翼(抄)
谷島瑤一郎(筆者・20歳)
(抜粋)
公園には誰もいない。
丘の中腹の、閑かな住宅地から、あざみの花のような犬の鳴き声が聞こえてくる。かすかな風に、ピアノの音が、今にもこわれそうな水玉を運ぶように運ばれてくる。
つい今しがたまで、このベンチの傍らの、大きな樫の木の根もとに、薄桃色のワンピースの少女が、空を仰いで、虚けたように佇んでいた。
春の空は、麻薬の粉をふるいにかけている。陽差しの金の糸と、霞の白い絹糸を、きめ細かな薄布に織りあげ、空に貼りつめ、その織り目から僅かな粉が絶えず舞い下りてくる。見下ろす街並みは、廃人の眠りを貪り夢みている。
(後略)
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