*** 子育ち12章 ***
 

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「第 78-04 章」


『子育ちは 人の温もり 親切で』


■子育ち12心情■

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『子育ち第4心情』

【甘いつもりで苦いのが親切 苦いつもりで甘いのが愚痴!】

《まえがき》
 子育て羅針盤では,子どもの育ちを6つの方向と2つの領域から考察します。6つの方向とは,誰が育つのか,どこで育つのか,いつ育つのか,何が育つのか,なぜ育つのか,どのように育つのかという問題視です。また,2つの領域とは,自分自身の育ち(私の育ち)と他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ちの領域を意識します。6つの方向にそれぞれ2つの領域を重ねた12の論点が羅針盤の針路構成となります。
 この第78版では,77版に重ねて,子どもたちが育ちに向けているはずの心づもりに寄り添って考えます。育ちたいという健気な心積もりを12の指標になぞらえてみることで,子どもたちの育ちの現実に寄り添います。それによって,子育ての願いも目の前の子どもにきちんと重なっていくはずです。子どもが向かっている心づもりを理解できる新たな12の指標盤を楽しんでください。

《甘いつもりで苦いのが親切!》
 もう一人の自分が,周りにいる人を自分と同じに見ていると,仲間や同胞,友人,同級生,幼なじみ,同郷人といった形で認識して親切に接するようになり,自分の居場所を得ることができます。ただ,親から言われる「皆と仲良く」という後押しに従うと,親切にするという気配りの必要な人の数が抱えきれないほどに膨らんでいきます。時と場合によって親切の発揮を加減してよいといった柔軟性と適応性を持つように経験を積み上げていくことが必要です。

《苦いつもりで甘いのが愚痴!》
 人との関わりを保つためには,自分のわがままを少しは押さえ込まなければなりません。それを不自由と思ってしまうと,義理としての関わりになります。なんとか口実を設けて逃れようとし,不快さを愚痴で払拭しようとします。面と向かっては愛想よくしつつも,陰では悪口は言わないまでも愚痴をはきだしてスッキリしています。その愚痴を他の人にまで持ち出すと,ここだけの話という甘いものに変わります。子どもも甘い愚痴の結びつきに染まると,仲間外しといういじめをしてしまうことになります。

《親としての関わりは?》
 子どもが「親切を目指し愚痴に引き込まれない」という心情を実現できるためには,親としてどのように関わっていけばいいのでしょう。普段の生活の中で,周りの人それぞれに対する気配りの仕方を親がして見せて説明して具体的に教えてやることです。親切は人間関係の温もりを産み出します。ただ,相手に応じて手加減していいこともありますし,単なる礼儀の段階に納めていくこともあるでしょう。一つだけ抑えておくこととして,親切にしたからといって見返りを求めることはしない方がいいということがあります。



 子どもが賢くなる一つの方法は,成り行きを遡ってみることです。物事には順序があります。年末に子どもたちにお餅つきをさせるイベントがあった場合,子どもたちは餅つきと餅を丸めることを経験させられます。そのとき,臼と杵はどこから持ってきたのか,餅米はご飯と同じに炊けばいいのかなど,餅つきの作業を遡って見ておくことです。物事を途中から見て経験しているだけでは,事の始めが分からないので,自分でするときには手が出せないままになります。どこから始めればいいのか,その知恵が大事です。

★落書き★

 玄関で靴を脱いだら,出船の向きに揃えておくようにしつけがされます。ところで,玄関とは仏書に記されている仏教語でした。仏教の奥深く優れた教えに至るまでの関門という意味の,修行の一段階を示す言葉です。そこから禅寺への入口という意味になり,やがて家の入口を指すようになりました。玄関でのしつけは生きていく上での修行の一つになっていると考えると,意味が通じてくるようです。玄関から内に入ったら,人としての修行の場に臨むことになるのだとしたら,しんどいですね。


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