死人のみる夢(抄)
谷島瑤一郎(筆者・22歳)
(抜粋)
鏡にうつる麗子のすがたはうつくしい。
左の眼じりにあるほくろが、右へうつるせいかもしれない。************************************。
時おり、ふしぎなポオズをとっては、鏡の奥からほほえんでみせる。しかしほほえみの意味が遠いように思われる。
「風邪をひくよ」
むしあつい、汗ばんだシイツが背中に吸いついてくるような夜だが、しずかだ。
ぎゃいいん、と悲鳴が底の方からきこえた。
犬がひき殺されたらしい。
人かもしれない。
記憶の沼にこもるような、生まじめだが、くらい悲しみの余韻がある。どこをひきつぶされたのだろう。首のあたりだろうか。そういう声だった。
「秋一くん」
鏡のまえで、手まねいている。
麗子はこの姿見を買うとき、ふうっと前にたち止ったきり、生血を吸われたようにそこにうごかなくなった。あわてて麗子の手をひこうとしたが、ふいに何かふれるのもおそろしい気がする。気品がみえた。
押しころした声でおどしてみても、なま返事は麗子のものでないように思われる。
仕方なしにそれを買った。
背丈よりも高く、黒檀の枠縁にはいちめんちいさな花の彫刻がほどこしてある。何の花かはわからない。ところどころかたまって咲いているのは、あじさいのような気もする。あじさいはおかしいだろうか。
麗子は亜麻の花だという。
私たちの古里は夏になると、濃むらさきいろの亜麻の花が野原をそめる。油のしぼりとれる種子をつける、胸もとにまでとどきそうな細い茎のさきに咲く、小綺麗な花だ。うすくのぴる葉もほそい。
その頃私たちは出奔した。
(後略)
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