夏草のランデブー |
(3)
コンコン
何か小さな音が耳に入る。 「オスカー……?」 「気のせいでしょう」 俺は口づけを続行する。 コンコン 今度は先ほどよりハッキリと音が聞こえてくる。 「オスカー、どいてくれぬか」 渋々と俺はジュリアス様から離れる。ちっ、鍵を掛けておくべきだった。 立ち上がってジュリアス様はチラリと俺の方をご覧になる。きっと名残惜しく思っていらっしゃるのは同じなんだなあ、とわかっちゃったりして、うぷぷぷ。 残念だけどやっぱり嬉しい。 やっぱりお誕生日の夜はいただいちゃいます! 心の中はとてつもなくニヤニヤしながらも、サッと凛々しい炎の守護聖に戻り、ピンと背筋を伸ばした。 「入れ」 「失礼します」 慌てて青い顔をして研究員が入ってきた。 「あ、オスカー様! やっぱりこちらにいらしていたんですか、探していたんです。惑星サンサンピカが緊急事態です!」 「何だと?」 ついさっきまでの甘い気分はすっかり吹き飛んだ。 「とにかくこのデータを見てください」 研究員が立体ホログラフを稼働させると、そこに惑星サンサンピカが映し出された。 「……不足していたサクリアが、今度は過剰となり、惑星の存続自体が危うくなっているようだ。やはり現地へ行かないと、バランスのいい状態には戻せない」 俺は決断をした。 惑星を救うことが先決だ。 そして惑星にどれだけ滞在するのか、状況次第では全く目途も立たない。 せっかく準備したのに、ジュリアス様のお誕生日に俺は聖地にいられないかも知れない。 でも、非常事態なのだ。 「ジュリアス様、直ちに出向きます」 「そうか……では気をつけて行って来るのだぞ」 「はい」 いつもと同じように挨拶をし、俺は出立する。心なしかあなたの顔が翳ったように見えたのは、俺の気のせいだっただろうか。 後ろ髪を引かれるが、行かなくてはならない。 「じゃあ、留守の間は何かとご迷惑をおかけしますが、申し訳ございません」 俺はビシッと敬礼をした。 「お互い様だ。お前にはいつも助けられているからな。心配はするな」 ジュリアス様もしっかりと頷いて俺を送り出す。 誕生日のことは残念だけど、こうしてお互いの気持ちが通じるだけも嬉しい。 そう、それだけで幸せなのだ。 それでいい。 見送りはいらない、俺はここへかならず帰ってくるのだから。 な〜んて、カッコつけた俺である。 その心と態度のなんと美しいことか! ちょっとばかり強がりが入っているけど、でも離れていても俺の心は揺るがない。 俺の側にはジュリアス様がいる。 そしてジュリアス様の側には俺がいる。 お互いの存在を身近に感じているからこそ、離れていても寂しくはないんだ。 (……でも本音を言えば寂しいっす(涙)) 惑星サンサンピカに到着してからというもの、不眠不休で働いた。惑星の在駐研究員たちとと一致協力した甲斐もあり、何とか最悪の事態は回避した。 「やりました、サクリアは安定しました!」 その瞬間、研究院中では喜びの声が沸き返った。 「……やったな」 俺はポンと所長の肩を叩いた。 「はい、オスカーさまのご尽力のおかげです! ありがとうございました」 ガシッと所長は両手で俺の手を握ると、泣き笑いしながら研究員たちが俺たちを取り囲んだ。 「……おいおい、俺の力なんて微々たるものだ。みんなで協力したからこその結果だ。みんなありがとう!」 「オスカーさまこそ、ありがとうございます。お疲れでしょう? 後は私どもだけでも出来ますので、まずお休みになって下さい」 所長は冷静さを失わないよう律しているが、目を潤ませていた。 「いやいや、君たちこそヒドイ顔をしているじゃないか、ここは俺に任せてじっくりと休むことだ」 疲労度ではそちらの方が上だと俺が言っても、所長も他の研究員は首を縦に振らない。 そこまで言われれば、かえって彼らの好意を無下にすることになる。 「わかった、お言葉に甘えさせてもらって、先に休ませてもらおう。だが、君たちも交代で休むようにしなさい。何かあったら、すぐに起こすんだぞ」 しっかりと念押しして、俺は宿舎に戻った。 ずっと研究院に泊まり込みだったから、荷物は来た時と同じ場所に、置きっ放しにしたままで、紐を解いてさえいない。 俺は服を脱ぎ捨てると、シャワーを浴びた。 ようやく数日ぶりにさっぱりして部屋に戻ると、テーブルの上のカレンダーが目に入る。 そうか、今日はジュリアス様の誕生日だったな。 お顔を見られないことに、心が痛む。 しかしまだこの惑星から離れることは出来ない。 せめてメッセージだけでもと思い、俺は通信機を取り出した。 取り出したところまでは、覚えている。 それから先は、夢の中だった。 ああ、なんて気持ちがいいんだ。 どうしてだ、って? そりゃあ、数日ぶりに取った睡眠だからな。 何のために、だって? 惑星を、守るためだ、俺は守護聖なのだから、当然のつとめだ。 そうか……。 ふっと夢が微笑んで、そっと俺の頭を撫でる……そんな感覚がした。 ………夢が微笑む? なんでそんなことが? 俺は夢うつつの中で微睡みながらも、なぜ夢が微笑むんだなんて不思議なことを感じるのだろうと、疑問に思った。 だって誰かが優しく優しく眠っている俺の髪を、撫でているなんてそんなことはないはずだ。 でもこの柔らかな感触は夢なのだろうか? そしてこの涼やかで凛とした芳しさは気のせいか? もしかしたら? もしかしたら? もしかしたら? もしかする?? 俺はガバッと起きあがった。 「ジュ、ジュリアス様、どうしてここに?」 寝ぼけてなどいない、気のせいではない。 目の前に、聖地から遠く離れてこの惑星に、ジュリアス様がいるのである! ジュリアス様はちょっぴり困った顔をしている。 「せ、聖地を突然お留守にするとは、やはり先ほどの回避は間違いで、更に悲惨な状況へ変わったのですね!」 慌てる俺を、ジュリアス様はそっと制した。 「違う……星の状態は好転している」 「え、じゃあ、どうして……?」 わけがわからず混乱する俺を、ジュリアス様は無言で見つめるのであった。 わけがわからない。 俺の乏しい想像力ではさっぱりお手上げだ。 ちぇっ、妄想力なら人一倍の自信があるんだけどな。 |