*** 子育ち12章 ***
 

Welcome to Bear's Home-Page
「第 27-03 章」


『子育ちは 親の気配り 背に受けて』


 ■子育てショートメモ■
『子育ちの第3方位』

 子育ちの第3方位は,何処で育っているかという指標です。
  生まれも育ちも葛飾柴又,寅さんはふるさとで育まれました。
   もう一人の子どもが育つ胎盤とは,安心できる居場所です。

 迷子になった子どもが,泣きじゃくりながら必死に親を捜します。
  転んだ子どもが,走り寄る足音を呼び寄せるように泣いています。
   親の姿が見えないと,もう一人の子どもは自分を忘れます。

 いけない隠し事をしている子どもはソワソワと落ち着きません。
  悪いことはしていないのに疑われてふてくされることもあります。
   大好きな人と気持ちがすれ違うと,もう一人の子どもは縮こまります。

 そんな子はうちの子ではありませんと怒鳴られて,真っ白になります。
  あなたなんか産まなければよかったとつぶやかれて,震え上がります。
   もう一人の子どもが自分を嫌いになれば,自棄になるしかありません。

 誰かとつながっているという確信がなければ,人は不安になります。
  子どもにとっては家族というつながりが最初の安心の場所です。
   用がなくてもお母さんと呼んでみるのは確かめようとしているのです。

 食べさせておけばいいという雑な関わりは,心のつながりが不足します。
  いざというときは親がかばってくれると子どもに信じさせていますか?
   叱って突き放すよりほめて支えてやる方が,子どもに力を与えます。



【指針27-03:安心できる居場所があるか気配りをしてください!】


 ○見張りから見守りへ

 子どもとの関わりが遠く薄くなっているという調査が報告されていました。どのようにどれくらい関わればいいのか,比べる目安を持っていないので気がつきません。乳幼児の時期に手がかかるのは当たり前として受け入れています。しかし,園に通わせる時期になると「やっと手が離れた」と思い,関わりをすっかり引き上げてしまいます。子育てが終わったとなんとなく感じて,子どもを脇に置いて,子どもから求められるまで放っておくようになります。「言いなさい」と。

 子どもは育つ過程が支離滅裂です。あらゆることを体験しなければならないからです。無茶なこともしますし,いけないことや危険なこともします。親は見ているとハラハラするので注意します。そこで子どもをどのように意識するかがとても大事な選択になります。子どもを見張るか,見守るかという親の側の意識で,子どもが受け取る注意の意味が異なってくるからです。敵方と思えば見張り,味方と思えば見守りになります。子どもはどちらなのかを直感します。

 子どもは自分で育とうとします。その環境を整えるのが親の役割ですが,どのようなことが必要なのかは,子どもをよく見ていないと分かりません。先走りして用意をしても子どもの育ちとマッチしないと,かえってじゃまになります。例えば,ためになる教材を早く与えすぎては学びが嫌いになります。育て急がないためにも,じっくりと見守るようにしてください。子どもが好きなこと,関心を持っていること,子どもの現在を知っていますか? 思いこみではなくて。

 うちに帰るとほっとする。そんなうちであって欲しいですね。ママの顔色をうかがわなければならない,ため息をつくようでは困ります。そんな勝手なことは言わないで,いったい誰のためだと思っているの! 力を抜いて楽にしましょう。おおように構えて,多少のことは気にしないようにしませんか。きちっとしようと思うから,それができない子どもを見張るようになります。今はこの程度できたらいい,ボチボチ育てばいい,その余裕が見守りの目になります。

 「疲れたようね」。子どもの様子から見えることを,何気なく伝えてください。「何をしてそんなに疲れているの?」と,問い詰めるのは止めましょう。ちゃんと見ているというメッセージだけを出しておけばいいのです。疲れたということを無理に隠さず表に出していい,ママが黙って受け入れてくれると思えば,気持ちが楽になります。それが子どもに対する気配りであり,子どもに安心感を持たせることになります。ありのままの自分を見せていい,そこが育ちの場,居場所になります。



 うちに居場所ができたら,次はそとに居場所が入り用になります。温かな人間関係を築いていかなければなりません。人間関係はお互い様が原則ですから,こちらから手を差し出さなければ始まりません。気心の知れた間柄はお互いに相手の気持ちを察し合うことで結ばれます。お花さん,ワンちゃんといった擬人化された世界に遊ぶことで,喜怒哀楽が相手にもあることを学んでいきます。一緒に遊ぶ楽しさ,そんなそとの居場所について考えます。

 渡辺淳一氏が「鈍感力」という本を著しています。どんなに至らない子どもであっても母親は我が子だけは許すことができる,よその子なら許せない,そんな鈍感さが大切だといった趣旨のことを書いておられます。母親は指導者でもなく,教育者でもなく,子どもに寄り添っていく親なのです。子どもが求める親らしさ,それは大きく包み込む愛情です。叱りながらも許す,世話がやけてもかわいい,たたきながらも抱きしめる,親って損ばかりしますが,それがうれしかったり・・・。


「子育ち12章」:インデックスに進みます
「子育ち12章」:第27-02章に戻ります
「子育ち12章」:第27-04章に進みます