34 流言の謀(屈強なり)

 昔は伊勢新九郎長氏とて、駿河国に浪人せし時は主従僅に六騎に過ぎざりし、今は小田
原城の主として、武威関東に比び無き北条早雲入道は、種久の頼み無くとも、固より三浦
家を滅ぼさん心なり、されば雷太郎友房の三浦へ忍び行くを幸い、後の謀を授けて、道寸
の兵勢を弱めんと、多目権平諸共に閑室に招き「如何に権平、三浦道寸は金沢城を滅して、
心驕るとは申しながら、嫡男荒次郎義意が其傍に在る内は容易に三浦を討ち難し、汝が見
たる処にて、荒次郎を遠ざくる謀はあらざるか」と尋ねける、権平横手を拍ち「それには
屈強の折にこそ候、三浦家の諸士は皆荒次郎に服して道寸に服さず、道寸は養父を弑した
る罪あり、されば道寸を押籠めて荒次郎を世に立てんと家臣の中に計るものヽ候えども、
荒次郎が孝心深きより未だ其事を挙げざるなり、然るに道寸も荒次郎の武勇を憚りて、心
に恐怖の念を抱き候、道寸の二男を虎王丸と申し、其母は側室牧の方にて大森越前守が娘
なれば、如何にもして荒次郎を退け、虎王丸を世に立てんと望みしに、過ぎつる田越川の
和睦の時、荒次郎が虎王丸を楽岩寺家の養子に遣らんと約束せしかば、牧の方は竊に荒次
郎を怨み居り候よし、されば今こそ新井の城中に流言を放ち、荒次郎に謀叛の企てあり、
道寸を押籠め、牧の方と虎王丸を殺さん用意頻りなりと言い触らしなば、道寸心に疑いを
生じ、牧の方も怖れを抱いて、荒次郎を讒言致すべし、其時は道寸必ず荒次郎を殺し候か、
それとも遠ざけ候か、孰れの道父子の不和を生じて兵威自ら衰え候わん」と申しける、早
雲打頷き「それこそ屈強の謀なり、雷太郎三浦に乗込めば其流言を放ちて、道寸父子を離
間せよ、又権平も以前の如く姿を変じて三浦に入り、雷太郎が反間の謀を助けよ」と密議
を擬して、此人々を三浦領に放ち遣せり、
 雷太郎は早雲の旨を受けて新井の城下に忍び込み、先ず夜に紛れて八重絹が首を盗み取
り、それより権平夫婦と心を合せて、早雲が秘計の流言を放ちける、折も折とて荒次郎義
意は金沢合戦の済みし後、独り彼の新御殿に閉籠り、家の行末・父の所行なんどを竊に想
い続けて、兎角憂に沈みければ、父道寸は是小桜姫を失いし為ならんと疑いを起し、もし
我を怨んで非謀を企てなば由々しき大事なりと、心に十分の怖れを抱きたるに、此流言耳
に入って愈々安からぬ思いを為せり、道寸が側室牧の方と云えるは大森越前守が娘にて、
越前守は道寸を助け、先代の主君時高公を弑したるものなれば、常に荒次郎が心正しきを
憚り、道寸公死せば荒次郎必ず我等を害すべしと怖れ居たるに、是も此流言に心を苦め、
或時牧の方は荒次郎の事を道寸に讒言し「此頃の噂に若殿は我君へ対し奉りて容易ならぬ
御大事を企て給うと申し候、実にや小桜姫の獄門にかけられし其日より、若殿は新御殿に
閉じ籠り給いて、未だ一度も大奥へ御出仕なし、若殿は御武勇世に比び無きに、当城の武
士も其御武勇に懼れて大半心を若殿に寄せ候えば、もし若殿一大事を起し給わば、誰か復
我君の御身を護り候べき、殊に若殿が妾始め虎王丸をも憎み給うは、先頃楽岩寺家との和
睦の時、我君へ一言の御伺も無く、虎王丸を楽岩寺家へ遣わされんと為し給いしにて知ら
れ候、妾が父越前守も竊に此事を憂い、手を廻して若殿一味の武士を探り候に、菊名左衛
門重氏を始めとして、名ある勇士八十余人皆若殿の為には命をも捨てんと盟い候よし、今
の内に御思慮あって、御用心遊ばされ候わずば、後に悔い給うとも及び候まじ」と言葉を
巧にして訴えける、さなきだに疑心暗鬼を生じたる道寸なれば、今にも目の前に荒次郎が
押寄せ来る心地して、俄に恐ろしく覚え、急に老臣大森越前守・佐保田河内守二人を召し
て荒次郎に切腹させよと命じける、