写真?、そういえばそんなモノも載っていたっけ。編集部もよくこんな写真を見つけて来たなと、若島津自身も驚くような懐かしいのが。試合中のものばかりではない、中には学生寮でのスナップ写真も。
 覚えがまったくなかったわけじゃない。冬の選手権で優勝した年、サッカー雑誌の翌月号で特集組まれて、担当記者がカメラマンを携えわざわざ寮を訪ねて来た。主要メンバーでの対談──と言うより集団雑談──を録りに来た。ついでみたいに食堂や各自の部屋の写真も撮られて、まぁ当時の事だからみんなハシャいで、カメラマンに向かって馬鹿ポーズの連発。
「…びっくりした」
 喉でちょっと笑って、日向は天井を見上げて目を細めた。
「カズさんはともかくさ、あんたでもカメラに向かってピースなんかしたりすんのな…──」
「そりゃお前、十代の話だろう」
「…うん。まだ高校生のあんただ。身長は大して変わんないみたいなのに、なんかどっかキャシャっつーか。……想像したよ。ユースとか、同じチームで、オレと一緒にやってるあんたをさ…」
 だんだんと声が途切れがちに、ふにゃんと力が無くなっていく。不思議に思って覗き込むと、日向は頭後ろで組んだ自分の両腕を枕に、もうほとんど目を閉じかけていた。
「ゆめ、に見た───……」
「夢?」
 こいつ、このままここで寝る気だろうか。だったら毛布でも持って来てやった方がいいのかな。考えながら、若島津は手許の缶ビールをちゃぽちゃぽ揺らす。
 昼過ぎの、冬の陽射しは柔らかい。午後遅くは恐ろしいほど西日が射す部屋だったが(そして夏はカーテン無しでは居られたモンじゃなかったりするが)、今はほややんと気持ちが悪いくらいに穏やかだ。床のラグに座り込み、ガラステーブルにもたれている若島津まで、何だか釣られて現実感が薄くなる。
「…どんな、夢だよ」
「うん…」
「こら。気になるとこで止めるな、お前は」
 ふざけて、横からちょいちょい日向の前髪を引っ張ってみる。うううう、と唸って彼は頭を振り、それでも目は閉じたままで開かない。
「寝るなよ」
「ねーてなー…い…よ」
 いやどうだか。半分以上は眠りの国へ旅立ちかけている日向の顔は、フィールドの彼からは想像も付かないほど、穏やかで満ち足りていて『幸せそう』だ。なんて、随分と気恥ずかしい言葉だけれど。
「そう…おもしろ…かったよ。オレと、あんたが同い歳でさ…。ガッコも、一緒で…もちろんチームも…一緒でさー…」
 有り得ねぇ。一体どーいう夢だそりゃ。
 思わず若島津が呟いて突っ込むと、「だからー…ゆめってぇ…言ってンだろー」とこれも舌っ足らずの反論が返って来た。両目は相変わらずつぶったままで。
「それで?」
「そー…れでー?」
「続きは? 何か面白い事でもあったんだろ?」
 ふむん、と寝ぼけた息を日向は鼻から吐いた。若島津の言葉が頭に入るのにもどうやら時間がかかるらしい。ほっとくと完全に寝こけそうで、意地の悪い気持ちも手伝い、また若島津は彼の前髪を指先で引っ張る。
「夢、ホラ夢の中身は」
「えー? そん…だけだよ」
 うっとおしそうに、けれどさほど嫌そうでもなく、日向はポツポツと言葉を並べていく。
「……フツーに、飯食って、サッカーして、…寝て、サッカーしてんだよ…。試験、あとにゲーセン行って、オレが…赤点なんか…取って、たまに喧嘩、もしてさー。毎ン日、あんたと一緒で…あんたは、時々つまんねぇことで…オレに喧嘩ふっかける、けど、……」
「けど?」
「…やっぱりオレは、あんたが好きなんだ…」
 たのし、かったな。
 ふうっと、思い出した顔で日向は笑った。
 寝返りを打つような仕種に伴い、彼の片腕が頭から外される。軽く投げ出す形になって、その腕はソファからこぼれ落ちた。
「…そんなのがお前、楽しいのか?」
「うん。すごく…イイ夢見たなって、…思ったよオレ…」
 あ。
 どうしよう。何だか切ない。
 そうして爆発的な勢いで衝動が湧いた。あまりにそれが『爆発的』だったので、日向が寝ぼけ始めている状況にも後押しされ、若島津は珍しく素直に行動に移していた。
「……わ?」
「───いいよ。寝てろよ」
 立ち上がり、真上から屈み込む姿勢になって、日向の前髪を今度は丁寧にかき上げる。薄く開きかけた瞳を閉じさせるように、若島津はその瞼に唇を落とした。
「どし、たの…?」
「夢の続きだ」
 本気で、日向は思考回路が停滞しまくっていたらしい。このムチャクチャな若島津の回答にも、「そっかー…」とこちらが呆れるストレートさで納得した。
「…終わんねぇと、いいな…」
「大丈夫さ」
「そう…?」
「守ってやるよ。終わらないように、今だけでも。…傍に、居るよ」
 うん、と頷いてソファから落ちていた腕が動いて、若島津の肩に伸ばされかける。しかし持ち主の意志に反して(と言うより睡魔に負けて)、腕は肩に引っ掛かった程度でぱたりとまた落ちた。
 それを静かに拾って、膝をついた自分の肩に乗せてやる。きゅっと、指先が髪を掴むような仕種を見せた。ほんの僅かな動きなのに、若島津の胸には苦しいほどの感情が沸き上がる。
 馬鹿だなぁ、お前。あの足首で、オートマじゃない車を高速ぶっ飛ばして来やがって。痛くないわけがなかろうに。でももっと馬鹿なのは俺自身だ。無茶をするなと怒鳴り飛ばすより先、お前の顔を見られる歓喜に負けた。心配なのに。心配だから。
 何よりもまず、お前の姿を見てずっと安心したかったよ──…。
 キスを、一つ。
 大丈夫、これもきっと夢の続きだ。
 不安でないわけがない、ベンチシートも外されて、それが彼を痛めつけないはずはない。なのに一言も弱音を言わない。いっそシャクなくらいに、この青年は前しか見ない。
 好きだと。意志を通すことをためらわない。
「祈るよ。──お前がお前の居たい場所で、常に幸福であることを」
 神様なんて信じたことは今までない。でも若島津はこの時、心からそれを祈った。全身全霊かけてお願いをする。まだ未熟な彼。神様、彼の可能性を、あなたの他愛無い悪戯で摘まないで下さいと。この先に広がる未来という名に、叶うなら希望だけを与えて下さいと。
 
