて把握する力が育たず,生活力の欠如につがっていく」。
 人は自分を理解する手段として言葉を使います。ある異性に憧れて落ち着かない自分を,恋という言葉で理解することができます。逆に何と言っていいか分からない状態は,不可解です。悩みがあるとき,相談をします。自分のつらく苦しい状況を言葉で刻んでいきます。一言では言い尽くせなくても,言葉を重ねていけば,状況を把握できていきます。年輪を数えて樹木の奥に分け入るように,対話によって選ばれる言葉を重ねていくと,自分の心の奥に幾分かは近づいていけるかもしれません。お医者さんの問診に似た言診ドリルで,悩みを探る寄り添いができるようになりたいものです。
(2016年04月13日)