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 話題はまた変わりばえなく、練習後のロッカールームから展開する。

「───あそこはポイント低ェよ、あそこだけはヤメた方がいーって」
「そうそう。だって、──だろ? じゃ、やっぱさァ…」
 中央のベンチで頭を寄せ合う彼ら、その中央にあるのは、かの有名情報誌『ぴあ』である。若島津は当初、彼らが映画館の選別をしているものと疑ってもいなかった。こっちも着替えながらで、聞いているようで聞いていなかったり、聞いていないようで聞いてたり。
 だが「もー、ここはそこいらバッチリよ。なんたって壁紙まで総ピンク花柄!」のセリフを漏れ聞くに至っては、
「はぁ?! なに? どこが花柄っ?」
 と振り返って叫んでいた。
「……聞くなよ、ハンパに」
 頭を上げた反町が、真顔に戻って眉をしかめる。
「聞こえるような大声で、じゃあ話すなよ。…マジで何それ。映画の話じゃねえの?」
 彼らは視線を一度『ぴあ』に落とし、それから意味深げに目配せし合った。
「あー、若島津なぁ…」
「絶対、こいつに聞いたってしょーがねェって」
 だよなー、なあ?、やっぱさぁ、といった上がる声に、それこそどうせしょーもない話題なのを判っていても、敢えて反論したくなるのが人情ってものだ。
「だから何がッ」
 やめとけと島野が割って入るより、詰め寄りかけた若島津の鼻先に、反町が指三本を突き付ける方が早かった。
「近隣ラブホテル・ベストスリー!」
「………は?」
「な。お前が混ざっても無意味っしょ?」
 だ、脱力。思っていた以上にしょーもな……。
「あと連れ込み想定お相手別ランキングもな」
「そーそー。もうツウからマニアから初心者向けまで。ネタとしても、今後の生活の指針としても超お役立ちよ」
 絶句している若島津に、黙々と真新しいシューズの紐を通し直していたはずの日向が、部屋の片隅で突然豪快に爆笑入った。
「ば、ばかくせー」
 いや、これは反町らも含めて全般に、か…?
「バカって日向、けっこー重大な問題だぜー!」
「ちっげーよ! 俺が言ってんのは、そんな量だけ情報集めても、お前らの使用頻度が低過ぎるっての」
 ───正論ナリ。
「だいたいマニア向けって、誰とだよ? お前ら誰といつ行くんだよ」
「あ、そーいうコト言うッ」
 それより若島津は、いつ・誰が・その内部まで探索したのかの方に突っ込みたくなったが、とりあえず今は黙って流しておくことにした。
「笑かしてんじゃねーぞ。回転ベッドでやる前に、並に量こなしてから語れって」
「…並ってなら、例えばどの程度の数をして並の判定だよ」
 反町の口をとんがらかせた質問に、ああとそれは、と日向も首をかしげた。
「雑誌かなんかで、カルく統計取ってんじゃねえの?」
「初ヤリの統計ならよく載ってるけどなァ…」
「あと、のべ人数ってのもあるけどさ。日向のそれ、つまりどー出せばいいわけ。月とか年間の平均か?」
 暇なんだな、要はこいつら。
 思いっきりロッカーの扉に両手をついて、若島津は雑念まるごと振り払おうとした。ああ、下らねー下らねー、そんなことよりも俺は明日の小テストの方が気になってるよ……。
「でも本気で小池、パチンコ裏のあそこはやめとけって。あれ、中見て大概の女子は引くからよ」
「そんなにかー?」
「テレビは型ふっりーしさぁ。壁紙とか風呂場のタイルとかヘーキで剥がれてるとこあるしさぁ」
 ふうむ、と小池は『ぴあ』のページに折り目をつけながら、もっともらしく頷いた。そこまで来たら若島津にも話は見えて、うっかり口をはさんでしまう。
「あ、ついに行くんだ。ヤジマちゃんと」
「ついにってーか、まあ、予定としては…」
 なるほど。この話題は、それで彼の手に今ある映画情報誌とセットなわけだ。
 どれだけ健全男子高生が煮えたぎっていようが、どれだけソノコトしか頭になかろーが、「ラブホテル行こ」というデートの誘い方は、ちょっと、何なのでございます。「映画行こ」とか「買い物付き合って」とかの大義名分が全面に押し出され、赤裸々にして切実な青少年たちのその本音は、往々にして裏側に隠される。
「でもお前だけの予定だったりして。仲良く茶ァしたあと、『じゃ、明日学校でねっ』とか言ってホントにそれで別れちゃったりして」
 余計なチャチャを入れた反町は、割とマジな顔だった小池に一発どつかれた。ウッ、とか言って大袈裟に腹を押さえた反町だったが、すぐに何か思い付いたように復活する。
「あ、そだ。小池、これは本気で、先にタイムテーブルは切っといた方がいいぜ」
「あー、それはしといた方がいい、ないと慌てる」と今まで黙っていたくせに、島野までがしたり顔で頷く。
 ───たいむ、てーぶる。
 若島津がまた複雑な顔になっていると、チッチと舌を鳴らせて反町はベンチに座り直した。
「わぁかしまずクンはね、そーいう苦労の手順んでねーからね」
「ええ?」
「だってお前、苦労せず自分が食われちゃってるクチだもん」
「食われた、ゆーなっつの!」
 日向が前に「若島津、OLに食われた」発言をして以来、この手の話題で若島津の立場はひっじょーに悪くなった。よく考えたら(いや考えなくても)経過は日向もどっこいなのに、なぜか若島津の立場『だけ』悪くなった。そのことで、実は未だに若島津は日向に腹を立てている。立ててもどーもしよーが無いので、とりあえず事態には何の収拾がついていないが。
「だから何なんだよ、そのタイムテーブルって」
「あー、つまりだ。ま普通は俺らはご休憩だわな? 最初からいきなり泊まりには持ち込めないだろ?」
「フツーはな」
 何たって学生なのだ。女子寮もあるが通学生の方が断然多い。そう簡単にオンナノコのご両親から宿泊の許可が下りるとも考えにくい。もとい、相手が協力態勢に出ちゃってくれてる場合だと、何のかんのと言い訳もつけるらしいが(その場合、寮生の彼らには「帰省日時を親にはゴマかす」等の手が使われる)おおかたはデートのラストに、オプションとしてのラブホっつーことに。

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