 気付くと日向の腹にもたれて、若島津もうとうとと睡魔に身を委ねかけていた。もう逆らわずに波に乗る。暖房のおかげもあるのだけど、ガラス越しに感じる陽射しは頬に優しい。
 悪くない。悪くない新年だ。大丈夫、きっと今年も良い年のはず。だってこんなに穏やかで居られるんだから。幸福だと、思えるのだから。
 
 
 夢を見る。同い歳の日向。ムカつくほど傲岸な振る舞い、やたらと兄貴ぶっては若島津と衝突する。
 授業も一緒、放課後も一緒、あまつさえ休日も一緒に飽きずにつるんでいる自分達。喧嘩してさえ行動が一緒ってのは、お前ら何やってんだと我ながら突っ込みたくなる。
 でもやっぱり。
 彼が好きだ。
 それだけはいつでも、どこでも、変わらない。好きだって、こっちが言う前に向こうが言うから、口にするタイミングが無くなるけど。一緒に居たいって言いそびれるけど。
 いい、夢だ。
 本当だ日向、凄く楽しい。いい夢だ───。
 何だか夢の中なのに泣けちゃいそうに、馬鹿ばかしくって下らなくって、幸福な夢。
 
 
 
 その一週間後、今度こそ若島津は病院ロビーの公衆電話からの着信を受ける。スポーツ医学では知られた病院。若島津も何度か肩と膝の治療でお世話になった。もちろん信用はしてたけど、無事に左足首遊離軟骨の除去手術終了、と。
 すげぇヒマ。遊びに来ねぇ?
 そんな呑気なお誘いに怒鳴りつける。こっちはもう自主トレ始めてるんだ、いつまでも正月気分で浮かれてるなバカ。
 返して、日向の言う台詞は聞く前から分かってた。なので怒鳴ったその口で若島津は笑ってしまう。

「───何だよ、ケチ!」
 




 



[END]
NEXT STAGE!
 




お付き合い、ありがとうございましたー!
(つーか、厳密には「お誕生日」バナシじゃなくなっちゃってすいません…)

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