罪深き絆

 

第一章・奈落・

 

 ジュリアスとわたしは、ごく少数の精鋭ばかりを供に連れて、偵察艇に乗り込んだ。聖地から大陸までは、ほんの数十分で到着する。それまでの間、我ら二人はキャビンで向かい合って座った。
「ジュリアス………」
 二人きりになると、わたしは切り出した。
「もし、この変事が、育成の結果生じたことだとすれがばお前はどう対処するつもりだ」
「…埒もない、守護聖として、責任者として、出来る限りの再生を試みるつもりだ」
 ジュリアスは即答する。
「はぐらかすな! わたしが言いたいのは、女王候補についてだ」
 わたしは声を荒げて、ジュリアスに詰め寄った。
「……はっ、ははっ」
 ジュリアスが可笑しそうに笑った。
 「そなたが私に詰め寄る日が来ようとはな。これではいつもの逆だ、クラヴィス。…だが、言っておくが、女王候補の処分の決定権は私にはない。全ては陛下の胸一つだ」
 笑っているジュリアスの瞳が、ふと、わたしをいたわるように細められた。
「………そんな目で、わたしを見るなっ! 」
 わたしの拒絶の言葉に、ジュリアスは驚いて目を見開いた。
「………………」
「お前の憐れみなど、いらないっ…」
「クラヴィス……」
 わたしは立ち上がって壁際まで行き、ひんやりとした壁に額をつけた。
 わたしの肩にジュリアスの暖かい手が触れる。
 その時突然、機体が激しく揺れ動いた。ブリッジの艦長から、通信が入る。
「ジュリアス様、クラヴィス様、機体の周りに、黒い物体が張り付いています。どうやら物体から出る液体が、我々の乗っている偵察機の外壁を溶かしだしているようです。このままでは墜落の恐れがあります。緊急脱出用のカプセルを用意しましたので、聖地に帰還して下さい」
「何だと!?」
 外を見ると、窓一面に黒っぽい物体が張り付いている。その物体は定まった形を持たず、ぶよぶよと蠢いて、まるで生きているように見えた。いや、生きているのだ。張り付いている物体の表面に、血管が浮かび上がり、それが脈打っているのがわかる。蠢きながら、窓全体を覆いつくして、まるで意志を持っているように、一つの形を作り出した。
 巨大な人の顔。
 苦悶に歪むその表情は、このような姿になってしまった運命を呪っているようにも、助けを求めているようにも、見える。
 この怪物は、大陸の失われた住民の成れの果てなのだろうか。
「……こ、これが先の偵察艇を襲ったものと、同一のものなのか」
 わたしは思わず呟いた。
 「信じがたいが、どうやらそのようだ。これでは我々だけでは手に負えない。調査は中止だ。至急聖地に帰還して、陛下の指示を仰がねば」
 ジュリアスはそう言うと、ブリッジの艦長に引き返すように指示した。
 しかし、ブリッジからは応答がない。
「艦長! 艦長! 応答しろ! 艦長っ!!」
 声を枯らすほど呼びかけても、応答はない。
 まさか、…もう。我々は顔を見合わせた。この艇の生存者は我々だけなのか。
「艦長なら、ここにいます」
 キャビンの扉が開くのと同時に声がし、わたしたちは振り返った。扉の前に立っているのは金の髪の女王候補。わたしの愛しい恋人。…その胸には、無残に切り落とされた艦長の首を抱えていた。
「……何故、お前がここに?」
 わたしの顔から血の気が引いた。
「私の大陸の調査なさるんでしょう? 私が同行する権利はあるはずです」
 少女は婉然と微笑んだ。
「…この事態は、全てそなたが招いた結果だというのか、答えろっ!」
 ジュリアスは少女に詰問した。
「いいえ…」
 少女はかぶりを振った。
「この大陸は、絶望が支配する世界。運命を呪い、全てのものを否定する世界。このまま何もかも滅ぼし尽くして、宇宙を無に導くのです。……そう、これはあなたが望んだこと、私はそれを忠実に実行しただけ」
 少女はわたしを真っすぐ見つめた。
「……わたしが、だと?」
「クラヴィス様、あなたは私と出会う前から、全てのものに絶望なさっていた。私にはあなたを救うことはできなかった。あなたの望みを叶えることが、私の愛の証し。私にはこうすることしか、できない」
 彼女にそう言われて、わたしには返す言葉もでない。わたしは己を恥じた。そう、彼女をここまで追い詰めたのは、このわたし自身なのだ。
「…お前は、誤解している。わたしはこのようなことは、望んでいない。わたしが望んでいるのは、お前と共に生きることだけだ。……望むのなら、お前と共に無の世界へと身を委ねよう。関係のない民や、この宇宙まで巻き込むのはやめにしよう」
 わたしは少女に向かって、手を差し伸べた。
 これほど晴れやかな気持ちになったのは、久しぶりだ。
「クラヴィス! 何を言い出すのだ。そなたを失って、宇宙をどう支えて行けばよいのだ。そなたのサクリアがどれほど重要なのか、わからぬ訳ではあるまい」
「………わかっているとも、しかし、わたしがいなくとも、闇はなくならぬ」
 わたしは少女の手を取った。二人の体の周りに黒い渦が発生し、その渦に体が飲み込まれていくのを感じた。
「クラヴィス!!」
 ジュリアスが引き戻そうと、わたしの腕を掴もうとした。
 わたしはその手を、…振り払った……。

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