*****《ある町の社会教育委員の活動》*****

【第9章 団体の指導について】

 社会教育委員には,社会教育関係団体の指導が期待されています。ところで,この指導という言葉が意外と分かりづらいために,委員の役割についてイメージが描きにくくなっています。そのことが,委員は何をしたらいいのかという迷いを払拭できない要因です。社会教育委員が担う「指導」の具体的な内容が分かれば,委員はもっと働きやすくなるものと思われます。そこで,委員が実行できる指導では,どんなことをどのようにすればいいのか,いくつか考えておきましょう。

 はじめに,基本的な考え方を述べておきます。社会教育関係団体に対する指導は,直接的には団体活動を活性化する目標を持ちますが,間接的には市町村の社会教育の活性化に導かれなければならないものです。市町村の活性化を目指した団体への指導が,委員の指導なのです。

 1.団体構成への指導
 団体には,年代や性別による同質性を持ったものがあります。例えば,子ども会,青年団,婦人会,老人会などです。この種の団体が成り立つ理由は,構成員が同じであるために,同じ目的を共有しやすいことにあります。簡単に言えば,話が分かりやすく通じやすくまとまりやすいのです。このことはメリットであるのですが,同時にデメリットにもなります。その現れが活動のマンネリ化です。
 同質であるために,企画のパターンがすぐに出尽くして,新しいものが思いつかなくなります。新しさとは違った世界からの刺激によって生み出されるものです。マンネリ化を脱出する最善の方法は異質との交流です。世代毎の組織に対しては,異世代との関係を持つことが活性化の鍵になります。
 また,分野別の団体も同質性を備えています。例えば,文化協会や体育協会などです。種目別の集まりは,習熟のメリットがあると同時に,セクト化という閉鎖性が起こります。そこでも,傍領域との交流などによる違った感覚の導入が,開放性をもたらしてくれます。
 最も取り組みやすいのは,子どもたちとの交流です。小中学校との連携もいいでしょう。生涯学習の見地から考えれば,子どもたちに教える立場になること,それは最も効果的な学習になります。分かりやすく教えようと努力することが,学習活動の深化作用になるからです。
 異世代間の交流こそが,まちづくりの目的に適うものです。なぜなら,地域の背骨とも言えるものは,世代のつながりだからです。したがって,委員の指導は,異世代や異分野との交流ができるような仕掛けを施すものになるべきです。

 2.団体計画への指導
 団体における最も重要な関心事は,参加の程度,参加者数の増加です。参加の低迷という悩みは,結束力の緩い団体で顕著に現れます。例えば,PTAや地域団体のような,網羅的な団体・組織です。もちろん,他の団体でも程度の差はあれ,悩みであることには変わりがありません。
 当然のこととして,その対策として求められるものは魅力のある企画です。しかしながら,多くの人を参集できるような企画は,予算もマンパワーも備わっていない社会教育団体では望むべくもありません。団体が目指すことは,参加者にまた次も参加したいと思わせる企画であり,満足を与えることで口コミが広がり,今度は行ってみようかなと新しい参加者を招くことです。
 参加してよかったという印象を残すためには,参加者が欲しているものを見つけて提供することしかありません。企画をする場合に,一般的に言われている時代の特徴としてのキーワードに対処したくなります。例えば,情報化社会になったと言われているので,情報に関する講演を企画し,専門家に依頼します。ところが,実際にやってみると,それほど喜んでもらえません。参加者の無関心さを嘆くという反省がなされます。どのような企画においても,主催者が陥る過ちは,参加者の意識の低さと断罪する逃げ道です。実のところは,参加者を向いた企画がなされなかった自らの不明を直視すべきです。
 「○○と言われている」。それはよそ事であるということ,兆候に過ぎないということ,自分たちの主たる特徴ではないこと,といった視点で受け止める必要があります。情報化といっても,それは企業社会や若者社会に強く見られ,一般的にはまだまだ十分に浸透しているわけではありません。核家族化というキーワードも市町村毎に程度は違います。国際化や高齢化,皆同じです。大切なことは,参加者を直に自分の目で見ることです。
 基礎データを集めることで,自らの姿が見えてきます。いろんなキーワードの色眼鏡をはずして,裸眼で見る工夫からよい企画が生まれます。しかしながら,その準備を団体に委ねても無理なところがあります。そこで,社会教育委員の出番です。必要な項目を考察し,自前のアンケート調査をして,他の調査結果と比べると,数値の違いが現れます。それが自分たちの本当の姿であり,課題も浮き上がってきます。
 また,行政にはさまざまな資料が眠っています。それを社会教育委員が引き出して,団体に向けて発信することができます。行政の情報開示という流れにも寄与することができます。また,団体の会員数や参加者数などの記録を届け出制にして収集します。それを数年続けてまとめると,経年変化が見えてきます。団体や行事がどう動いているか,その変化の程度などが分かります。てこ入れをする箇所が見つかれば,団体への指導助言も企画に生かされます。さらに,数字という具体的な指標が,評価を可能にしてくれます。
 参加者は自分が何かを求めていることは感じていても,それが何かをはっきりとは自覚しているわけではありません。団体の指導者も恒例の事業を目の前にして,ゆっくりと構えている暇はありません。それを見定める役割は,社会教育委員が担っています。じっくり腰を据えた気長な観察をすることは,指導の力を蓄える大事な作業になります。

