北上川東岸の三つの毘沙門堂 (04.02.11)

毘沙門天とは、四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)の一つである多聞天を独尊として扱うもの。通常毘沙門天(びしゃもんてん)は天邪鬼を足下に踏まえるが、兜抜毘沙門天(とばつびしゃもんてん)は地天女に支えられた姿になる。地天女とは土地の神様で、毘沙門天が地天女に支えられ地の中から湧出す瞬間を捉えて造形されている。天邪鬼(あまのじゃく)に代わって両腕を胸前でクロスさせた善神の尼藍婆(にらんば)と毘藍婆(びらんば)が毘沙門天に従う。兜抜(とばつ)とはチベットのことで、チベットで生まれた新しい造形が、唐を経由して平安初期に日本に伝来したらしい。これらが東北の地で刻まれたのか、誰が刻んだのかは分からない。

   成島毘沙門堂 (和賀郡東和町)

      兜抜毘沙門天
       (平安中期10世紀前半)





   立花毘沙門堂 (北上市立花)

      古様毘沙門天
       (平安中期10世紀中半)





   藤里毘沙門堂 (江刺市藤里)

      兜抜毘沙門天
       (平安中期)





参考:
井上靖、笠原一男、久野健、宮本常一(監修):探訪日本の古寺1 東北・北海道、小学館(1981)
大矢邦宣:図説みちのく古仏紀行、河出書房新社(1999)