罪深き絆

 

第三章・炎心・2

 



「…畜生っ、畜生、畜生っっ!」
 オスカーは何度も何度も柱に拳を叩きつけた。
 こんなつもりではなかった。
 ジュリアスが聖地を去ることを知った時は、平然としていようと心に決めていた。
 その時は、笑顔で見送ろうと…。
 それなのに、この様だ。
 いずれは、と覚悟していた筈なのに、子供のような態度を取ってしまった。俺はあの人と同じ場所で、同じ時に共に守護聖としているという偶然の巡り合わせで出会ったに過ぎない。そう思わなくてはいけないと念じてきた。別にあの人には俺でなくてもよかったのだ。だから、俺はあの人がいなくなっても悲しくなんかないと見せなければいけなかったのだ。
 失敗だ。大失敗……。
「………俺もまだまだ子供だな」
 そう苦笑すると、柱に頭をもたれかかせた。
(ジュリアス様…………)
 想いはただ一人のもとに馳せてしまう。オスカーはただ、ただその名前を心の中で繰り返し続けていた。






「オスカー、どうしたのですか? 気分でも悪いのですか?」
 後ろから声をかけられて、オスカーはくるっと振り返った。
「何でもない。俺はいつもの素敵なオスカー様だ。…何だ、お前か…」
 目の前に立つリュミエールに向かって、オスカーは拍子抜けしたように言う。
「何だとは、何ですか」
 リュミエールは少しムッとしたような表情を浮かべた。
「…それよりオスカー、ディア様から聞きました。近くジュリアス様が聖地を出られるとか」
 上品な顔を曇らせて、リュミエールはそう言った。
「ああ、それならもう聞いた。お前が知っているということは、もう聖地中に広まっていると考えられるな」
 オスカーは何げない風に装って、顎に手を置いた。
「オスカー…! どうしたのですか、その手は…。早く手当しないと」
 オスカーの手の甲から流れ落ちてる血に気づいたリュミエールは、驚いて手を伸ばした。
「触るなっ!」
 オスカーは乱暴にリュミエールの手を振り払った。
「……済まない。大した傷じゃない」
 そう言うと、自分のマントで血を拭う。
「…オスカー、無理をしなくてもいいのですよ。わたくしにはわかっています。辛いのでしょう?」
「同情なんかいらないぜ。お前になんか俺の気持ちがわかってたまるかっ」
「………わかるのですよ。オスカー」
 オスカーは目を見開いた。
「…まさかっ…」
 リュミエールはこくりと頷いた。
「やはりそうなのか…。いつだってそうだ、畜生っ」
 オスカーは力を込めて拳を柱に叩きつけた。傷は再び裂け、新たに血が流れ出した。
「何故だ…」
 リュミエールにというより、天に問いかけるようにオスカーは呟いた。
「共有した時の長さこそ違うにしろ、守護聖であるという点ではなんら変わるもんじゃあるまいし。何故、いつだってクラヴィス様なのだ。どうしてだ…」
「あの二人の間には我々が入り込めない“絆”があるのです」
 リュミエールは悲しげに微笑んでオスカーを見つめた。
「“絆”だと?」
「……ええ」
 リュミエールはそっと頷くと、静かに語りだした。

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