*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【良断?】


 秀吉の下には竹中半兵衛と黒田如水という優れた二人の軍師がいました。優れたものは並び立たないものですが,この二人の仲はよいものでした。ある日,如水が半兵衛の所にやってきて,あれこれの物語をした後「主君はかつて立身の暁には多額の知行を与えると言われ誓詞まで賜った。未だにいっこうに約束を果たされず,甚だけしからん」と不満げな顔で訴えました。「さようか,その誓詞を見せてくれまいか。取り計らってやろう」と半兵衛が言うので,誓詞を渡すと,目を通しながらあっという間もなく引き裂いて火中に投げ込んでしまいました。
 如水は血相を変えて,「何をなされる。申し訳が立たねば,このままでは済まされぬぞ」と詰め寄りました。半兵衛はまあ待てというように如水を制して「いやいや,かかる誓詞があればこそ不平も起きるのじゃ。したがって御身のつとめぶりも悪くなり,結局は身のためにならぬもの。かかる不吉なものは断然引き裂くにしかずと思うが,どうじゃ」。言われて如水はいたく感じ入って,それより心を改めて勤めに励み大いに面目を果たしました。
 自分は精一杯尽くしているのに相手が報いてくれないという不平は様々な場面で言われます。そのすれ違いを無くすために具体的な事柄については契約書が交わされますが,大枠の部分はお互いの信頼に依拠することになります。この信頼というアナログなものは,お互いの重ね合わせにずれが起こるという必然性を秘めています。そのずれを相手がもたらしていると思い込めば不平になります。しかし普通には,ずれはお互い様なのです。ずれに拘って状況が収まるのならよいのですが,かえってこじれていき,やがて信頼そのものが崩れてしまいかねません。
 不平を人にぶつけて解消するか,自らのずれを修復しておさめていくか,より良い選択をする判断に人権感覚が有効になるはずです。
(2019年09月08日)