 3.団体連携への指導
 市町村全域を対象とする事業を進めるために,各団体を構成員とする連絡協議会のような組織が作られます。例えば,生涯学習や青少年育成などを推進するための組織が立ち上げられています。団体を集めることで網羅することはできますが,今ひとつ,成果が見えにくい場合もあるようです。
 多くの場合,それぞれの団体が独自に実施している事業を協議会の事業として振り替えているだけです。協議会は,市町村ではこんなに事業を実施していますと集約して市町村民に見せることで役割を果たしています。もちろん,協議会としての事業がないわけではありません。
 網羅的な組織はトップの指導性によって,活動状況が左右されます。そのトップが多くの場合,充て職として就任します。組織をどのように生かすかという意欲を持っているならいいのですが,会議に出席するだけでいいという関わり方しかしないと,事務局による書類上の活動に低迷することになります。事務局に指導性を期待するのは立場上無理なことです。
 組織である以上,幹部が設定されているはずです。その幹部に組織の活動を委ねるという了解ができていれば,幹部の指導性が発揮できます。もしも,社会教育委員が幹部になる条件が設定されているなら,事務局を通じて,組織運営に関わることができます。市町村における協議会などの規則を紐解いて,確認することです。組織を動かすエンジンが始動しなければ,大きな組織はビクともしません。
 時代の流れに沿って,連携組織が立ち上げられます。遅れてはいけないという対処です。しかしながら,時代の流れは変化しますし,気運も薄れていきます。組織はできているが,活動が休止していることも少なくありません。何をしているのか誰も知らない,忘れられた形式だけの組織になっていきます。社会教育に関係する分野で,そのような組織がないか,あればどのような対応ができるか,検討をする必要があります。
 協議会のような組織では,コンセプトを考察し事業脚本を書き役割の割付をする責任部局が不可欠です。寄り合い所帯のアキレス腱は,責任の分散によって,音頭取りがいなくなってしまうことです。社会教育委員が音頭取りになる道があれば,それを切り開く役割も,市町村組織への指導性の発揮です。

 4.団体目標への指導
 各団体にはそれぞれの目的があります。大まかに言えば,どの団体も構成員の幸せを目的にしています。その目的を達成するために,団体毎に実践目標を掲げています。幸せになる道はいろいろあるという構図です。同時に,構成員には学習活動による理解と意欲の獲得が不可欠になります。そこに,社会教育と生涯学習の重なりがあります。
 社会教育も市町村民の幸せを目的にして,市町村民の生涯学習活動の進展と拡大を目標としています。委員は各団体が独自に掲げている目標を集約し,市町村としての目標ステップに振り分けてみる準備作業をしなければなりません。ここで,目標ステップについて説明が必要です。
 工事をする場合,工程表が不可欠です。工事関係者が段取りに沿って,順序よく作業を進めなければなりません。それぞれの役割が集大成して工事は完成します。各団体の目標は市町村全体の目標の一部分に当たります。委員が提案する社会教育計画書の中で,各団体が担う部分を割り付けておきます。そうすることで,各団体も自らの目標の全体に対する位置づけが分かります。計画立案におけるポイントについては,改めて別の稿で考察することにします。
 市町村全体に対する目標のステップについて,簡単に述べておきます。「知り合うこと,助け合うこと,学び合うこと」の3ステップが揃っていれば,活動は順調に進展していきます。どれかが弱いと,ぎくしゃくするようになります。団体毎に,得意とするステップと不得意なステップがあります。例えば,地域団体やPTA団体では,お互いに知り合うことから始めなければなりません。婦人団体では助け合いは得意ですが,学び合うことが手薄になります。それぞれの団体の得意な部分を生かして,足りない部分には連携というつながりをはめ込み,さらには新しいものを追加する手当等を進めるプロジェクト推進者が委員です。

