10月8日 甲辰 天霽
卯の刻前の武州二所御進発。去る四日御精進始めなり。左親衛同じく以て参詣せらる。
10月9日 乙巳
風雨甚だし。晩に及び雷電。
10月10日 丙午
天変の御祈り、内外典数座これを行わると。
10月11日 丁未 天晴
齋藤左兵衛の尉藤原長定法師(法名浄圓)黄泉に帰す(年四十三)。
10月12日 戊申 天晴
亥の刻前の武州二所より帰着せしめ給うと。
[百錬抄]
日吉の神輿去る夜本社に帰座す。天王寺別当の事、衆徒の蜂起、関東懲粛を加うべき
の由下知せらるるの間落居すか。
10月13日 己酉
兵庫の頭定員の堂供養。導師は岡崎僧正(成源)。
10月17日 癸丑
二棟の御方の御産平安の御祈りとして七座の呪咀祭を行わる。維範・親職・資宣・晴
貞・晴平・廣資・範定等これを奉仕す。
10月20日 丙辰 晴
午の刻陰陽師廣経御所に参る。今日巳の刻日両珥有るの由これを申す。絵図を作り進
す。兵庫の頭申次として御前に持参すと。
10月21日 丁巳 霽
昨日廣経の注進する変異の事、司天の輩に問わる。維範朝臣申して云く、暈虹、もし
日月蝕の時出現せしむに於いては、その次いでを以て勘じ申すべきなり。珥ばかりを
以て奏聞に及ぶ事、京都に於いて未だこれを覚悟せずと。
10月28日 甲子
二棟の御方の御産の御祈り、属星祭維範朝臣これを奉仕す。