吉彦秀武、将軍に申やう、城の中かたくまもりて御方の軍すでになづみ侍にけり。そこば
くのちからをつくすともやくあるまじ。しかじたヽかひをとヾめてたヾまきてまもりおと
さん。粮食つきなば、さだめてをのづからおちなんといふ。軍をまきて陣をはりてたてを
まく。二方は将軍これをまく。一方は義光これをまく。一はうは清衡、重宗これをまく。
かくて日数ををくるほどに、武衡がもとに亀次、竝次と云二人の打手あり。ならびなきつ
はものなり。是をこはうちと名付たり。武衡使を将軍の陣へつかはして消息していはく、
たヽかひやめられて徒然かぎりなし。亀次といふこはうちなん侍る。めして御覧ずべし。
そなたよりもしかるべき撃手一人出してめしあはせてたがひに徒然をなぐさめられ侍るべ
きかといひをくれり。将軍出すべき討手をもとむるに、次任が舎弟鬼武といふものあり。
心たけく身のちからゆヽしかりけり。これをえらびていだす。亀次城の中よりおりくだる
に、二人闘の庭によりあへり。両方の軍目もたヽかずこれを見る。両方すでによりあひて
うちあふ事半時なり。たがひにいづれすきありともみえず。さるほどに、亀次が長刀のさ
きしきりにあがるやうにみゆるほどに、亀次が頭冑兜きながら鬼武がなぎなたのさきにか
ヽりておちぬ。

将軍のいくさ、よろこびの時をつくり、のヽしる声天をひヾかす。これを見て、城中のつ
はもの亀次が首をとられじとうちよりくつばみをならべてかけ出、将軍のつはもの、又亀
次が首をとらんとておなじくかけ合ぬ。両方みだれまじりて大きにたヽかふ。将軍のつは
もの数多して城より下るところのつはものことごとくうちとりぬ。末割四郎これ弘臆病の
略頌に入たる事をふかくはぢとして、今日我剛臆はさだまるべしといひて飯さけおほくく
ひて出、こと葉のまヽにさきをかくる間に、かぶら矢頸の骨にあたりて死す。射きられた
る頸のきりめより喰たる飯すがたもかはらずしてこぼれ出たり。見るもの慚愧せずといふ
事なし。将軍これを聞てかなしみていはく、もとよりきりとほしにあらざる人、一旦はげ
みてさきをかくる。かならず死ぬる事かくのごとし。くらふところのもの、はらの中に入
ずして喉にとヾまる。臆病のものなりとぞいひける。

家ひらが乳母千任といふものやぐらの上に立て声をはなちて将軍にいふやう、なんぢが父
頼義、貞任、宗任をうちえずして、名簿をさヽげて故清将軍をかたらひたてまつれり。ひ
とへにそのちからにてたまたま貞任らをうちえたり。恩をになひ徳をいたヾきていづれの
世にかむくひたてまつるべき。しかるを汝すでに相伝の家人として、かたじけなくも重恩
の君をせめたてまつる不忠不義のつみ、さだめて天道のせめをかうぶらんかといふ。おほ
くのつはものをのをのくちさきらをとぎてこたへんとするを、将軍制してものいはせず。
将ぐんのいふやう、もし千任を生捕にしたらんものあらば、かれがためにいのちをすてん
事、ちりあくたよりもかるからんといへり。

舘のうち食つきて男女みななげきかなしむ。武ひら、よし光につきて降をこふ。よし光こ
のよしを将軍にかたる。将軍あへてゆるさず。たけひらなをねんごろなること葉をもちて
よし光をかたらひていはく、我君かたじけなく城の中へきりたまへ。その御供にまいりな
ば、さりともたすかりなんといふ。義光ゆくべきよしをいふと聞て、将軍よし光をよびて
いふやう、昔より今にいたるまで、大将次将の敵によばれて敵の陣にゆく事はいまだ聞を
よばざる事也。君もし武ひら、家ひらにとりこめられなば、我百般くひ千般くふとも何の
かひかあらん。そしりを万代の後に残し、あざけりを千里の外にまねかんといひて口説は
ぢしむる事かぎりなし。これによりてゆかず。武ひらかさねてよし光にいふやう、御身わ
たり給ふ事有べからずばしかるべき御つかひ一人を給ておもふ事よくよく申ひらかんとい
ふ。よし光ろうどうどもの中に誰かゆかんずるとえらぶ。みな季方こそまからめとさだむ
るによりて季かたをやる。あか色のかりあをに無もんのはかまを着て太刀ばかりをはきた
り。城の戸はじめてひらきてわづかに人ひとりをいれ、城中のつはものかきのごとくにた
ち竝て、弓箭、太刀、かたな林のごとくしげくして道をはさめり。季方わづかに身をそば
だてヽあゆみ入、家の中にのぼりてゐぬ。武ひら出合てかつかつよろこぶ。季かたちかく
居よりてあり。家ひらはかくれて出ず。武衡なをまげてたすけさせ給へと兵衛殿に申さる
べきよしをいひて、金おほくとり出してとらす。季かたがいふやう、城中の財物今日給は
らずとも殿原おち給ひなば、われらが物にてこそあらんずれといひてとらず。武ひらうち
より大なる矢をとり出て、これは誰人の矢にて侍るにか。此矢の来るごとにかならずあた
る。射らるるもの皆たえなんといふ。すゑかた見ていはく、是なんをのれが矢なりといふ。
又立とて云やう、もし我をしちにとらんとおぼさば、只今爰にてみづからいかにもし給へ。
まかり出んに、そこばくのつはものの中にてともかくもせられんは、きはめてわろく侍る
なんといふ。武ひらがいふやう、大かた有べき事にもあらず。たヾとくとく帰給ふてよく
よく申給へと云てやりつ。季方さきのごとくに兵の中をわけてかへる時、太刀のつかに手
をかけてうちゑみて、すこしも気色かはりたる事なくてあゆみ出にけり。季方が世のおぼ
へ是より後いよいよのヽしりけり。

城をまきて秋より冬にをよびぬ。又さむくつめたくなりてみなこヾへて、をのをのかなし
みていふやう、去年のごとくに大雪ふらん事、すでに今日明日の事なり。雪にあひなば、
こヾへ死なん事うたがふべからず。妻子どもみな国府にあり。をのをのいかでか京へのぼ
るべきといひて泣々文ども書て、われらは一ぢやう雪にをぼれて死なんとす。是をうりて
粮料として、いかにもして京へかへり上るべしと云て、我きたるきせながをぬぎ、乗馬ど
もを国府へやる。城中飢にのぞみて、先下女、小童部など城戸をひらきて出来る。軍兵共
みな道をあけてこれを通しやる。是を見てよろこびて、又おほくむらがりくだる。ひで武、
将軍に申やう、このくだるところのげす女童部、みな頸をきらんといふ。将軍その故をと
ふ。ひで武がいふやう、目の前にころさるヽを見ば、のこる所の雑人さだめて降らじ。し
からば城中の粮疾盡べきなり。すでに雪の期になりたる事を夜昼おそれとす。此くだる所
の雑女童部は、城中のつはもの共の愛妻子どもなり。城中におらば夫ひとりくひて、妻子
に物くはせぬ事あるまじ。おなじく一所にこそ餓死なんずれ。しからば城中の粮今すこし
とく盡べきなりといふ。将軍是を聞て尤しかるべしといひて、降る所のやつどもみな目の
前にころす。これをみて永く城の戸をとぢてかさねてくだる者なし。