「問題はだな。お前自身が分かってないのに、お前が怒ってるってことなんだよな。気付いてないんじゃ冷静にもなれない。だからセーブのしようが無いんじゃないか」
 しばらく日向は若島津の言葉を反芻していた。それからやっとグラスから顔を上げて、
「そっか。そうかも。やっぱあんた頭いいね」
 ええぇー? いやお前それは…、まあいいか。差し当たって納得して下さったんならいいにします。
「ムッとした瞬間は分かるんだ。いちいち、あの人の態度が引っ掛かってた。ヨーロッパの話なんかもさ、すげえって感心してんのにムカつくんだ」
「ふんふん」
 酒が入って、少しずつ日向の舌の回りも良くなってくる。
「でも一番ムカつくのって、あんたが店で隣りに座って、みんな当り前だと思ってた」
「───なに?」
「オレと、カズさん同じチームで、こっち側に座るのはいつもだし。こう四つ席があって、いつもあんたがそっちだろ?」
「はあ…」
「だから、…あんたとあの人が同じチームだから、そっち側ってのも分かるんだ」
 じゃないと、シュナイダーだけ一人でお誕生日席になっちゃうじゃないか。日向が何を言わんとしているのか謎が深まり、つられてこっちも頭が混乱してくる。
「そいであの人、…外人だからなのかな。割と簡単にさ、人に触ったりすんだよな」
「触られたか? お前、スキンシップ嫌いだっけ?」
 日向とシュナイダーがスキンシップしたのは、最初と最後の握手だけだったような気もしたが、確かに日向は握手をするのを避けたがっているふうだった。あれか?、あれがそんなに嫌だったのか?
「ちっがうよ!」
 日向はダンッ、と横のガラステーブルにグラスを置いた。
「あいつ、すげェ馴々しいんだよ! カズさんはしょうがねえよ、あんたとオレより付き合い長いんだから! でも、なんでっ、あいつ堂々とあんたの助手席に乗って来んだよっ」
「そんなん、まだ国際免許の手続き済んでないんだから仕方ないだろ! 俺が招待してて飯食いに行って、俺が車で送り迎えしてどこがおかしいんだ」
「───じゃ、触らせんなッ!!」
 その日向の勢いは凄かった。
 どのくらい凄かったかと言うと、座り込んだ姿勢のまま、若島津が後ろに数センチ引き下がったくらいには凄かった。
「あんな、簡単に触らせんなよ…ッ!」
「い…、いつだよ。いつ俺がそんなことしたよ」
「あんた、ちゃんと綺麗なのに! 知ってるよ、すげぇいっぱい怪我してんだって。あんたが普段自分で見ないようなとこ、オレはいつだって見てんだから…っ 気にしてなくっても、でもオレは痛いんだ。痛いし、見てんのしんどいんだ! そういうのもちゃんと全部あんたで、オレだって分かってる、こんなことホントは言ったらいけないんだ。なのに、…なのにチクショウ、あいつムカつくよ、あんな簡単に触んなよ! あんたも、あんふうに笑って触らせんなよ…ッ!!」
 ああ。
 ───あああああぁ。
 若島津は床に突っ伏しそうになった。笑うためじゃない、脱力してだ。
 そこか、お前が引っ掛かってたのはそこですかっ もうホントに、シャレになんないくらい、馬鹿なんじゃねえのかこの坊や。
「お前…じゃあ、泣きながらシュナイダーが俺に詫びれば気が済むのか…?」
 ぐっと、日向は唇を噛んで押し黙った。酒のせいだけじゃなく、顔は真っ赤になっていた。おまけに気付けば中腰にもなってたりもして、そろそろと腰を絨毯に落とし直す。
 あ、とか、う、とか唸ってから、うつむいて泣きそうな声で言う。
「…ごめん」
「と…──、りあえず要因だけはハッキリしたな…」
 頭痛がイタイ。
 どうしたもんか。比喩でなく、若島津は立てた膝の上で頭を抱え込み、うつろになりかかる目をしばたたかせた。気を抜くと意識までうつろになりそーだ。
「明日、オフだって…? 外泊届けは?」
「あ、ほんとは今日から実家に帰るはずだったから…。どっか、カプセルホテルにでも、…あの、泊まろうと思ってたけど…」
 泊まって、行け。
 若島津は命令口調で足許に言葉を投げ付けていた。
「…え?」
「泊まってけっ 俺も明日は午後からの予定に切り替えるから!」
 こんなこと、俺の口から言わせんなー。別の意味で情けなくて泣けてくる。
 そんでもって、胸が痛い。冗談でなく、物理的に胸の辺りが苦しくて痛い。言葉なんて簡単で、もしかして行動に起こすことだって簡単で、だけどそのまっすぐな視線とか気持ちとか。
 それ以上に痛みを伝えるものなんて思い付かない。きっと衛星軌道上にだって届いてしまう。
「…お前くらいだよ。…くそ、俺だって、お前にしか弱味なんて見せたくないよ…」
「ウソ、だよ──…」
「ウソなもんか。…聞いてやってるじゃないか、こんな…我が儘ばっかり」
 いつだって。お前の、我が儘ばっかり。
 伸ばされて来た腕を身体ごと抱き取り、絨毯に柔らかく押し倒される。
 その日向の死にそうに懸命でまっすぐな目を見上げながら、強張った泣き出しそうな顔を見つめながら、若島津はやっぱりいい加減、苦笑してしまった。
 ───笑うとこじゃない。


 



END
NEXT STAGE!



  

どうも出来ずに
どうも言えずに
僕は君の軌道上を巡り続ける

どうかしてると
どうかしてよと
夢とうつつを行ったり来たり

僕は君の軌道上を巡り続ける
恋と呼ばれる古式なヤマイ
今日も明日も明後日も

月の向こうで
星の向こうで
君の夜明けに想いを馳せる

どうか教えて
どうか聞かせて
君の瞳に星月夜

なのに今宵は夜空に一人
どうも出来ずに
どうも言えずに

恋は衛星軌道上を巡り続ける

 

 


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