罪深き絆

 

第二章・波紋・

 



「リュミエール、そなた……」
「答えていただくまで、お通ししません」
 リュミエールは思い詰めた声で言った。
「何を知りたいのだ」
「…全てを、あなたの隠していることを、何もかも」
 ジュリアスは深く嘆息した。扉から離れ室内に戻ると、唯一の灯りである蝋燭の傍らに立つ。揺らめく蝋燭の灯をじっと眺めてから、決然とした口調で語り出した。
「そなたがそれほどまで言うのなら…、教えてやろう。我々は現在の光と闇の守護聖である。そしてまた前世でも然り、そしてそのまた以前にも………、我々は元は原初の光と闇であったのだ」  水晶球に蝋燭の灯りが、キラキラと反射している。ジュリアスは水晶球の上に手をかざすと、水晶球の輝きは強まり、部屋中に光を放ち始めた。
「この宇宙の創成期、我々は最初に光と闇として誕生した。光と闇は全ての源となるもの。再生と変革には巨大な力を必要とする。……故に我々は幾度も転生し、宇宙の危機を共に力を合わせ乗り越えてきた。ナドラーガが造られた時、…滅びの波動が発せられたあの時代にもだ」
 リュミエールは瞳を大きく見開いた。
「そなたは不思議に思わなかったのか? この宇宙があれほどの厄災に見舞われいて、アクアノールから全員無事に帰還できたことを。そしてまた現陛下の力の届かない過去の時空との次元回廊に、あれほどの強固な通路が開かれていたことも。そしてなぜ、あの時代の聖地から何の音沙汰もなかったことをだ。聖地は未来の守護聖であるそなたちが来ていることを知っていた。知っていたからこそ、次元回廊の扉があの場所に固定するように、現世の私たちとサクリアを同調させ、次元の歪みを組止めていたのだ」
 ジュリアスの顔が微かに歪んだ。
「あの一件はあれで終わりではない。おそらくこの宇宙の終焉の始まりに過ぎないのだろう。これ程まで重大な事態を迎えているというのに、あの者は自分の果たすべき責任と使命を疎かにしている。私はそれが腹立たしくてたまらぬのだ」
 ジュリアスは激しく吐露した。………まるで自分に言い聞かせるかのように。
 最初の驚きが収まると、リュミエールは押し黙ったままジュリアスを見つめていた。
 その瞳の中には、自らの運命の永き時に絶望し、厭世的になっていくクラヴィスの姿と、与えられた使命を誇りとし、それ以外は信頼しようとしないジュリアスの姿が重なる。
 まだクラヴィス方は、自らの運命の苛酷さ、残酷さを知っているだけ、己を嘆くことができる。しかしジュリアスは、決して自らの孤独を顧みようとしない。常に孤高の光を身に纏い、その内には誰をも近づけようとしない。
 リュミエールは薄暗い部屋の中で一人で水晶の放つ光に包まれているジュリアスに、再び問いかけた。
「………お寂しいとは、お思いにならないのですか?」
「寂しいだと? ……生憎だが私は心を持たぬ。私の心は全て、宇宙の創成時に陛下と他の守護聖たちを形作るために、分けられ、そして捧げられたのだ。器はあってもその中には何も入っておらぬ。私には感じることができぬ。…寂しいなど、そんな感情は知らぬ」
 哀しい、哀しい人。
 哀しさ、寂しさ、辛さは誰もが味わいたくない。だが、生きていくということは、哀しくもあり、寂しくもあり、辛いからこそ、喜びもある。
 ジュリアスはそれを知らない。知ろうともしない。
 リュミエールは微笑んだ。“優しさ”のサクリアの力をこの人のために使おう。使うべきなのだ。 「………ジュリアス様、心など無くしても、後から後からいくらでも再生するものです。あなたは確かにその器に血の通う、暖かな心を持っていらっしゃいます。…クラヴィス様のことをそんなにも歯痒くお思いになるのは、心があるからだとはお思いになりませんか? あなたはクラヴィス様を心配し、気遣っていらっしゃるのです。あのかたを絶望から救いたいと願っているはずです。ただ、それを巧く表せないだけだと…」
 ジュリアスは信じられないという顔をした。
 リュミエールの投じた言葉が小波のように広がっていく。
 このような感じは、今までなかった。
 ジュリアスはハッとなる。
(これが感情というものなのか……私に、心が?)
「………感じているでしょう? 心がなければ人は生きていけません。それでも時には、心を無くしたり、見失ったりもします。でも無くしたものは器さえあれば、いつでも再生できますし、見つけだすことも可能です。粉々になったら、一から作り直せばいいのです。………それに、完全な心など、ありはしないのです。満たされないからこそ、私たちは感じ、考えるのではないのでしょうか」  そう語りかけるリュミエールの背後から、暖かい波が溢れだしジュリアスの周囲を取り囲む。その波は優しく洗い清め、慈愛をもってジュリアスの全身を包み込んだ。
 リュミエールは水のサクリアの持つ“優しさ”を惜しみ無く注ぎ込んだ。
 ジュリアスはその大きな渦の中で当惑した。
「……そんな目で私を見るな。そなたになど憐れまれたくはないっ」
 ジュリアスは瞳を固く閉じて、体に纏わり付く水のサクリアを跳ね返した。
 そして強ばった声で「失礼する」と言うと、リュミエールを押しのけて出て行った。
 リュミエールは開け放たれた扉を後ろ手で閉めると、微笑みながら自分の執務室に足を向けた。






 ジュリアスは自分の執務室に戻ると、机の上に片手をついて軽く息を吐き出した。
 自分には心がある、そのことを喜ぶべきなのか、悲しむべきかわからない
 ただ何かを失ったような、そんな空虚な気持ちに捕らわれていた。
 リュミエールに指摘される以前から、薄々と知ってはいた。自分は気づかないふりをしていたのだけと自嘲する。
 好むと好まざるとに拘わらず、自分たちに架せられた運命の環が、周囲の人間までも取り込んでしまっている。
 もう自分はあの時の自分ではありえないというのに………。
 滅びの波動は、宇宙の脆さを露呈してしまった。
 この宇宙が、自分の創り上げた宇宙の終末が近づいている。
 ジュリアスは遥かなる天を仰ぐかのように、頭を上げた。






 クラヴィスが戻ると、室内は無人となっていた。
 だが、部屋の中には、他の者のサクリアのかすかな気配が残っているのを感じとる。
 そして部屋の中央に置かれた水晶球がキラキラときらめいていた。
 そこからは見慣れた、見飽きたと言ってもいい光を放っている。
 ジュリアスが自分の水晶球に光のサクリアを放つなどとは、珍しい事もあるものだと、訝しく思い、水晶球をじっと見つめた。
 しかしその輝きはどこか違和感があった。
 クラヴィスは額にかかる長い黒髪を掻き上げると、瞳を凝らした。

BACKHOMENEXT