罪深き絆

 

第三章・炎心・4

 




 遂にその日がやって来た。
 ジュリアスとクラヴィスは謁見の間で跪いて、女王を待った。
 二人とも無言で、補佐官のロザリアとアンジェリーク女王を出迎えた。
 女王は穏やかに微笑むと口を開いた。
「光の守護聖ジュリアス。闇の守護聖クラヴィス。永きにわたっての勤め、ご苦労様でした。二人ともまだ未熟な女王である私と、この新宇宙を正しく導いてくれました。心で言い尽くせないほど感謝しています」
 女王はまだあどけなさの残る顔でにっこりと笑った。ジュリアスとクラヴィスは深く頭を下げる。 「陛下、お願いがあります」
 ジュリアスは俯いたまま言った。
「何ですか、ジュリアス。何なりと言いなさい」
 女王は機嫌よく頷いた。
「…………陛下、いや造物主よ」
 ジュリアスは顔を上げて、女王の背後の空間に向かって良く通る声で言った。
「いらっしゃるのでしょう? …そこに」
 その空間に眩いほどの光の珠が現れた。その珠は輝きを増しながらすっと女王の中へと入り込み、一体化した。
 『……いかにも』
 女王の口から、男とも女ともつかない声が発せらた。女王の体に造物主の降臨したのを確認したジュリアスは、おもむろに切り出した。
「造物主よ、我々の宇宙はもう既にない。この新しき宇宙には、我々のサクリアはもう必要ない。どうか、この運命から、解放していただきたい。我々の果たす役目は、もう終わったのです」
 『……ふうむ…』
 造物主は考え深げに、ため息をついた。
 『ジュリアス、お前の言いたいことはわかった。クラヴィス、お前もそれでよいのか…』
「御意」
 クラヴィスは俯いたまま、だがはっきりした声でそう答えた。
 造物主はもう一度深くため息をついた。そして揺るぎない決意で仰ぎ見るジュリアスと、静かに座して答えを待つクラヴィスを交互に見やる。
 『よかろう。そなたたちの願い、聞き遂げよう』
 女王の体から光の珠は離れ、輝きは宙に消えて行った。意識の戻った女王は、青ざめた顔で跪いたままのふたりを見た。
「あなた達の力と経験は、まだまだこの宇宙にも私にも十分に役立つのに、…とても、残念です」  そう言った女王の瞳には涙が浮かんでいた。





 女王たちが去った謁見の間に、ジュリアスとクラヴィスは残った。
 今日でこの宮殿とも、聖地とも、永遠の別れだと思うと万感の思いがジュリアスの心を駆け巡った。そしてクラヴィスとも二度と会うことがないのだ。
「クラヴィス………」
 傍らにいるクラヴィスに声をかける。
「………クラヴィス、最後だから言うが、私はともに過ごした相手がそなたでよかったと思う。そなたがいたからこそ、私は光の守護聖としてまっとうすることができたのだ。………感謝する」
 ジュリアスの口から出た感謝の言葉に、クラヴィスは少々面食らった顔をする。そして瞳を閉じ、その言葉をじっくりと味わうようにしてから、かすかに表情を緩めた。
「…そうだな、わたしもお前でよかったと思う……」
 ジュリアスから差し出された手をクラヴィスは握り締め、ふたりは感謝と、別れの握手をした。





 ふたりは笑顔で聖地を去って行った。
 犬猿の仲であったとは、信じられないくらいに穏やかな表情を浮かべていた。
 見送る仲間たちに、軽く手を振りながら、ふたりの姿はだんだんと小さくなり、遥か彼方の地平線に消えて行った。
「行ってしまいましたねぇ……」
 ルヴァが寂しそうにそう呟いた。
「あのふたりのいがみ合いが見られなくなるなんて、ちょ〜っとつまんないかしらぁ」
「オリヴィエ様、不謹慎ですよ」
 ランディがまじめな顔で注意をする。
「…ったく、アンタったらすぐ真に受けるんだから。あのねェ、アタシが遠回しに寂しいって言ってんのが、わかんないの?」
「そんなこと、わかるわけないでしょう」
「んもう、オリヴィエ様、ランディもいいかげんにして下さいよ」
 名残惜しそうに、ふたりの消えて行った方向を何度も振り返りながら、彼らは彼らの世界“聖地”へと戻って行った。
 最後まで残ったのは、オスカー、リュミエールのふたりだった。
「………さて、行くか」
「ええ…」
 後ろ髪を引かれながら、でも決して振り返らなかった。


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