*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【添気?】


 福沢諭吉が初めてアメリカに渡って帰航するときのことです。堅物として知られていた諭吉が,懐から一葉の写真を取りだして船中の皆に見せました。それはアメリカの少女と並んで座っている福沢の写真で,みんなは唖然としました。それまでは船中での浮いた話の仲間には加わらなかった福沢が言い放ちました。
 「お前たちはサンフランシスコに長く逗留していたのに,婦人と親しく並んで写真を撮ることなどできなかったろう。口では下らんことばかり言っていても,実際に行わなければ話にならんぞ」。
 サンフランシスコに滞在していたある雨の日,福沢は一人で写真屋に写真を撮りに行きました。ちょうど店の娘さんが居合わせていたので,「一層に写真を撮ろう」と頼んだところ,気軽に応じてくれたのです。
 後日,福沢は笑いながら語っています。「サンフランシスコ滞在中に写真を見せると,きっとまねをする者が出てくるだろう。そこでアメリカに引き返せない帰航の途中で写真を出して,驚かせてやった」。
 人は日々の何気ない行動の折に,状況に応じたちょっとした思いつきによってチャンスを捕まえます。福沢が写真を撮りに行った日がたまたま雨降りで娘さんが在宅していました。後から考えると,いろんな偶然が重なっています。人の経験はその人がそのときその場所で出会った偶然に彩られています。余人がまねをしようとしても,不可能です。
 福沢の写真も今なら「いいね」を狙って公開できるものであったでしょう。当然のことですが,不都合な偶然も起こります。そういう経験は「わるいね」と落ち込み隠しておきたいものです。相談を受けるということは,隠しておきたい負の経験を曝す痛みも受け止めることになります。「つらかったですね」と寄り添う気持ちが始めに必須となります。
(2020年04月17日)