*****《地域の教育力》*****

【はじめに】

 地域の教育力について講演の依頼を受けることがあります。地域という場所がどのような教育力を持っているのか,そのことから解きほぐしていかなければ適切な対処は見えてきません。教育力とは人が人に及ぼす作用であると考えて,お互いに関わり合うことの意味を整理しながら,そこに見えてくる教育的な断面をお話ししてきました。この小論は,ある機会に語った講演録を載録したものです。

《序》

 始めに皆さん方に申し上げておきたいことがあります。よくお聞き下さい。
   「私はこれまで妻以外の女性とキスしたことがありません。」
 さて,皆さんは私が今申し上げた言葉をどのようにお聞き取りになったでしょうか? ある方はグチだと思われたでしょう。またある方はノロケだと思われたかも知れません。またウッソーと否定された方もおられたでしょう。私は皆さんに同じ言葉でお話したのに,その言葉は色んな受け取り方をされてしまいました。どうしてこんなことが起こったのでしょうか?
 それは皆さんが私のことを良く知らないからです。私と皆さんが親しい間柄であれば,私がどういうつもりで話したか正確に聞き取って頂けたはずです。このように言葉によるコミュニケーションはお互いを知っているかどうかで正しく伝わったり伝わらなかつたりします。言葉のニュアンスのずれが常に起こり得るということを心に止めて,コミュニケーションを進めてください。

 アメリカの第16代の大統領であるリンカーンの言葉といえば誰でも思い出すのが,「人民の,人民による,人民のための政治」というものです。これは1863年11月19日,ゲティスバーグで行なわれた南北戦争の戦死者の慰霊祭のときの演説で述べられた言葉です。この演説会では始めにエドワード・エベットという政治家が1時間20分にわたって素晴らしいそして感動的な演説をし,その後でリンカーンが低く聞き取りにくい声で3分間の短い演説をしました。当時のマスコミである新聞はエベットの演説だけを大きく報道しました。ただ一社がリンカーンの演説を掲載しました。そして歴史に残り私たちも知っているのは,このリンカーンの演説の最後の方に語られた言葉なのです。

 素晴らしく感動的な話はその時,その場には相応しいものですが,時が移り場所が変われば色褪せて来ます。色褪せることのない言葉を聞き取ることが大切ですが,それはまた大変困難なことでもあります。しかし一つだけ方法があります。それはごく短い文章・言葉を話の中から切り取ることです。自分の耳にびたっと来るものを聞き取ることです。
 指導的な立場に立つときに心がけておくことは,人の話を聞くときに自分と相手との間で一番相応しいと思われる一つの言葉を選び出すことです。あれもこれもと欲張ると結局すべての言葉を失ってしまいます。特に講演のような場合には相手のことを知らないのが普通ですから,自分にとって一番相応しい言葉を聞き取っていかなければなりません。これが話を聞くコツです。