長め髪の間に鼻を突っ込み、耳をさぐり当てて甘く噛み付く。押さえつけていた腰が大きく跳ねた。若島津は頭を振って日向の唇を振り解き、乱れた髪ごと自分の頬をシーツに深く押し付けた。
 怯えているようにも見えた。そんな若島津を見るのは初めてだった。日向は自分を落ち着かせるため、はあ、と肩で大きく息を吐いた。このままでは喰い殺しかねない。それほど興奮している自覚があった。
 宥めるつもりで腰の中心を探る。余計に若島津がビクつく。そんな仕種にまた舌の根が乾くほどの興奮を感じる。堪え切れずに日向は若島津の胸に齧り付いた。その途端、逃れようとずり上がりかける肩と腰を押さえ付け、今度は歯の替わりに舌でなぞる。
「……あ、」
 消え入りそうな声だったがそれは確かに嬌声だった。羞恥でか若島津は自分の口許を右手の甲で覆った。その手首を掴んで唇を寄せ、日向は指の間にまで丹念に舌でなぞった。甘い。そんなはずはないのに甘く感じる。若島津の漏らす吐息混じりの声も。
「も、ヤ…!」
「どこならいい?」
「ふ、──あ…、あ、…っ」
「どこなら、俺のものになる?」
 違う。全部だ。彼の髪も潤んだ瞳も甘い吐息も全部を自分のものにしたい。それが自分には許される気がした。混じり気なしの正気でその瞬間には思った。馬鹿げているとは思わなかった。
 前だけでなく腰の奥に指を探り入れると、さっき以上に身体が跳ねて本気の逃亡を計りかける。ウソだろう、という顔で若島津が日向を見上げる。そこまで日向がするとは考えていなかったのかもしれない。だがここまできて逃がすわけはない、生温い擬似の行為だけで済ませられるはずもない。
 日向は先に進めない指を一度引き抜き、若島津の両膝を抱えて左右に強く押し広げた。
「ひ…、」
 バスローブの裾が深く割れ、覗いた中心を深くくわえ込む。遠慮会釈なく舌で先端をなぞり上げる。
「イヤだ、ひゅうが、ヤ、…ッ」
 抵抗は最初の数秒、やがて若島津の身体はゆっくりと弛緩していき、腰が揺れ始めるまでにそう長くはかからなかった。必死に声を殺していたのも鼻にかかった吐息にすり替わる。
 いつの間にか立てられた両膝が、ねだるように日向の肩を挟み込んだ。その腿の内側、柔らかい素肌の感触を日向は頬で味わいながら、自分の唾液と若島津の零したもので濡れた指をもう一度奥に差し込む。
「──…、っ」
 押し殺された細い悲鳴に顔を上げると、若島津は唇を強く噛み締めていた。血が薄く滲みかけている。白い前歯と対比的に色づいた唇には、哀れさよりもストレートに欲情を感じた。身体を起こし直して自分の唇で覆いつくす。その動きにつられた新しい悲鳴も一緒に。
 差し入れた舌が相手の舌を引きずり出して絡み合って、濡れた音を室内に響かせた。
 全部だ。全部俺のものだ。
 興奮と欲情で頭がくらみそうだった。抱え上げた脚の狭間に自分をねじ込んだのは少し性急で強引過ぎたかもしれない。キツさに思わずこちらまで呻きそうになった。細腰を両側から掴んで支えるように持ち上げ、ゆっくりと一度揺らせてやると、途端に高い嬌声が若島津の唇からほとばしった。
「ア、ああ…ッ う、あ…!」
「弛めろ。こっちが、イテェ」
「ム、リ…っ …ひ、んっ」
 浅い呼吸で、それでも懸命に答えを紡ごうとする相手が愛おしい。無意識にだろうが腕が上がって日向の頭を抱え込む。
「ゆっくり、イキ、しろ」
「ヤ、デキ、…デキ、ナ……っ」
 まくり上がった袖から見えた肌に、日向は衝動的に歯を立てた。
「あ、…ひゅう、がぁ…っ」
 甘い。目尻に浮かぶ雫も少し舌っ足らずに呼ばれる自分の名前も、素肌の感触も何もかも。蜜をすするように甘い。
 

