罪深き絆 |
第二章・波紋・4 |
「ジュリアス様、先程の調査の件ですが…」 ノックと共に用件を切り出しながら、風のようにオスカーが入ってくる。 「……どうかなさったのですか?」 少し青ざめたジュリアスを見て、心配そうにオスカーは尋ねた。 「……大したことはない」 ジュリアスはそう言うと、オスカーに向き直った。 「…しかし、お顔の色が」 「構うな、…下がれ」 ジュリアスは硬い声でそう言って、手を振った。 「いいえ、帰りません」 オスカーはきっぱりと言った。 「通常の執務に加えて、滅びの波動の事後処理と、全て何もかも、その身に抱え込まれてしまっては、いくら強大なサクリアを持つジュリアス様とて、お疲れになるのは当前です」 ジュリアスの手を取ると、ソファーに誘った。 「たまには休養をお取り下さい。ジュリアスの代わりは務まらなくとも、留守ぐらいはこの私でも、守れるつもりです」 オスカーは優しく微笑んだ。ジュリアスはオスカーの手を火傷でもしたように、振りほどき、「下がれと言っただろう、そなたはわたしの命が聞けぬのか…」と、きっと睨みつけた。 見えない壁がオスカーの目の前に立ちはだかる。 (……またか) オスカーは心の中で舌打ちをした。 ジュリアスが自分を信頼し、好もしく思ってくれているのは承知している。 だが、もう一歩でも踏み込もうとすると、忽ち壁が張り巡らされて、押し返されてしまう。いつも、いつも………。 自分は本当にこの人に必要とされているのだろうか。たまたまいつも側にいるからだけであって、別に他の誰かでもいいのかと疑念が頭に浮かんでくる。 でもこの問いは口に出さない。 絶対に言わない。 これ以上ジュリアスとの間に壁を作りたくないから。 「…承知しました」 オスカーは一礼して、去って行った。 ジュリアスはオスカーの背中に一瞬、物言いたげに口を開いたが、そのまま見送った。 宮殿の廊下を歩きながら、オスカーは訝しく思った。 ジュリアスの動揺した姿など始めて見た。 自分や他の守護聖たちが取り乱したり、人間的な感情を露にすることは別に珍しくない。しかしジュリアスだけは何があろうと毅然として、守護聖の長として君臨してきた。自ら犠牲となってアクアノールに残ろうとしたときでさえ、彼の瞳には迷いがなかった。 そのジュリアスが青ざめていた。 無防備になっていた。 こんなことは未だ嘗てなかった。 いや、宮殿の前で兵士に切りつけられた時、一瞬だけ無防備になっていたかも知れない。 …何故自分はあの時、その場にいなかったんだろう。 あの人が助けを必要とした時、救ってあげることが出来なかったのだろう。 その場にいなかったのだから、仕方がなかったと言えばそうだが、悔いが残る。 堂々巡りの思いに、オスカーはため息をついた。 そうこうしているうちに、こちらに歩いてくる人物の姿が目の端に入ってくる。 闇の守護聖クラヴィス。 オスカーは頭を下げ、道を譲った。 「……ご苦労なことだ、お前の忠義心は揺るぎないようだな」 そう言って前を通り過ぎると、ジュリアス執務室の扉の前で止まった。 「クラヴィス様。ジュリアス様はお加減が優れないようですので、…ご遠慮願います」 クラヴィスは紫水晶の瞳をオスカーに向けると、ふっと笑った。 「いつから、お前はあいつの門番になったのだ?」 「いいえ。…ただあなたのその陰気な顔を見ると、一層気分を害されそうなんでね」 クラヴィスは横目でチロリと見た。 「オスカー、お前は自分の闇を否定するが、全てのものは光と闇で構成されている。お前の中にも闇の部分はあるのだ。現に炎は闇の中で、光を作り出す。………お前はその光を自分のものにしたいとは思わないのか?」 クラヴィスは皮肉に笑うと、扉の中に姿を消した。 オスカーはその場に一人残された。 「……そんなこと、全然思わないぜ」 オスカーはそう呟くと、唾を吐き捨てて大股で歩き去っていった。 |