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読者からの質問   鈴木様(匿名希望のため仮名です)から下記のメールをいただきました。
     
             初めまして、ホームページを拝見させていだだきました。
私は大学で現在経済学を学んでいるものです。中山さんの経済学への熱い思いに共感を覚えてメールを送らせていただきました。「資本主義経済における所得分配」の思考実験について、コメントさせていただきます。
     
    「すべての経済主体は財、サービスを購入し、購入代金以上の価格にて、
すなわち付加価値を つけて販売しようとする。」という仮定についてですが、

この仮定は企業については妥当すると思われますが、
消費者については必ずしも妥当しないのではないでしょうか。                    
     
  1. 労働者が消費財・サービスの購入金額以上の金額で労働を販売しようとするならば、
労働者はそれによって得た差額をどうするのでしょうか。
消費財を購入することに使うのではないでしょうか?(お金を捨てるのでしょうか?)
(貯蓄は銀行を通じて企業の投資(財、労働の購入)に使われるとします。)

もしそうならば、「自己の購入価格総計<自己の売却価格総計(この場合は所得)」は不等式でなく等式となるでしょう。
     
  2. さらに、企業が「差額」=利潤を発生させるとしても、その利潤はどうなるのでしょうか?
仮に、利潤が全て消費者(労働者or資本家)に配当されるならば、その差額は消費者の所得となり、
1.で想定したように、自己の購入価格総計=自己の売却価格総計(所得)が全ての消費者について成り立ちます。

そうならば、売買価格=売却価格=購入価格 は矛盾せずに成り立ち、さらに、

経済全体の総生産額=総購買力(総購入)という「セーの法則」が成り立ちます。

すなわち、経済成長がなくても、消費者の「自己の購入価格総計<自己の売却価格総計」が等号を含む不等号であり、

「企業の利潤が消費者に配当される」ならば、売買価格=売却価格=購入価格とは矛盾せず、それぞれの消費者の利得がゼロである状態が存在することになり、「すなわち市場経済は優勝劣敗をもたらす性質を持っている。」とは必ずしも言えないのではないでしょうか。
     
  3. しかし、企業の利潤が配当されずに内部留保となっていたり、消費者の貯蓄が銀行でくすぶっていたりすると、(即ち、タンス預金が増えると、)経済主体の誰かについて、

自己の購入価格総計<自己の売却価格総計
が厳密な不等号となり、中山さんの分析は成立すると思います。

     
  4. 何が言いたいのかというと、中山さんの分析が間違っているというわけではなく、「自己の購入価格総計<自己の売却価格総計」の成り立つ前提について、考えてみたしだいです。
     
  5. 以上の分析はきわめていいかげんです。貯蓄と投資の問題を十分に考慮して
いません。
消費者の貯蓄総額=企業の投資総額が成立すれば、経済全体の総生産額=総購買
力(総購入)は成立します。
(貯蓄と投資が必ずしも一致しないと考えるのがケインズ経済学です。)
     
    くわしくは(以上の分析のネタ本となった)慶応大学神谷伝造教授の講義ノート
「セーの販路法則をめぐって」
を参考にして下さい。
URL:
http://www.econ.keio.ac.jp/staff/dikamiya/lecture/
神谷教授はあまり世間一般では有名ではないですが、古今東西の学派に精通されている現代のシュンペーターみたいな人です。

長々となりましたが、何かの参考となれば幸いです。これからも経済学の探究を頑張って下さい。
     

「資本主義における所得分配について」のページへ

上記メールに対する回答

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