米に始まり、米に終った食べまくりバカ第一部。
相変わらず、ライフワークとしていろんなものは喰っているが、何も判らずに食べまくっていたときのモチベーションは、第一部終了により休火山となった。
いや、鳴り止んだからこそ第一部終了となった、と言うべきだ。
しかし、思い起こせば喰ったのは米ばかりではない。
雲南の過橋麺、香川の讃岐うどん、ウイグルのラグメン・・・・・・
人生を変えるほどの麺料理にも、何度も会っているのだ。
その中で、やはり価値観に揺さぶりをかけられるほどの出会いがありながら、タイミングなどの問題で食べまくりに紹介をできなかった麺があった。
武蔵野うどんである。

武蔵野うどん「さわだ」の肉汁付けうどん。これを再確認し、記憶で美化されているのでなければ食べまくり番外編として改めて紹介しようというのが、今回の趣旨であった。

さわだ入間市根岸

ブルースお勧めのうどん屋である。
もともと武蔵野うどんとは、埼玉中央部から東京北部にかけての穀倉地帯である武蔵野で採れた地粉をもって打たれた、粉の旨味を食わせるうどんである。
さて、かつて俺が感じた小麦粉の実感が口中に溢れるあの感覚は幻か現実か。



肉汁付けうどんに、天ぷらも頼んでみた。
しかし、見てくれ、この肉汁。



椀の中に、本当にただ、肉汁。
つゆで肉を煮出したんじゃないぞ。肉から染み出たかというような肉そのものの汁が無造作に椀にあるだけ。
これを、上のつゆで割ってうどんをつけよということらしい。
おれはつゆを少なめに入れる。
それだけ肉っぽさが強いからだ。



しかして、麺。これが、うどん。
コシは・・・あると言うべきか、ないというべきか。
弾力は、ない。しかし、粘りはある。
ねっとりとした、歯を押し返すのでなく、引き込み、包み込むような感触。
そして、濃すぎるくらいの肉のだし。それを引き受けきる粉の味。
よくできたコシのあるうどんは、麺一本が一つのセル(細胞)と呼べるほど一体化しているが、このさわだのうどんは粉がうどんを形作っていることが実感できる、セルの細かいうどんだ。
しかし、粉っぽいうどんとは、違う。粉が実感できながら、しかし均一であり、そして微小のセルが有機的に結びついている感覚、というか・・・
とにかく旨い。
この瞬間、食べまくりバカ一代の第2部がスタートした。
米文化に匹敵する麺の深み。俺はそれを追求したいと思った。
さわだの肉汁付けうどんは、新しいインスピレイションを呼び覚ますに充分な衝撃であった。
しかし、それにしても・・・・
「これが武蔵野うどんなのだな」
「違うぜ。これは、武蔵野うどんとしても特に個性的よ」
な、なに〜〜〜!?
武蔵野うどんそのものを知らなければ、俺は得意気に肉汁付けうどんを語ることはできないではないか。

ときはまだ午前であった。
武蔵野うどんを知るための一日が始まった。
パイロットはブルース。
このあとの3食


追記。日を改めたうどん食べまくりも見てくれ。
後日の再アタック

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