罪深き絆 |
第一章・奈落・3 |
ジュリアスとわたしは、ごく少数の精鋭ばかりを供に連れて、偵察艇に乗り込んだ。聖地から大陸までは、ほんの数十分で到着する。それまでの間、我ら二人はキャビンで向かい合って座った。
「ジュリアス………」 二人きりになると、わたしは切り出した。 「もし、この変事が、育成の結果生じたことだとすれがばお前はどう対処するつもりだ」 「…埒もない、守護聖として、責任者として、出来る限りの再生を試みるつもりだ」 ジュリアスは即答する。 「はぐらかすな! わたしが言いたいのは、女王候補についてだ」 わたしは声を荒げて、ジュリアスに詰め寄った。 「……はっ、ははっ」 ジュリアスが可笑しそうに笑った。 「そなたが私に詰め寄る日が来ようとはな。これではいつもの逆だ、クラヴィス。…だが、言っておくが、女王候補の処分の決定権は私にはない。全ては陛下の胸一つだ」 笑っているジュリアスの瞳が、ふと、わたしをいたわるように細められた。 「………そんな目で、わたしを見るなっ! 」 わたしの拒絶の言葉に、ジュリアスは驚いて目を見開いた。 「………………」 「お前の憐れみなど、いらないっ…」 「クラヴィス……」 わたしは立ち上がって壁際まで行き、ひんやりとした壁に額をつけた。 わたしの肩にジュリアスの暖かい手が触れる。 その時突然、機体が激しく揺れ動いた。ブリッジの艦長から、通信が入る。 「ジュリアス様、クラヴィス様、機体の周りに、黒い物体が張り付いています。どうやら物体から出る液体が、我々の乗っている偵察機の外壁を溶かしだしているようです。このままでは墜落の恐れがあります。緊急脱出用のカプセルを用意しましたので、聖地に帰還して下さい」 「何だと!?」 外を見ると、窓一面に黒っぽい物体が張り付いている。その物体は定まった形を持たず、ぶよぶよと蠢いて、まるで生きているように見えた。いや、生きているのだ。張り付いている物体の表面に、血管が浮かび上がり、それが脈打っているのがわかる。蠢きながら、窓全体を覆いつくして、まるで意志を持っているように、一つの形を作り出した。 巨大な人の顔。 苦悶に歪むその表情は、このような姿になってしまった運命を呪っているようにも、助けを求めているようにも、見える。 この怪物は、大陸の失われた住民の成れの果てなのだろうか。 「……こ、これが先の偵察艇を襲ったものと、同一のものなのか」 わたしは思わず呟いた。 「信じがたいが、どうやらそのようだ。これでは我々だけでは手に負えない。調査は中止だ。至急聖地に帰還して、陛下の指示を仰がねば」 ジュリアスはそう言うと、ブリッジの艦長に引き返すように指示した。 しかし、ブリッジからは応答がない。 「艦長! 艦長! 応答しろ! 艦長っ!!」 声を枯らすほど呼びかけても、応答はない。 まさか、…もう。我々は顔を見合わせた。この艇の生存者は我々だけなのか。 「艦長なら、ここにいます」 キャビンの扉が開くのと同時に声がし、わたしたちは振り返った。扉の前に立っているのは金の髪の女王候補。わたしの愛しい恋人。…その胸には、無残に切り落とされた艦長の首を抱えていた。 「……何故、お前がここに?」 わたしの顔から血の気が引いた。 「私の大陸の調査なさるんでしょう? 私が同行する権利はあるはずです」 少女は婉然と微笑んだ。 「…この事態は、全てそなたが招いた結果だというのか、答えろっ!」 ジュリアスは少女に詰問した。 「いいえ…」 少女はかぶりを振った。 「この大陸は、絶望が支配する世界。運命を呪い、全てのものを否定する世界。このまま何もかも滅ぼし尽くして、宇宙を無に導くのです。……そう、これはあなたが望んだこと、私はそれを忠実に実行しただけ」 少女はわたしを真っすぐ見つめた。 「……わたしが、だと?」 「クラヴィス様、あなたは私と出会う前から、全てのものに絶望なさっていた。私にはあなたを救うことはできなかった。あなたの望みを叶えることが、私の愛の証し。私にはこうすることしか、できない」 彼女にそう言われて、わたしには返す言葉もでない。わたしは己を恥じた。そう、彼女をここまで追い詰めたのは、このわたし自身なのだ。 「…お前は、誤解している。わたしはこのようなことは、望んでいない。わたしが望んでいるのは、お前と共に生きることだけだ。……望むのなら、お前と共に無の世界へと身を委ねよう。関係のない民や、この宇宙まで巻き込むのはやめにしよう」 わたしは少女に向かって、手を差し伸べた。 これほど晴れやかな気持ちになったのは、久しぶりだ。 「クラヴィス! 何を言い出すのだ。そなたを失って、宇宙をどう支えて行けばよいのだ。そなたのサクリアがどれほど重要なのか、わからぬ訳ではあるまい」 「………わかっているとも、しかし、わたしがいなくとも、闇はなくならぬ」 わたしは少女の手を取った。二人の体の周りに黒い渦が発生し、その渦に体が飲み込まれていくのを感じた。 「クラヴィス!!」 ジュリアスが引き戻そうと、わたしの腕を掴もうとした。 わたしはその手を、…振り払った……。 |