*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

人権メモの目次に戻ります

【共生社会と人権:その8】


 令和6年10月,ある団体から講演の依頼を受けました。先日そのお役目を終えました。その時の話を採録しておこうと思い立って,数回に分けてお届けいたします。聞きたいという方を前に語ったことが,どのように伝わったのか分かりませんが,一つでもそうなのかと思って頂けたら幸いです。よろしかったら,お付き合いください。
 講演で依頼されたテーマは「共生社会と人権」でした。依頼された団体は障害のある方と民生児童委員,人権擁護委員の方々です。この前提で話を組み立てています。講演録の第8回分です。

************************************************************************
【5】人権羅針盤の応用

 第7回の話の中で,人権の類別を羅針盤という目的を持たせて図に表現しておきました。人権については侵害という視点から考察し検討することが普通です。そこで,人権調査に報告されている侵害状況を「人権羅針盤」に配置をしてみます。その事例として先ずは「侵害されたと思うこと」の調査結果について羅針盤への投影をしておきました。今号で,その他の結果について見ていきます。

世論調査の高齢者侵害の投影です
 調査結果の各項の割合に着目すると,最大の45%である「悪徳商法・特殊詐欺の被害」が「互恵による参画」を侵害していることになり,社会生活における犯罪被害者に引き込むという侵害を最も招きやすいことが窺えます。続いて,34%である「看護や介護で劣悪処遇・虐待」は,明日への希望という領域の侵害となる「否定」が仕向けられやすいことを示しています。32%の「邪魔者扱い」も高齢者の安心を侵害する「差別」として普通に見受けられているようです。
 割合は高くはなくても,6つの人権領域それぞれに侵害が起こっていることは明らかです。侵害の頻度は少なくても,侵害されることによる痛みはどの領域でも変わりはありません。その痛みがどのような類いのものであるかを羅針盤指標の助けによって思いやることができれば,侵害の防止に役立つはずです。

世論調査の障害者侵害の投影1です
 障害者に対する侵害の調査結果は上図の通りです。安心を侵害する「差別」である「職場・学校でのいじめ」が43%と最多です。普段の関係の中なので最も生じやすくなります。障害の様子に捕らわれてしまって「じろじろ見る・避ける」という表現の「否認」は41%と高い割合になっています。離れて見ているだけではなく差別的言葉を直接に浴びせる対応も重なり,侵害の状況は深刻です。障がい者との互恵をもたらす関係である「就職・職場での不利な扱い」も38%となっており,共生社会の状況判断としては深刻な数字です。
 そのほかの侵害事例も割合の少なさは,選択制という手法によるものであり,安心できるものと見ることはすべきではありません。

世論調査の障害者侵害の投影2です
 人と人との関係では私とあなた,自分と他人という認識が働きます。子ども時代に自分と一心同体であると思い込んでいた親が,自分とは違うのだと気付かされて親離れをして以来,身につけてきた社会性の出発です。自分と違う状況が明らかな人として障害のある人に出会うと,人離れを起こしてしまいます。
 この違う人認識のままでいると,上図の羅針盤上で明らかなように「違う人の行動を束縛」,「違う人の存在を差別」,「違う人の表象を否認」,「違う人の関与を排除」,「違う人の縁故を否定」,「違う人の共存を妨害」という「違う人離れ」の行動が出やすくなります。

世論調査の障害者侵害の投影3です
 人と人との関係には,私とあなたのほかに,私たち,自分たちという認識が生まれます。その結果として人と人の間をつなぐ意識,人間関係が社会生活の基盤になっています。違っている人同士が人間として同じであるから同じ社会生活をして生きていくことができます。人間結びです。幸せを仕合わせと思い描くとお互いにすることを合わせることが必然となり,そのためには同じ人間である認識が前提となります
 障害のある人を同じ人間であると認識することで,上図の羅針盤上で明らかなように「同じ人間の行動を尊重」,「同じ人間の存在を信頼」,「同じ人間の表象を理解」,「同じ人間の関与を互恵」,「同じ人間の縁故を期待」,「同じ人間の共存を支援」という「同じ人間結び」の行動に転換することができるはずです。

************************************************************************
 講演採録の第8号は以上です。次の号では,「人権羅針盤」を用いた人権侵害調査の選択割合の分析を例示し,そこからどのような状況が見えてくるのかを試してみます。

(2024年12月15日)