*** 子育ち12章 ***
 

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「第 50-07 章」


『子育ちは 今日の一歩を ひたすらに』


■子育ち12心能■

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『子育ち第7心能』

【実現心能】

《まえがき》
 ハーバード大学のハワード・ガードナーが多重知能という概念を提唱しています。脳の研究によって,ある部分は視覚に,ある部分は聴覚に,ある部分は情動に関係しているというように脳の機能が分かってきたことを受けて提唱されました。提唱された多重知能とは,言語的知能,論理数学的知能,音楽的知能,身体運動的知能,空間的知能,博物的知能,対人的知能,内省的知能の8つです。
 これらは学校教育の中で教科として成り立っていて,国語,数学,音楽,体育,図工,理科に対応しています。ところで,最後の方の対人的知能と内省的知能というのは教科として存在しません。この2つ,すなわち,人と人との間の関わりに関する知能と,自分自身の中を見つめる知能が,サロベイ,メイヤー,ゴールマンが提唱している情動知能(Emotional Intelligence)に当たります。
 この版では,情動知能に基づく研究の結果を参考にさせていただき,羅針盤らしくまとめてお届けします。子育て羅針盤12章では,奇数章で自分自身に関する「私の育ち」(→内省的知能),偶数章で人との関わりである「私たちの育ち」(→対人的知能)を考えていますので,構成が偶然にも一致しているということが幸いしています。
 心能という言葉は,この版のために創り出した造語です。情動知能が心の知能とも呼ばれているというところから,心能と略して使っています。造語ですので,世間では通用しないことをご留意ください。

《目標追求力》
 人は夢に向かって生きていこうとしますが,夢を夢に終わらせてしまうのが普通です。何が足りなかったのかというと,夢・目的につながるステップである目標を設定できなかったことです。努力目標と言いますが,努力目的とは言いません。目標の設定ができなければ,努力のしようがないのです。夢を実現するために今できることは何か,それが目標です。何をしていいか分からない,あるいは夢ばかり追いかけている,それは自分を夢に近づける目標という歩みが自覚できていないということです。

○お子さんは,自分でやると決めたことは,やり遂げるようにしていますか?

 やると決める前には,あれこれと考えて,やった方がよいと判断します。本当はしたくない,面倒と思ってはいても,やらなくてはいけないともう一人の自分が決めています。もう一人の自分に従うことが自制力であり,自分を生かす力になります。今日から勉強を頑張るといった願いを決めて,やり遂げようとしてもうまくいきません。そのときは,例えば,「1時間の勉強をする」といった形の目標を立てて,その努力をすれば,やり遂げることができます。先ずはここまで,という限度を目標化するとやり遂げることができます。

○お子さんは,やると決めたことを,すぐに止めるのはよくないことと思っていますか?

 やると決めたことをすぐに止めるということは,決めたことが今までにやったことがないという場合に起こります。はじめからしないのではなく,やりかけていることが続かないのです。はじめて訪れる所に行くときは遠くに感じますが,帰りは近くに感じます。初めてのときは行き先までの道筋が見えないからです。ひたすら歩き続けていれば必ず到着する,そう思いきることが必要です。今の子どもたちに欠けている耐える力,それはやりかけていることをただ続けることであり,それががんばるということなのです。

○お子さんは,目標のためならば,どんなに大変でもやり抜く気持ちでいますか?

 子どもがお母さんの後を一所懸命に追いかけている姿を見受けますが,お母さんとの距離が離れていると座り込んで泣き叫んでいます。少し努力すればなんとかなると思うときは努力できますが,少々の努力では届かないと思うときは諦めてしまうものです。目標はスモールステップでなければなりませんし,目標の設定が適正ならやり抜くことは容易いはずです。傍から見て大変そうに見えても,本人にはそうでもないということになります。逆に傍から楽そうでも本人には無理ということもあるので,指導は用心を!



 今日は何をしようかな? 何にもすることがないから,ゲームで暇つぶし。それが束の間の休養に限られているのであればいいのですが,のべつまくなしになれば苦痛です。その苦痛を打ち消すためには激しい刺激が必要になり,気持ちが荒れていきます。どんなことでもいいから,何かをしようという目標を持つことが大事です。そのためにもっともよいことは人の中にいることです。そこにはしてみたいなということがたくさんあるからです。人は人の中で生きているのです。

★落書き★

 老いた馬をおやじ馬といいますが,老いた馬は若い馬の尻にくっついて歩く習性があるそうです。そこから,人の後にくっついて,訳もなく騒ぎ立てる人をおやじ馬,やじ馬=野次馬と言うようになりました。話している人に茶々を入れることをやじると言いますが,これもやじ馬が大きな声を出すという意味からです。おやじという言葉はあまりよい印象を持たれていないようです。お父さんはイメージチェンジを図ることを決めてほしいですね。


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