 
 ベッドサイドの備え付け電話での会話がちょうど終わった頃、背後で寝返りを打つ気配がした。日向はそちらを向かないまま受話器を置いて、「まだ寝てろ」とだけ声をかけた。
 だがいきなり後頭部めがけて枕が投げ付けられる。
「な、おいッ!」
 足許に落ちた枕を拾って仕方なく振り返る。見ると、腰から下が布団の中の若島津は、俯せに上半身を起こしたものの両手でシーツを握りしめて呻いていた。今の動作が身体のどこかに響いたらしい。
「……。大丈夫か」
 我ながら間抜けな台詞だと思いながら口にする。
「あんだけ好き勝手しといて、ダイジョーブもクソもないだろ…!」
 乱れた前髪の間からギラつく瞳が睨み上げてくる。試合以外でのこんな顔は久し振りで、怯むより日向には懐かしさが先に立つ。それが顔に出ててしまったのか、若島津の眉尻はさらに吊り上がった。
「ふざけんなよ、この、ド変態…っ!」
「ド変態って、お前なあ」
 枕を戻して若島津の横に腰掛け直す。怒鳴っていくらか気が済んだのか、それとも単に気力を使い果たしたのか、若島津は肘を折ってまた深々とベッドに沈んだ。
「……ミズ」
「ああ?」
「水。が、飲みたい」
 テーブルにはまだ飲み残したペットボトルが置いてあった。それを手を伸ばして引き寄せ、日向は一口分を含んで若島津に屈み込んだ。
「ン、……」
 唇の端から飲み込みそこねた水が一筋零れる。そっと親指で拭ってやる。ふう、と大きく息を継いで、若島津は疲れの滲んだ瞼をしばたたかせた。
「日向ってさー…」
「なんだ」
「意外と、寝たオンナは甘やかすほう?」
「バカか」
 本気で吐き捨てたつもりが、自分の台詞がそれこそ『意外と』睦言めいて聞こえて、日向は慌てて顔を背けた。その違和感には気付かなかったのか、若島津はシーツに片肘を付き、額にかかる髪をうとおしそうにかき上げた。
「今の電話、フロントに?」
「この時間からチェックアウトはもう無理だろ。とりあえず延泊はしておいた」
「延泊ー? 今晩は帰るよ俺。そこまでは付き合えない」
「お前がいつ起きるか分かんねぇから延泊にしたんだろ! 俺だって予定が入ってるよ」
 ああそう、と若島津はぼんやり相槌を打ち、なぜかそのまま肩を震わせて笑い出した。
「……? 何だよ」
「なんか、なんかさ、──全然変わんないのな、俺たち」
「あ? …ああ」
 若島津の言おうとする意味を悟って、日向の口許にも苦笑の形が自然と浮かんだ。
「寝たらダメなんだと思ってたよ。何かが歪んでダメになるんだと思ってた。……なんだ、…なんかホント、拍子抜けしたな……」
 そして、音を立てて顔をシーツに伏せてしまう。
「お前、まだ時間あるか? もう少し」
「……断っとくけど、二回戦目はムリ」
「バカ、違ぇよ」
 分かっていての揶揄だったらしい。くぐもった笑い声に、日向も笑いながら若島津の髪を指先で梳いてやる。
 その内、若島津は仰向けに身体を返して自分がくるまった上掛けを持ち上げ、日向の肘に柔らかく触れた。
「なあ、こっち来なよ」
「無理なんだろ」
 はっきりとした拒絶は出来ずに、日向はそんな言い方で誤魔化そうとした。けれども若島津は引かずに、
「うん、だから寝よう。…まだ眠い」
 するりと薄い上掛けにくるまれる。横に並んで、素肌のままの若島津に抱き込まれ、日向は深く深く息を吐いた。若島津の肘が日向の耳許を覆い、まるで世界の全てから守るように抱き締めた。
「なんで、お前……」
 言いかけた言葉は何度目かに飲み込んだ。でないと嗚咽が漏れそうだった。どういった衝動なのかは自分でも分からない。悲しくも辛くもないのに泣き出してしまいそうなこの気持ちが何なのかは。
「そう、だから…大丈夫…だよ」
 会話の続きというほどもなく、若島津のけだる気な声が、重なった肌から直接日向の身体に響いてくる。
「愛されてる、から。……日向は、ちゃんと愛されてる人間だから。俺が、そばに、…」
 若島津の息が穏やかになって、続きはそこでフツッ、と途切れた。
 穏やかな心臓の音。閉じた瞼の裏側に小さな暖かい光が見える。
 ふわふわと心もとなく揺れ動き続けながら、薄闇の向こうから暖かく世界を見守っている。神様だ、と朧気に残る意識で日向は思う。ああ、あんなふうに居たのか。知らなかった。探そうと思った事もなかった。なのに眠りの奥でいつも見守り続けている。
 小さな子供の自分に誰かが低く語りかけている。祝福をあげよう。永遠に消えない灯火をお前にあげよう。泣き出しそうに歯をくいしばっていた子供が顔を上げる。白い光はまばゆく輝き、世界は祝福と幸いをもって子供を迎え入れる。
 


 God bless you.
















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09.09.30 脱稿
日向にプレゼントあげよう!(私が)、と思ったらこんなんになってしまいました。
「誕生日!」と銘打って書き出した割にはまったく誕生日と関係ないネタでした。恐ろしい事に書いてる途中までそれに自分で気付いていませんでした。
とにかく後半が進まなくて参りました……。(その他の雑記言い訳はブログにて)

 

 

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