《 STAGE; 2 》

 

若島津健24才、日向小次郎19才。それぞれ違うチームに所属するJリーガー。反町は若島津と同窓生で、今は日向と同チームの先輩FW。
という設定の許に成り立っているシリーズです。



 



 
 ───正月一日の国立競技場に来るのは仕事の内。でも三ヶ日明けてから通う正月国立ってのは多分趣味。
 これが何かというと、高校時代のチームメイト・反町某の言った名台詞だ。
 なるほどと笑いながら、それでも若島津がそこへ足を運ぶことは滅多に無かった。正確に言えばここ六年ほどご無沙汰していた。出身校以外に取り立てて応援しているチームも無かったし、目敏いテレビカメラも苦手だった。後輩くん達にどうぞ一言をなんてマイク突き出されたって、頑張って下さいとしか思いつかない。
 だのに今年、どういう気紛れを起こしたものか。
 行くなら俺もついでに誘ってくれと、声をかけたのは若島津からだった。なんの心境の変化だと反町は訝しがったが、元よりお祭り騒ぎをこよなく愛する男だ。異論のあろうはずもない。
 まあちょっと、ちょっとはね。
 自分で思い当たる節がないでもない。
 野球帽を額深くに、観客席から反町とフィールドを見下ろしながら、若島津は今もご健在な鬼監督の顔を見つけて懐かしくなる。そう、懐かしくなる。
 近頃、ついこの間まで高校生だった「坊や」と話す機会が増えて、なんだかあの当時の自分が懐かしくなってしまったのだ。そんなに変わったとも自分では思わないんだけど、やっぱり傍から見りゃ年くっちゃったんだろーなーとか、さ。(変わってなかったらそれはそれでまた困るんだが)
 後輩達を応援すると言うより、あのユニフォームくん達が走り回る中に、昔の自分の姿を探したかったのかもしれない。ブラスバンド奏でる応援歌を耳に、そんなふうに若島津は考える。
 
 
 このチケットの都合つけて下さったのは、高校時代にお世話になった理事のお一人だった。なんだ反町、お前が自分で都合つけたんじゃなかったのかと若島津は呆れたが、反町から事情を聞いてまた別の意味で呆れた。
 彼女──そうです、この方は女性──がいつもわざわざ、OBの分を確保してくれてんだよと。んで、あの人の頭ン中では俺らの上下の学年の幹事がきっと俺ね。必ず俺に連絡くるから。
 なんでだろう?、と首を傾げる反町に、そりゃ適任だからだろうさと若島津は失笑する。
 まあそこいらの事情は了解しました。だったら一言お礼を申し上げるのが筋であろうね。古い名簿を埃と一緒に掘り出し、暮れの慌ただしさの中で電話番号をダイヤルした。  
 ───おや珍しいこと! 元気だった? ああ元気よね、知ってるわ。お正月は頑張って頂戴ねえ!
 名前を名乗るなりそう叫ばれて、続くはずだった「ご無沙汰してます」の言葉を若島津は飲み込まざるを得なかった。実はこのお方の有無を言わせぬパワーを、若島津はちょっとばかし苦手としていた。嫌いなのじゃなく、つまりこの歳になっても母親とか姉貴とかに頭が上がらないのと同じレベルだ。
 ───調子もかなりいいみたいじゃない? ちゃんと私も見に行く予定よ。だってテレビじゃチマチマしちゃって寂しいものね。そう、お正月の国立だけは何があってもチケット取るの。あれが無いと私の新年は明けないから。
 ───…え、ええ、そのチケットのことですがっ
 やっと台詞を割り込ませて、「その」が示す単語が彼女と食い違っているのに若島津は気が付いた。正月の国立競技場は国立競技場でも日付がビミョーに違う。
 ───じゃ、なくて…。
 ───……。高校の方のこと?
 ───はあ。いえ、当日券でも買う気ではいたんですが、小泉さんの方からチケット回して頂いたそうで。
 ───ああ、いいのよ。それも私のご道楽。
 受話器の向こうで小泉女史は軽快に笑う。
 ───だってそうでもしてこっちから働きかけないと、あなた方、私のことなんか忘れちゃってんでしょう。
 返す言葉を失い、うにゃうにゃと若島津は口ごもった。
 品のいい高笑いという高度な技を、この人はしっかり取得している希有な女性だ。…ところでいつも思うが一体お幾つなんだ?
 ───で、今年は急にどうしたの。後輩に気になる子でもいた? あなたのチームに入る予定の子は…MFの水島くんだったかな?
 すいません、勉強不足です。後輩に当たるのにその名前は初めて聞いた。それより、もう決まってんのかと驚いた。時期でいったら別段おかしかないんだけども、ほら、自分が高校の時分はまだプロリーグは出来て無かった(!)もんだから。
 ───よろしくねえ、可愛がってあげて頂戴よ。
 ───は…。気に止めておきます。
 ───あと、若島津くんのチームには恒成高校の子が決まってたわね。…おっと、この子もMFだわ、長期計画でこの辺を育てる気かしらね……。
 どうやら手元で資料をめくりながら喋っているらしい。元々、データ集めには定評のある人だった。そういや若島津自身にしても、青田買いも青田買い、小学生大会でこの人に声をかけられたのが母校・東邦学園に進学した理由でもあった。
 趣味と実益を兼ね、プロから鼻たれのお子ちゃままで、ありとあらゆる有望株に目を配っておいでなのに違いない(趣味の割合の方が多そうだが)。考えてから、ふと若島津は気になって口にする。
 ───小泉さん、日向って判りますよね? 去年Jリーグ入りした…。
 途端に『あなたね、私を馬鹿にしてるの?!』と小泉女史は必要以上に語尾もきつく返してきた。
 ───知らないわけ無いでしょ! 悔しかったわよ、今だに悔しいわよ。でも、…まあ良かったわ。Jリーグでちゃんとそれなりの成果上げてるもの。ユース代表もキャプテン努めてるし、ちゃんと見てる人は見てるってことよ! ねえ?
 いや、「ねえ?」って…言われても。

 


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