おしゅかー、3歳児になる!

(3)


「……でね御者が頼まれた場所へ着いて、馬車の扉を開けたら、そこには誰もいなかったんだって」
 声を潜めながら、マルセルはこう締めくくった。
「うわ〜〜〜〜〜メル、怖くてたまらないよぉ〜」
 目に涙を溜めながら、メルがそう言った。
「そっそれでどうなったんですか?」
 ブルブルと声を震わせながらも、気丈にティムカが尋ねた。
「うん、その女性が座っていた場所は、ぐっしょりと濡れていて、そもその夜は雨は降っていなかったんだそうなんだ」
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 メルとティムカは飛び上がった。
 ここはマルセルの館。ゼフェルとオスカーがメカチュピで遊んでいたら、いつの間にかマルセルとランディ、偶然通りかかったメルとティムカが合流して、それならマルセルの館でお茶をしようということになった。
 よもやま話から、いつの間にか話題は怪談談義へと移行し、子供たちは時間を忘れて会話に熱中していた。
 すると、突然。
「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ〜〜〜ん」
 野太い声の鳴き声が、部屋中に響いた。みんなはビクッとして、後ろを振り返る。
 そしてギョッとした。
 オスカーが大声で泣き出していたのだ。
 そういえば、怪談が始まってから、オスカーは急におとなしくなっていた。外見は大人なので、みんなはついついオスカーの中身が小さい子供だということを忘れていた。
「おっオスカー様…ケーキはいかが? 取ってあげようか」
 慌てて笑顔を作って、マルセルがケーキをオスカーに差し出した。
「いらないっ!」
 そう断ると、オスカーは大声でしゃくり上げた。
 途方に暮れたようにみんなは顔を見合わせる。
 自分たちにとって、オバケだの幽霊の話は、怖いけれど作り話、フィクションとして楽しむものだ。しかし、心が3歳のオスカーはそうはいかない。
「あのですね、オスカー様。幽霊ってのは迷信なんですよ。本当は誰も見たことがないんです」
 優しく、ゆっくりわかり易くティムカが説明しても、オスカーは一向に泣きやまない。
 みんなはまた再び顔を見合わせた。そして意を決したように、ランディが口を開いた。
「仕方ないな、ジュリアス様を呼ぶしかないな」
 そしてみんなで大きなため息をついた。


 バターンと玄関の扉が開く大きな音がした。そしてパタパタと急ぐ足音が、こちらへ向かってくるのが聞こえてくる。
「オスカー、オスカーはどこだ」
 周りをはばからないジュリアスの声が聞こえてくる。一同はみな緊張した。なぜならオスカーがまだ泣きやまないからだ。
「オスカーっ!」
 ようやくジュリアスは部屋にたどり着くと、わんわんと泣きわめいているオスカーの姿を発見する。同時にオスカーもジュリアスが来たのに気づいた。
「じゅりたま〜〜〜〜っ!」
 オスカーは泣きながらジュリアスの胸に飛び込んだ。ドサッと鈍い音がしたが、ジュリアスは気にせずギュッとオスカーを抱きしめ、前にいる子供たちを睨み付ける。
「ランディ、ゼフェル。そなたたちがついていながら、これはどういうことだ。自分たちより弱く幼い者には、優しく接するべきだということがわからぬのか」
 誰が、弱くて幼いんだよぉ〜〜〜〜っ! と言いたいのを、ランディとゼフェルは懸命に堪えた。それほどまでにジュリアスの剣幕が恐ろしかったのだ。
「すっすみません、俺の配慮が足りませんでした。ジュリアス様」
「……すまなかったな…」
 やっとの思いでふたりはそう言った。
「らんでぃもぜふぇるも悪くないの。おしゅかーが泣いちゃったのが悪いの」
 しゃくり上げながら、オスカーもそう言った。
「オスカー……そなたはなんて愛らしいのだ」
 ジュリアスは感動したように、オスカーをきつく抱擁した。
(げろげろ〜〜〜〜〜〜〜)
 その場にいた少年たちはみんな、その光景に唖然となる。だがそれを誰も口に出さない。これ以上事を荒立てたくないのだ。
 しばらくして、ようやく泣きやんだオスカーの背中をなでながら、ジュリアスは口を開いた。
「今回のことは大目に見てやる。だが、以後は気をつけるように」
「はいっ!」
 全員元気に頷いた。
「うむ」
 ジュリアスもまた満足そうに頷くと、オスカーを連れて帰っていった。
 残された少年たちは唖然としながらも、早くオスカーが元に戻りますようにと、痛切に願っていた。

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