 5.団体拡大への指導
 社会教育委員が悩むことの一つに,未組織な一般の市町村民への学習活動に向けた誘導です。手がかりがないという状況で,手の打ちようがありません。既存の団体に門戸を開放してもらうこと,加入者を増やすように指導助言をすることになりますが,それにも限度があります。活動の多様性を図らなければ,市町村民のニーズに応えられません。
 少人数の集まりを新しく作り出すことを考えなければなりません。例えば,公民館が学級活動を主催することがあります。テーマを持った連続事業として立ち上げ,参加者の自主運営に移行します。学級の卒業生が,自分たちの手で新しい自分たちの団体を立ち上げるのです。そのようにし向けることを考える時期です。待っているだけではなくて,切っ掛けを作ってあげるのです。
 最近のボランティア活動に対する追い風は,一つのチャンスになります。社会教育分野におけるボランティア団体を養成するプログラムを作成してもいいでしょう。10人程度の規模でもいいので,いろんな領域に特化した団体をたくさん作るのです。この指止まれという拠り所を用意しなければ,社会教育活動の広がりは望めません。
 既存の団体においても,同じ動きが可能です。団体が実施する継続的な学習活動や実践活動に参加した仲間が,独立して新しい組織を作るように道を開いてあげれば,小集団ができます。団体に産みの親としての役割を付与するのです。例えば,PTA組織や婦人組織で料理講座を開設すれば,その仲間がもっと学びたいと独立したくなるかもしれません。親会社が子会社をたくさん作っていくというイメージです。もちろん,親組織とは別のものになるので,組織とは無縁であった一般の人の加入も可能になります。
 いつまでも既存の組織だけに頼っているわけにはいきません。既存の大きな組織は歴史の流れに拘り,事業をコロコロ変えるわけにはいかないので,いつまでも同じことの繰り返しになります。入門としてはいいのですが,発展の余地がありません。独自の活動への道が選べるということになれば,やる気に応えることができます。さらに,団体自体にもあれこれやってみようという進取の企画が取り入れられるようになります。
 そんなことをしたら,親組織が分裂してしまうという心配があるかもしれません。親組織を脱退することの勧めではありません。新しい組織を追加するだけです。出ていくことをおそれている団体は守りの態勢に入るので魅力的ではありません。巣立っていく人がいるから期待を抱いて入ってくる人がいる,そんな団体になって欲しいものです。

 6.団体自立への指導
 社会教育関係団体では,行事実施のスケジュール管理をトップがしていない場合があります。事務局に言われて,対応しているという実態です。トップの主体性が発揮できる雰囲気ではないので,動きのコントロールができていません。組織が動くメカニズムを熟知しておかないと,トップとしての運営は覚束なくなります。ひいては,組織の自立が損なわれます。
 致し方のない事情もあります。組織運営の手続きに慣れていない方が,いきなりトップの役に就き,何をどうしてよいか分からないまま任期切れになります。従来の事業を踏襲するだけで精一杯です。そこで,多くの団体では事務局を社会教育課などの行政課に置いています。諸手続とスケジュール管理を委ねることで,トップが口を出さなくても組織活動は動いていくという便法におんぶしています。そうせざるを得ない背景があったからです。
 しかしながら,大きな流れとして地方自治が進んでいく結果として,その影響は社会教育課のサービス機能を削減する方向に働くことでしょう。団体の自治が否応なく求められるようになります。補助金の縮小も付随するはずです。自分たちの活動は自分の金を使って自分の手で実行することが当然という意識改革が必至です。
 社会教育という言葉では,教育するのは公共機関の役割であるとの考え方が出てきます。そこで,行政のサービスは受けて当たり前という認識が罷り通ります。ところが,生涯学習という言葉に変わっていることから,学習は受益者負担であるのが当然という考え方に転化を迫られています。学習したいものが自立して学習活動をする世の中になりつつあるのです。
 社会教育委員は,団体がその変化に適応できるように指導をしなければなりません。自立に向けた最初の一歩は,情報の管理です。組織が生きるのに不可欠な要素は情報の流れです。民主的な組織を動かす手続きとは,会議の日程を決め,適切な議案を提案し,協議の上で決議をすることです。スケジュールの把握と議案提出とは,とりもなおさず情報管理と発信機能です。
 さらにトップの交代による経験の喪失という壁を通り抜けなければなりません。トップの個人的な経験に頼る運営法では,いつまでも交代による振り出しへの逆戻りは解消できません。しかしながら,経験の多くは情報という形に変換することが可能であるという点に着目すれば,方策はあります。
 結論を言えば,団体運営マニュアルを作成することで,自立に向けた歩みが始められます。まず,団体運営に必要な事項を,月別の時系列に沿って並べ,関連事項を処理手順に従って並記した基本マニュアルを作成します。社会教育団体の運営は形式的にはそれほど違うことはないので,共通したものを作ることは可能です。
 次の段階は,そのマニュアルを元としてそれぞれの団体毎の具体的な記述を追加していきます。この作業を一年続ければ,団体毎のマニュアルができあがります。いつ,何を,どのように処理するか,という運営プログラムが完成するということです。次年度からは,マニュアル通りに運営し,必要があれば修正していけばよくなります。こうしておけば,始めての運営でも,迷いはなくなるはずです。もちろん,個々の事業毎のマニュアルも揃えていくことも必要になります。
 社会教育委員が基本マニュアルを作成してみせれば,立派な指導になります。団体のトップに作ってはという投げかけをしても,忙しくてとてもそんなところまで手が回らないと逃げられるのが落ちです。こんなものを作ってみようと書き込み式の手本を見せれば,自分の経験を書き加えるぐらいのことはできるでしょう。


 社会教育委員の研修会で講演をする機会を与えられたときに急いでまとめた草稿を,あらためて整理してみました。日頃から何となく考えていたことを,文章にしようとするとあちらこちらに抜けている部分が見えて,それほど楽な作業ではありませんでした。まだまだ,書き加えたいこともありますが,長くなるので,稿を改めてお話しすることにします。