*** 子育ち12章 ***
 

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「第 26-08 章」


『子育ちは 美しいもの 見つけつつ』


 ■子育てショートメモ■
『美しさが表すもの』

 価値を計る第一尺度として,真偽,善悪,美醜という概念があります。
  真偽は実験により証明され,善悪は法によって定められています。
   美醜は個人的な好みによって変わる曖昧な尺度のように思われます。

 格好いいかどうかなどは,ほとんど個人的な好みに過ぎません。
  見た目の美しさというものは,装うことでなんとかなります。
   有名デパートの包み紙にこだわるのも,何かが足りない感じです。

 美という漢字は,大きな羊という形を表している合字です。
  神に捧げる生け贄に選ばれることから美しいという意味になりました。
   清らかで穢れのないという厳かな思い入れを帯びていたようです。

 最近の若者世界にエロかわいいという言葉が現れているようです。
  植物は昆虫に受粉を助けてもらう目的で美しい花を咲かせます。
   美しさの本来はエロチックなものと考えることができます。

 鳥の羽根の美しい色合いが異性を求める目的なのも知られています。
  美しさは異性に向けてこそ意味があり,自己満足のものではありません。
   神に向けられ,異性に向けられ,やがて周りの人にも及んでいます。

 いずれにしても,命を紡ぐ,命を慈しむ,命を保つという底流があります。
  働く姿に美しさを見るのも,そこに命の尊さが感じられるからです。
   生きることへの慎ましい共感があればこそ,美しさは心を飾ります。



【指針26-08:美しさに感動をする子どもに育てたいならば!】


 ○美しさに感動するとは?

 美しさは普通目で見て感じます。特に色彩の美しさが主な要素でしょう。ところで,人の目が色を感じる際の視感度という尺度があります。色には一般に七色がありますが,緑色の近くをピークにして紫色と赤色の両側に向かって鈍くなります。木々の緑が最も楽に感じるようになっており,赤色を見るときは目がかなり緊張しないといけないのです。緑を見ると心が穏やかに,赤色を見ると緊張するということにつながっています。交通信号の色も理に適っているのです。

 形の美しさというのもあります。身近なところでは,BWH,いわゆるスリーサイズです。ミロのヴィーナスが典型ですが,数学的に黄金分割という割合が導き出されています。どうしてそれを美しいと感じるのか,よくわかりません。本能的なものと考えておきましょう。富士山の美しさも末広がりという形が基本になっています。部屋が整理されているという美しさもあります。礼儀作法に適う行動も,形の美しさを体現してくれます。

 音楽の美しい響きもあります。リズムには身体が反応して,生きているという感覚が呼び覚まされます。流れるようなメロディも情感を鼓舞してくれます。音楽に国境はないといわれるのは,人間の感覚が音を通して表現されるとき,音の調べになるからです。癒しの音楽,魂の音楽といった言い方は,生命との共鳴を表しています。ところで,美味しいという味覚についても文字では美しい味と表されていますが,美しさはやはり視聴覚の世界に関わっているものです。

 ママの友だちが集まっているとき,部屋の前に脱ぎ散らかされたスリッパをきちんと並べて揃える女の子がいます。いつも揃っているから,散らかっていると何か違うという感性が働いたのです。花のある環境に育てば,花があるのが当たり前になります。貧しくても精一杯生きようとしている家庭には,美しい笑顔が交わされます。そんな美しさを忘れて,我が身の美しさだけにかまけていると,徒花の美しさに捕らわれていきます。

 子どもは外で遊んで服を汚してきます。でもその汚れは洗えばきれいになります。あんなに汚れていたのにと思うとき,ささやかな感動があります。太陽に手のひらをかざすと,命の色が透けて見え驚かされます。田園風景が目の前に広がったとき,日の出を迎えるとき,小さな感動があります。子どもがはまっているゲームの画面の中には美しさはありません。人が生きている環境に直に触れて,環境からの恵を感じるとき,人はそれを美しいという感動で受け止めているのです。



 何か欲しいものがあったとき,今すぐでなければ嫌だと駄々をこねます。子どもにとって待つことはとても難しいことです。その壁をクリアする唯一の方法は,先が見えることです。いつまで待てばいいかという期限があれば,待つことの苦痛がやがて待つ楽しみに変わっていきます。「もういくつ寝るとお正月」という歌の言葉が,実感を持つようになります。先のことを楽しみにできる,それが努力をする道になります。次号のテーマです。

 メタボリックシンドローム。お腹周りを気にする人は,スタイルの面からではなく,健康の面で思い知らなければならないようです。身体を使わずに美食に耽れば,脂肪の貯金が増えていくのは当たり前です。自然に生きている動物に太りすぎはいないのは,バランスがとれているからです。食べ過ぎて慌てて運動,そんな無駄なことをしている人間という生きものは愚かですね。健康とは生きていくために身体を使うことで自然に手に入れるものなのですが・・・。


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