藤原の資道は将軍のことに身したしき郎等なり。年わづかに十三にして将ぐんの陣中にあ
り。よるひる身をはなるヽ事なし。夜中ばかりに将ぐん資みちをおこしていふやう、武ひ
ら、家ひらこん夜落べし。こヾへたる軍どもをのをのすへしたるかり屋どもに火をつけて
手をあぶるべしといふ。資みちこのよしを奉行す。人あやしく思へども、将軍のをきての
まヽに、かりやどもに火をつけて、をのをの手をあぶるに、まことにそのあかつきなんお
ちけり。人是を神なりとおもへり。すでに寒のころほひに及ぶといへども、天道将軍の心
ざしをたすけ給ひけるにや。雪あへてふらず。

武ひら、家衡食物ことごとくつきて、寛治五年十一月十四日の夜、つゐに落をはりぬ。城
中の家どもみな火をつけつ。烟の中にをめきのヽしる事地獄のごとし。四方にみだれて蜘
蛛の子をちらすに似たり。将軍のつはもの、これをあらそひかけて城の下にて悉殺す。又
城中へ乱れ入て殺す。にぐる者は千万が一人也。武衡にげて城のうちに池のありけるに飛
入て、水にしづみてかほを叢にかくしてをる。つはものども入みだれてこれをもとむ。つ
ゐに見つけて池よりひきいだしていけどりつ。又千任おなじく生虜にせられぬ。家衡は花
柑子といふ馬をなん持たりける。六郡第一の馬なり。これを愛する事妻子にすぎたり。に
げんとて此馬敵のとりてのらん事ねたしといひてつなぎ付て、みづから射ころしつ。さて
あやしのげすのまねしてしばらくにげのびてけり。城中の美女ども、つはものあらそひ取
て陣のうちへゐて来る。おとこの首は鉾にさヽれて先にゆく。此の妻はなみだをながして
しりに行。

将軍武ひらをめし出てみづから責ていはく、軍の道、勢をかりて敵をうつはむかしもいま
もさだまれるならひなり。武則且は官符の旨にまかせて、かつは将軍のかたらひによりて
御方にまいり加れり。然るを先日僕従千任丸にをしへて名簿あるよし申しは、くだんの名
簿さだめてなんぢ伝へたるならん。すみやかにとり出べし。武則えびすのいやしき名をも
ちて、かたじけなくも鎮守府将軍の名をけがせり。これ将軍の申をこなはるヽによりてな
り。是すでに功労をむくふにあらずや。いはんやなむぢらは其身にいさヽかのこうろうな
くしてむほんを事とす。何事によりてかいさヽかのたすけをかうぶるべき。しかるをみだ
りがはしくも主となのり申その心如何。たしかにわきまへ申せとせむ。武衡かうべを地に
つけて敢て目をもたげず。なくなくたヾ一日のいのちをたまへと云。兼仗大宅光房におほ
せてその頸を斬しむ。武衡いできらんとする時に義光に目を見あはせて、兵衛殿たすけさ
せ給へといふ。爰によし光将軍に申て曰、つはものの道、降人をなだむるは古今の例なり。
しかるを武ひら一人あながちに頸をきらるヽ事、その心いかがといふ。よし家、よし光に
爪はじきをしかけていふやう、降人といふは、戦の場をのがれて人の手にかヽらずして後
に咎をくひて首をのべてまいるなり。所謂宗任等なり。武衡はたヽかひの場にいけどりに
せられてみだりがはしく片時のいのちをおしむ。これを降人といふべしや。君この礼法を
しらず。はなはだつたなしとつゐに斬つ。次に千任丸をめし出して先日矢倉の上にていひ
し事、たヾ今申てんやといふ。千任かうべをたれてものいはず。その舌きるべきよしをい
ふ。源直といふものあり。寄て手を持ち舌を引出さんとす。将軍大きにいかりていはく、
虎の口に手をいれんとす。はなはだをろかなりとて追立つ。ことつはものいできてえびら
より金ばしをとり出し、舌をはさまんとするに、千任歯をくひあはせてあかず。かなばし
にて歯をつきやぶりてその舌を引いだして是を斬つ。千任が舌をきりをはりて、しばりか
ヾめて木の枝につりかけて、足を地につけずして、足の下に武衡がくびをおけり。千任な
くなくあしをかヾめて是をふまず。しばらくありて、ちから盡て足をさげてつゐに主の首
をふみつ。将軍これをみてすでにひらけぬ。但なをうらむるところは家ひらが首をみざる
事をといふ。城中の宅ども一時にやけほろびぬ。戦の場城の中にふしたる人馬、麻をみだ
せるがごとし。

縣の小次郎次任といふものあり。当国に名を得たるつはものなり。城中の者のにげさらむ
とする道をしりて、遠くのきて道をかためたり。戦の場をにげてのがるヽもの、みな次任
にえられぬ。其中に家ひら、あやしのげすのまねしてにげんとて出来たるを、次任これを
見て打ころしつ。そのくびをきりて将軍の前に持来れり。将軍これを見てよろこびの心骨
に徹る。自くれなゐのきぬとりて次任にかづく。又上馬一疋に鞍をきてひく。家ひらが首
もてまいるとのヽしるに、義家あまりのうれしさに、たれがもてまいるぞといそぎとふ。
次任が郎等、家衡が首を鉾にさしてひざまづきて、縣殿の手づくりに候なんいひける。い
みじかりけり。陸奥国にはてづからしたる事をば手作となんいふなり。武衡、家衡が郎等
どもの中にむねとあるともがら四十八人がくびをきりて将軍の前にかけたり。

将軍国解を奉て申やう、武衡、家衡が謀反すでに貞任、宗任に過たり。わたくしの力をも
つてたまたまうちたいらぐる事を得たり。はやく追討の官符をたまはりて首を京へたてま
つらんと申す。然れどもわたくしの敵たるよし聞ゆ。官符を給はせば勧賞をこなはるべし。
仍て官符なるべからざるよしさだまりぬと聞て、首を道に捨てむなしく京へのぼりにけり。