*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【虚実?】


 19世紀のイギリスで画聖とうたわれたターナーが,「夕焼け」と題する絵を描き上げたところに,天文学会の権威である一人の老博士がいました。老博士はしばらく描きあがったばかりの「夕焼け」に見入っていましたが,やがてターナーに向かって言いました。
 「実にきれいで見事な夕焼けだ。私は今までこんな夕焼けを見たことがないよ。蹴れでも,ターナー君,私は天文学者として断言するのだが,こんな夕焼けは実際にあり得ないものだよ」と,その絵を批判しました。
 するとターナーは静かに笑いながら,「たしかにおっしゃるとおりです。しかし博士,あなたはこのような夕焼けをみたいと思いませんか」と答えました。ターナーの笑みの中にあり得ない美を再現し得た芸術家の心底からの満足を読み取った博士は,学問と芸術の深い相違を知らされたのです。

 人は生き方や考え方に感情というこだわりを持っています。悩みについても,とらえ方に経験から来る感情が絡んでいるはずです。最も簡単に言えば,ものすごく重く感じておられることが,聞く者にはそれほど大したことでもないと感じられることがあります。相談を受け止めて救済につなげて,相手方に確かめるときに,相手方の感じ方に共感できる場合もあるでしょう。そうなると相談者のこだわりのある感じ方に対してどのように対処することが救済になるのか,迷うことになります。
 人の感情は0か1かといったデジタル量ではなく,あらゆる数値に展開されるアナログ量ですから,負の感情にどこまでが許容量かという線引きをすることはほとんど意味がありません。美しさを感じる量は人によって違うのと同じです。感情を抜きにしないと,一刀両断をする冷静な判断はできないことになります。
(2016年06月18日)